その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は小泉悠さん、山口亮さんの『 2030年の戦争(日経プレミアシリーズ) 』です。
【はじめに】
本書は著者2人の対談に基づいたものである。そのうちの1人である小泉悠(東京大学先端科学技術研究センター准教授)はロシアの安全保障政策を専門とする。もう1人の山口亮(東京国際大学国際戦略研究所准教授)はインド太平洋地域を中心に、国防戦略・計画・運用について研究している。2人とも地域研究と安全保障研究の境界領域のようなところに足場を置く研究者と言えるだろう。
つまり、研究対象国・地域における安全保障上の動向や軍事戦略を読み解くというスタイルであり、理論や歴史、統計などを用いるオーソドックスな研究スタイルからするとやや異端である。衛星画像分析やウォーゲーム(軍事的なシミュレーション)を研究に取り入れているところも、普通の研究者とはちょっと違っているかもしれない。
その2人が2030年代において日本が直面しうる安全保障環境を予測してみようというのが、本書の主なもくろみである。つまり約10年後ということなのだが、これはなかなかに難しい。
2人には、1982年生まれというもう1つの共通点がある。我々が生まれた頃、世界は冷戦のただ中にあった。東西両陣営が想定していた将来戦争は「第3次世界大戦」であり、巨大な軍隊同士が激しい戦いを繰り広げると予測されていた。それでも勝負がつかない場合、米ソは戦略核兵器を使用する可能性があるとさえ考えられ、人類の破滅につながりかねないという恐怖が世界を覆っていた。世界の終わりがやってくるとすれば、それは全面核戦争だろうという意識を持っていた最後の世代が、我々かもしれない。
戦争の変容
だが、それから10年後の世界のありようは、全く異なる。91年のソ連崩壊によって冷戦は終わりを告げ、もはや第3次世界大戦の悪夢から人類は解放されたとの楽観論が漂った。しかし、残念ながら、世界から戦争が消えてなくなったわけではなかった。
ソ連崩壊と同じ91年にはイラクが隣国クウェートに侵攻し、これに対し米国を中心とする多国籍軍が介入したことで、湾岸戦争が勃発した。その後も米国はフセイン政権下のイラクに度々空爆を行い、99年にはセルビア人勢力が民族浄化を行っているとして、NATO(北大西洋条約機構)がユーゴスラヴィアへの大規模空爆に踏み切った。それから4年後の2003年、米国は大量破壊兵器開発疑惑を理由にイラクに全面侵攻し、フセイン政権が崩壊した。このように冷戦後の世界における戦争は、大国による中小国への一方的な攻撃・侵攻という形を取ることが多かった。
また、この時期には、別の形態の戦争も台頭しつつあった。01年、イスラム過激派組織アル・カーイダが旅客機をハイジャックして米国に対する自爆テロ攻撃(米国同時多発テロ事件)を引き起こすと、米国は「テロとの戦い」を宣言してアフガニスタンに侵攻した。03年以降のイラクでも、フセイン政権の残党と結びついたイスラム過激派との戦いが繰り広げられた。ロシアも99年からチェチェン独立派の鎮圧作戦(第2次チェチェン戦争)を開始し、これを同様に「テロとの戦い」と位置付けた。
これらの戦争は単に非対称であるだけでなく、非国家主体を相手とするものであった。激しい戦闘はまれである代わりに低烈度の戦闘が長期間にわたって続くという点で、やはり21世紀型戦争を特徴づけるものとされた。
我が国を取り巻く安全保障環境も、2人が人生を送ってきた42年間で大きく変わった。冷戦期にはソ連が我が国にとって喫緊の軍事的脅威と捉えられる一方で、中国や北朝鮮が我が国を深刻に脅かす蓋然性は低いと見られていた。そもそも、そのような能力自体が乏しかったためである。だが、冷戦終結後の30年間で状況は大きく変わった。ソ連崩壊によって北方の脅威が大きく低下する一方、中国の軍事力は著しく成長し、貧困国である北朝鮮も核ミサイル戦力を備えるに至った。
2020年代に入っても、状況は一向に好転していない。台湾海峡と朝鮮半島をめぐる軍事的緊張は高まる一方であり、その間にロシアがウクライナへの大規模侵略を始めてしまった。これらの事態が連動する「マルチ有事」の可能性さえ否定されない。
子供の頃の私たちにとって、日本が平和で豊かな国であることは当たり前であり、それは揺らぐことのないものであるように思えていた。今、そのような見通しを持つことはできない。42歳になった私たちの目の前にあるのは、安全保障について真剣に考えることを余儀なくされている日本の姿である。
2つの「軍事近代化」
加えて、現代の世界では「軍事近代化(military modernization)」の進展が著しい。軍事近代化というのは山口が専門とする国防計画論の概念であり、一言でいえば軍事テクノロジーの進化を指す。
ここでいうテクノジーとは、知識やアイデアの応用であり、個々の装備やこれを支えるインフラといったハードウェアと、プロセス、ドクトリン、教育・訓練などのソフトウェアを含む。この2つが長足の進歩を、しかも急速に遂げつつあるところに現代の安全保障を考える難しさがある。戦争という現象が持っている根本的な性質には古来から一定の継続性があるが、個別の戦闘のあり方はかつて知られていたものと大きく異なったものになる可能性があるということだ。
軍事近代化には2つの方向性がある。1つは、兵器の火力、機動力、防護力、戦力投射能力、速度など相手に打撃を与え、自らを守る能力の強化や進化である。例として、次世代航空機、水上艦船、潜水艦、戦闘車、弾道・巡航ミサイル、極超音速滑空弾、レーザー兵器、レールガン(電磁砲)等が挙げられる。
もう1つは、相手より速く観察し(Observe)、状況を判断し(Orient)、意思決定をし(Decide)、行動する(Act)ことを目指す方向性である。関連するものとして、指揮・統制・通信・コンピューター、情報、監視、偵察(C4ISR)に係るレーダーとセンサー、情報・通信システム、ロジスティクス関連の各種技術が挙げられる。
こうした軍事近代化が日本の安全保障にどのようなリスクをもたらすのか、それにどう対応していくのかを本書の中では考えていきたい。
将来予測を行う意味
だが、将来を予測するのは極めて難しい。私たちがこの42年間に見てきた変化の幅の大きさ、激しさを見ても明らかであろう。2030年代半ばになってみたら、本書が前提とした国際情勢は様変わりしていて、中国も北朝鮮もロシアも脅威でなくなっているかもしれない。日米同盟は維持されているかもしれないが、日米関係はこれまでの私たちが知っているものとはまるで違っているかもしれない。世界の大国は再び非国家主体との戦いに明け暮れているかもしれないし、新型コロナウイルス(COVID-19)を上回る感染症が猖獗(しょうけつ)を極め、戦争どころではないという状況さえ考えられる。
それでも将来予測は無駄ではない。将来予測とは、現在の私たちが置かれた状況を見つめる行為に他ならないからだ。いうなれば本書は、将来予測という作業を通じ、現在の日本を逆照射してみようという試みだ。
本書は著者2人の共著であり、内容については2人がすべての責任を負っている。これまで多大な刺激と知見をいただいた多くの方々、そして支えてくれた家族には、感謝の念にたえない。最後に、本書の企画と出版に当たって、打ち合わせから編集まで、丁寧にご尽力いただいた日経BP書籍編集者の桜井保幸氏に大変お世話になった。この機会を借りて深く御礼を申し上げたい。
2024年12月
小泉 悠
山口 亮
本書はJSPS科研費23K22086の助成を受けたものである。
【目次】





