その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は羽田野 主さんの『 中国共産党 支配の原理 巨大組織の未来と不安 』です。

【まえがき】「隣人」としたたかに付き合うには

謎の巨大組織を解明する

 中国14億人を率いる中国共産党はいったいどんな組織だろうか。日本経済新聞社から北京市の清華大学に派遣されて中国語の研修を受けていたときに思わず考えさせられたできごとがあった。

 2018年夏の日、清華大学の夏季休暇を利用してパリに転勤になった知人を訪ね、北京のマンションの自室に戻ったときのことだ。部屋に入ると壁に見覚えのない絵が2枚飾ってある。知らぬ間にだれかが無断で部屋に入ってかけていったのは明らかだ。恐る恐る照明をつけて何の絵だろうかと見入ってはっとした。パリの観光名所、「エッフェル塔」と「凱旋門」の絵だった。

 ちょうどエッフェル塔と凱旋門を訪れて戻ってきたところだった。あまりにも奇妙なできごとに驚き、マンションの管理人に問い合わせたところ「ほかの部屋も同じように飾りました。統一のサービスです」という返事があった。しかしマンションの部屋はそれぞれ所有者が異なるうえに、200室以上もある。私が留守にした数日の間にすべての部屋に入り絵を飾ったのだろうか。あまりにも合理性のない説明だ(後日、同時期に同じマンションで暮らしていた日本企業の駐在員に尋ねたところ、そんなサービスはなかったとのことだった)

留守中に北京の自宅の壁にかけられていた「パリのエッフェル塔」と「凱旋門」の絵(2018年6月18日、筆者撮影)
留守中に北京の自宅の壁にかけられていた「パリのエッフェル塔」と「凱旋門」の絵(2018年6月18日、筆者撮影)
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 気味が悪いので部屋中をくまなく見て回ったところ、普段使っている学習机の真上の照明の周りに3つ穴が空き、チューブらしきものが顔をのぞかせている。まるで「盗聴していますよ」といわんばかりだ。当時、学生の身分で来ていた私はこれ以上、この問題に触れないことにして中国語の習得に励んだ。

 語学研修を終え帰国後、旧知の外務省職員に話したところ、これは中国当局が得意とする「警告」の一種との分析だった。警戒している相手の留守中にこっそりと入り、部屋の備品をいじったり、置き場所を変えたりして「おまえのことを監視しているぞ」と暗に知らせるのだという。とくに私が研修前に政治部に所属していたことから警戒を高めたのだろうとの指摘だった。

 研修中は中国のことを深く知りたいと考え、週末や長期休暇を利用して中国各地を訪ね歩いた。チベットや新疆(しんきょう)ウイグル自治区はもちろん中国の31省・直轄(ちょっかつ)市・自治区の大半を踏破し、台湾にも行った。中国当局は私があちこち詮索していると考えたのかもしれない。

 真相はいまも藪の中だが、これほど外国人を警戒し、心理的な圧迫をかけてくる中国共産党は何を考えているのか。自分なりにもっと研究する必要があると考えた。いま思えば当時の私はあまりに中国のことを知らなすぎた。

 子どもの頃に『史記』や『三国志』を読みふけり、古代中国の雄大な歴史にあこがれた。会社に入った2003年以降は中国経済がうなぎ上りで成長し、あっと言う間に日本を追い越した。そのダイナミズムに触れて現地で取材してみたいと思うようになった。

 中国のすべてを指導するのは言うまでもなく中国共産党だ。歴史をふり返れば共産党は1921年の結党時は若い知識人の集まりで、軍閥政府らに迫害されるなかでソ連のコミンテルン(共産主義インターナショナル)の指導を受けながら「秘密結社」として発足した。

 革命を起こそうとする過程で、党組織の軍隊化が進み、それはいまに至っている。共産党の立ち位置を日本の政党のようにとらえて理解しようとするとたちまちわからなくなるが、「軍」であるととらえると、統制政治を含めて多くの部分で合点がいく。

 成り立ちがとても弱い立場から始まっているだけに、共産党はいまも外国や中国内の人々に対してでさえ守りの意識や警戒心が極端に強い。これが海外から見て中国をわからなくしている最大の要因の一つと言える。

「新時代」の笑えない話

 日本と中国は「引っ越しのできない隣人」とよく言われる。だがその「隣人」ははるかに巨大で、何を考えているのか、どんな価値観を持っているのかよくわからない。日ごろの行いはますます尊大になっているように見えるし、実際に勝手にこちらの敷地にも踏み入ってくる。ざっくり言えば、これがいまの日本の中国に対する大まかな認識ではないか。

 実際に中国で仕事したり、人脈を広げたりしようとしている人にはこれだけの「感覚」ではやや物足りないだろう。中国人や中国企業とじかに付き合ううえで、いまや約1億人の党員を抱え世界最大の政党となった共産党の理解は不可欠だ。

 こんな話がある。ある日本政府関係者が北京に赴任した直後、中国政府側に招かれスピーチを求められた。その場で「中国はいまや米国と並ぶ超大国だ。これからの『新時代』は政治の民主化を進めることではないか」とあいさつしたところ、会場が静まり返った。

 中国では政治の民主化は共産党の下野を意味することから絶対のタブーだ。それと習近平(シー・ジンピン)時代を意味する「新時代」というキーワードを知らずにかけ合わせて使ったために、習体制の否定のニュアンスとして伝わってしまったのだ。スピーチが終わって会場をあとにするまで、中国政府側の出席者は誰一人目も合わせようとしなかったという。

 これがスピーチをした本人の意図に反するのであればお互いにとって不幸な話だ。謎めいて見える共産党員だが、一人ひとりはごく普通のまじめな中国人であることも多い。だが共産党という組織に所属する以上、彼らに建前もあれば触れられたくない話もある。相手を知って付き合えば、無用の衝突を回避したり妥協点を見出したりすることもできるのではないか。

共産党の「憲法」で読み解く

 本書は外から不可解に見える共産党の組織原理を読み解き、日本人が中国とうまくしたたかに付き合うためのヒントになればと思い書いた。とくに注意したのは中国の憲法よりも上位に置かれ、共産党員が最も重視する「共産党規約」の読み解きだ。一見とっつきにくいが、じつは習近平総書記をはじめ、党の最高指導者はここに自らの名前を彫り込むために壮絶な権力闘争をしてきた。党規約の理解なしに共産党ひいては中国理解は不可能と言ってもよい。

 党規約には党組織の末端に関する規定が数多くある。中国では会社、学校、町内会、政府機関などあらゆる場に党組織が設けられており、彼らは党規約にもとづいて活動している。末端組織は党中央が決めたことを実行に移す手足となるが、じつはそれだけではなく、現場の意見を吸い上げるための機能も果たしてきた。日米欧のような民主主義国家の選挙がない代わりに、この上と下の双方向性がじつは中国を支えてきた。共産党の神経細胞のような存在だ。

 共産党統治の強さの秘密とも言えるが、昨今は習氏一強を進めるあまり党の末端まで締め上げ、上意下達のみの一方通行になってきている。組織の硬直化が進み、ダイナミズムが失われている。共産党も一種の「大企業病」にかかりつつあるのではないかという問題提起をしたい。末端組織の動向はじつは中国の国力を見通すうえで不可欠な要素となる。

 巻末には最新の党規約の全文訳を掲載した。中国全体を規定しうる党規約であるにもかかわらず、日本国内で全文訳がほとんど見当たらないため、記録しておく必要があると考えた。難しい言葉も多いが、共産党の雰囲気を感じ取ってもらえれば幸いだ。

 日中間には数多くの問題が存在するが、相手のことをよく理解し、お互いの利益になる分野があれば協力する。日中お互いに学ぶべき点があることに異論のある方は少ないだろう。そして筋の通らない主張には、ぶれずに反論する。こんな関係構築が求められている。

【目次】

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