その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は木村哲也さんの『 AIファースト経営 利益を10億円増やした旭鉄工の成功モデル 』です。
【はじめに】
AIを導入するかしないかの議論はもう終わっている
「AIは本当に必要なのか」「うちで使えるのか」といった議論がいまだに聞こえてくることがある。しかし、実務の現場では、生成AIは既に検証や実験の段階を終えている。文章作成、要約、整理、比較、たたき台作り。人が時間と労力をかけてきた作業の多くで、速さ、継続性という点において、AIが安定した成果を出せることは、もはや当たり前になりつつある。
しかし、従来の業務プロセスを変えないまま、人が担っていた作業の一部だけをAIに置き換えても、大きな効果は望めない。旭鉄工では何年もかけてDXに取り組み、大きな成果を上げ、その延長としてAIの導入を進めている。本論に入る前に、まずはAI前夜となる旭鉄工のDXを紹介したい。
数字で語る、旭鉄工DXの実像
旭鉄工は、年商170億円規模の自動車部品メーカーだ。トヨタ自動車を中心に、トランスミッションやサスペンション、ボディ部品などを製造・納入している。
社内を見渡せば、鍛造(たんぞう)、機械加工、アルミダイキャスト、組付けといった昔から変わらない工程が並ぶ。並んでいる設備も最新鋭ばかりではない。むしろ、そこそこ年季の入った機械が今も現役で動いている。
客観的に見れば、日本中どこにでもあるごく普通の自動車部品製造企業だ。
しかし、この「普通の会社」が2014年から着手したDX(デジタルトランスフォーメーション)は、業界の常識を塗り替える圧倒的な成果を上げ、様々なメディアでも話題となった。
私はトヨタ自動車に21年勤務後、トヨタ自動車の仕入れ先である旭鉄工に、オーナー家の娘婿として社長含みで2013年に転籍してきた。その当時、現場はまだ勘と経験に頼る旧態依然とした管理を行っていた。そこから改革を積み重ね、付加価値労働生産性が最も低かった2016年度を100%とすると、2025年度には141%にまで達した。
ここでいう付加価値労働生産性とは、売上から材料費を引いた「付加価値額」を、間接部門まで含めた「総労働時間」で割ったものだ。つまり、「1時間当たりの稼ぐ力」が4割以上高まったことを意味する。
注目してほしいのは、この効率化が従業員の犠牲の上に成り立っているのではない、という点だ。
- 基準内賃金 16%アップ
- 1人当たり労務費 20%アップ(ボーナス増)
- 労働環境 休日出勤・残業の大幅な削減、冷暖房設備追加、食堂新設、トイレ改修
従業員数は自然減によって減り、会社が支払う労務費の総額は下がっている。しかし、一人ひとりに支払う賃金は逆に引き上げている。食堂は新設され、トイレは数十年ぶりに改装されるなど、工場の労働環境は向上した。短時間で従来以上の付加価値を出す構造を作ったことで、会社の利益と従業員の待遇改善を高い次元で両立させたのだ。
世間では「IoT(モノのインターネット)の成功事例」として語られることが多いが、本質はそこではない。稼働データを自動収集しただけで、これほどの数字が出るはずがないのだ。データ収集は、手段にすぎない。
成果の正体は、IoTデータを活用した、経営判断と現場の仕組みの抜本的な見直しにある。
IoTを入れて数字を裸にしてみたら、ショックを受けた。実態は予想以上にボロボロだったからだ。これを受け、従来は現場の自主性に任せきりだった残業やエネルギー消費、原価管理といった課題に対し、データを起点にその精度や効率を不断に高める新たな仕事の仕組みを確立したのである。蓄積されたノウハウを徹底活用し、業務のあり方を根底から変えたことが、成果につながった。
財務諸表が証明する「全く別の会社」への進化
この変革は、会社の利益体質を大きく変えた。
2016年度と2022年度を比較すると、損益分岐点は29億円も低下した。売上高160億円のラインで比較すれば、以前よりも利益が10億円上乗せされている計算になる。
「財務諸表上も、全く違う会社になりましたね」
これは、長年当社を見てきた顧問税理士の言葉だ。
売上が伸びた際の利益の上がり幅も向上しており、以前と同じ労力でより多くの利益を生む体質へと進化した。さらに、電力消費量を42%削減したことで、カーボンニュートラルへの対応も同時に進んでいる。これは同時に電力料金を年間2億円以上節約したことを意味する。
これが、旭鉄工がデータという武器を手に入れて成し遂げた、DXの真の姿である。
AI活用を前提とした仕事の仕組み
生成AIの活用のポイントはDXと同じだ。検索や文章作成、スライド作成、イラスト作成などでの活用だけでも効率化を推進することはできる。しかし、それだけだと部分的な効果にとどまる。そうではなく、「AIを前提とした仕事の仕組み」を再構築してこそ大きな効果が望めるので、これを私は「AIファースト経営」と呼んでいる。
その要となる考え方は、経営や現場の意思決定の、「認知 → 分析 → 判断 → 実行」というサイクルの高速化と効率化だ。旭鉄工のAIファースト経営では、このサイクルの「判断の前まで(認知・分析)」をAIが担い、最終的な「判断」と「実行」を人間が行う。AIが認知と分析を徹底的に終わらせておくことで、人は情報の波に溺れることなく、本来の役割である判断と実行に集中できるようになる。
第1章では、旭鉄工ではどのように「AIファースト経営」を実現しているのかを見て行く。
【目次】



