その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は塗谷弘太郎さんの『 6200万本売れた「ダメ出し商品」 花王「クイックルワイパー」誕生の大逆転物語 』です。
【はじめに】
クイックルワイパー開発秘話の不思議な力
ある都立高校で、高校1年生の「人間と社会」という授業の講師を務めたときのことです。私は33人の高校生を前に「『クイックルワイパー』開発ストーリー」を話しました。
「クイックルワイパー」とは、花王が1994(平成6)年に発売したフロア用の掃除道具で、フロア用のワイパーに取り替えシートを付けて使う商品です。技術的なことを記した社内向けの資料では、高校生にはこの商品の魅力や開発の背景などが伝わりません。そこで私は、高校生にもわかりやすいような資料を改めて作り直すことにしました。
花王で40年近く働いてきた私にとって、高校という舞台は完全アウェー。しかも、私の講義は体育の授業の後の6限と7限の2コマでした。これでは、さすがに高校生の反応は鈍いだろうと思いました。体育の授業でへとへとになっているのだから、仕方ありません。
「生徒のみんな、ちゃんと聞いてくれているかな……」
そんな不安をずっと抱えたまま授業を終え、その日の夜は同行した人たちと東京・蒲田でヤケ酒をあおったほどです。
ところがしばらくして、高校1年生33人全員から感想文が届きました。読み進めて驚きました。彼らは私の話をよく聞き、十分理解した上で、自分の言葉で考えを書いてくれていたのです。
「ダメ出しをチャンスだと思って、もっと良い解決策を考えたい」
「成功の話より、失敗した話のほうが心に残りました」
「楽しそうに会社と仕事を語っていたのが印象的でした」
中には、「とても感動しました!」と書いてくれた生徒もいました。正直に言えば、上司に褒められるよりも、高校生にそう言われるほうがずっとうれしかったのです。約30年も前の古い話なのに、クイックルワイパーの開発ストーリーには、今を生きる高校生たちの心を揺さぶる力があることに私は驚きました。
以来、私は毎年、入社間もない花王の若い社員たちにもこの話をするようになりました。入社してから半年くらいすると、「この仕事でいいのか……」と迷いが生じる人も出てきます。そんな若手たちに、会社員として生きていくヒントにしてもらいたいと考えたのです。
実はクイックルワイパーの開発ストーリーは、私が伝えようとした話のほんのつかみ程度で、大半は最新のマーケティング論を語っていました。ところが……若い社員たちの関心は、すべてクイックルワイパーの話に持っていかれるのです。
クイックルワイパーの開発ストーリーには、人を引きつけてやまない何か不思議なコンテンツ力があるのではないか――。
私は次第にそう思うようになりました。
ベンチャーの若手が心を震わせたのは……
やがて私は、文具メーカーやソフトウエア会社、さらにはベンチャー企業の社員の方々の前でも講演をするようになりました。そこで驚いたのは、モノづくりに縁のない若手たちの心を動かしたのも、最新マーケティング論ではなく「クイックルワイパー開発秘話」だったことです。
「30年前の話なんて参考になりますか?」と私が聞くと、
「むしろ心が震えました。お客さんを信じてやり抜く姿勢に勇気をもらいました」
そんな答えが返ってきました。
30年前の話に価値などない、と勝手に決めつけていたのは私のほうだったのです。クイックルワイパー開発秘話には、現在も通じる普遍性がある――そう確信するようになりました。
正直、腕まくりして語ったマーケティング論よりも、「昔話」が評価されるのは複雑な気持ちでした。でも、若手が未来を切り開く助けになるなら、伝え続けるしかありません。腹は決まりました。
「ダメ出し」を受け続けた6年間の先に広がった景色
クイックルワイパーは1994年の発売から今日までに、累計6200万本を売り上げたロングセラー商品です。日本だけでなく、東南アジアでも愛用されています。
商品化の検討が始まったのは発売の6年前、まだ昭和だった88年のことでした。花王の商品開発の中でも、これほど長くかかった例は珍しい。言うまでもなく、企業が1つの商品を世に送り出すには、様々な壁を乗り越えなくてはなりません。クイックルワイパーの開発にこれほど時間がかかったのにも訳があります。実は、経営陣から「ダメ出し」され続けたからです。
1度や2度ならいざしらず、延々と幹部に商品化を反対され続けたら、普通ならそこで諦めるところでしょう。しかし、開発メンバーは顧客の「欲しい」という声を信じ、粘り抜きました。時に衝突し、時に強硬策を取りながら、それでも商品化を実現しました。
なぜ諦めなかったのか。なぜ幹部の反対にくじけなかったのか。そしてなぜ、大ヒット商品になり得たのか――。
私が開発に関わったのは6年のうち最後の3年間でした。本書をまとめるにあたり、改めて当時の仲間の声を聞き直すと、新しい気付きや発見が次々とありました。
正直に言います。開発のプロセスは、もうめちゃくちゃでした。だからこそエキサイティングで、崖っぷちの連続で、それが私の仕事観を形づくる決定的な経験となったのです。
今、あなたの家の片隅にも、クイックルワイパーが立て掛けられているかもしれません。その華奢(きゃしゃ)でシンプルな掃除道具の裏には、6年にわたる挑戦の物語が刻まれています。
さあ、ここから一緒に、その物語をひもといていくことにしましょう。
【目次】







