その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は吉野直也さんの『 トランプ2.0 世界の先を知る100の問い(日経プレミアシリーズ) 』。「プロローグ」をお届けします。

【プロローグ】

民主主義の意義を問う

 トランプ氏が米大統領選の勝利を宣言した2024年11月6日。月日を感じたのは息子、バロン君の姿だった。8年前、メラニア夫人に寄り添っていた10歳のバロン君は18歳になり、190cmのトランプ氏をはるかにしのぐ200cmを超えるまで大きくなっていた。

 現職として1度負けた大統領の返り咲きは132年ぶり。世界は16年、20年、24年と大統領選に出馬したトランプ氏を12年にわたって見続けることになった。大統領の任期について米国憲法は2期8年までを定める。連続のほうが8年で終わるので、トランプ氏に批判的な人からすれば、まだましだっただろう。

 トランプ氏には最後の4年になるわけだが、ワシントンで取材していた前回16年とはまったく異なる感慨がある。前回、思い浮かんだ言葉は民主主義における「調整弁」もしくは「あだ花」だった。民主主義のシステムで鬱積した不満、しかしながらそのシステムを長く継続していくためには、トランプ氏のようなガス抜きの存在も長い歴史に必要なのだろうという言い聞かせに近かった。

 「調整弁」にしろ「あだ花」にしろ1回限りだから、たとえられるのであって、それが2度にわたると、その形容は正確ではない。トランプ氏を再び大統領に押し上げた米国社会の価値の地殻変動に目を凝らさざるを得ない。大統領選の投開票日の24年11月5日付日本経済新聞朝刊のコラム「Deep Insight」に書いた記事を紹介したい。

 大正時代につくられた童謡「歌を忘れたカナリア」の歌詞はこう始まる。♪ 歌を忘れたカナリアは後ろの山に捨てましょか いえいえそれはなりませぬ 今回の米大統領選から「歌を忘れたカナリア」の歌詞を想起することがある。

 歌詞は、歌を忘れてしまったカナリアは何の価値もないのか、という問いに、そうではない、と続いている。意味を巡る諸処の解説の一つは「歌を歌う」本分を忘れてしまったことへの戒めだ。

 米国にとって伝道師と自任してきた民主主義は本分に近い。大統領選はそのお手本と称されてきた。対立候補への悪口雑言や噓をいとわない3度目の共和党大統領候補、トランプ前大統領は民主主義のお手本ではない。

 「悪口は慎みなさい」「噓をついてはいけません」。大人が子供に教えてきた道徳的な価値と、トランプ氏の発言は相反する。道徳的な価値は民主主義を支える根幹だ。

 トランプ氏の誹謗(ひぼう)中傷や噓に鈍感になるのは、信じてきた道徳的な価値の倒錯を受け入れることになる。社会はやがて規律と秩序を失い、混乱を深める。

 トランプ氏は大統領在任中にナチス・ドイツの独裁者ヒトラーについて「良いこともやった」と言及していたという。大統領首席補佐官を務めたジョン・ケリー氏が米紙ニューヨーク・タイムズに明かした。

 10月中旬、米国を訪れた。首都ワシントンから120マイル(193キロメートル)離れた激戦州、ペンシルベニア州の州都ハリスバーグで、街中の人に取材した。7人に声をかけ、4人が答えてくれた。

 民主党大統領候補のハリス副大統領支持2人、トランプ氏支持1人、どちらも支持しないは1人だった。印象的だったのは黒人男性コインさん(41)のトランプ氏支持の理由だ。

 政治に求めたのは変化である。「ハリス氏は国民の期待をあおるものの、我々には何の恩恵もないだろう」と説明した。

 米国の実質国内総生産(GDP)はこの30年あまりで2倍に成長した。超富裕層との格差も生まれている。米アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏、著名投資家のウォーレン・バフェット氏、米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏。

 2017年のデータによれば、この3人の個人資産を合わせると、米国の下位50%の人たちの個人資産に匹敵する。

 米国の23年の平均的な従業員の年収と最高経営責任者(CEO)の報酬には196倍の開きがあった。学歴に準じた所得格差も大きい。その不満が16年大統領選でトランプ氏を勝利に導いた。

 20年大統領選でバイデン氏が勝ったにもかかわらず、トランプ氏の成功物語が続いているのは、民主党政権の失政にほかならない。トランプ氏の支持者はインフレや不法移民への対応を「明日のパン」の問題ととらえているからだ。

 元青山学院大教授の会田弘継氏(共同通信客員論説委員)は近著『それでもなぜ、トランプは支持されるのか』で映画「ゴジラ」を用いてトランプ現象をひもといた。怪獣ゴジラは核実験で放射能を浴びて突然変異を起こした古代恐竜の一種で、南方で無念の死を遂げた戦死者の「亡霊」との筋書きだ。

 会田氏は事実上の階級社会に絶望する支持者の怒りを代弁するトランプ氏と、戦死者の怨念を体現する「亡霊」ゴジラの類似性を指摘した。

 もしトランプ氏がゴジラと同様に憎悪の成り代わりだとしたら、大統領選の勝敗に関係なく、その亡霊は徘徊(はいかい)する。

 日本は10月27日投開票の衆院選で自民、公明両党の与党は15年ぶりに過半数を割った。旧安倍派の議員を中心とする政治資金の不記載問題への反感が要因だ。衆院選は「明日のパンではなく、道徳的な価値」が争点になった。

 構造改革が遅滞する日本の実質GDPはこの30年あまりで1.2倍とほぼ変わらず、「失われた30年」の「出口」はみえない。

 日本に社長報酬額が従業員の100倍を超える企業はほとんどない。平均は9倍程度で、学歴による所得格差は米国と比較して小さい。独特の公平感が衆院選での関心を「道徳的な価値」に向かわせ、民主主義を機能させているとしたら、それも手放しで喜べない。

 再びカナリアにまつわる話。「炭鉱のカナリア」は何らかの危険が迫っていることを知らせる前兆を指す。炭鉱で有毒ガスが発生した際に人よりも先にカナリアが察知して鳴き声を止めることで、警告を発する。

 米国は8年前のトランプ氏の大統領選勝利を民主主義における「炭鉱のカナリア」と受け止めるべきだった。トランプ氏は20年大統領選の敗北を認めず、21年1月6日の米連邦議会議事堂の襲撃事件を扇動した罪で起訴された。

 米国での民主主義の揺らぎは大統領選の候補選びにも表れた。共和党は終始「トランプ1強」、民主党はハリス氏が予備選を経なかった。

 米国際政治学者ケント・カルダー氏は今回の大統領選を「両党とも民主主義の本質である競争に欠けていた。民主主義の機能が衰えた」と総括する。「歌(民主主義)を忘れたアメリカ」になってしまうのか。米大統領選は接戦のまま11月5日の開票を迎える。(肩書、年齢は当時)

 トランプ氏の再登板による地殻変動が米国社会を完全に壊すかといえば、そこは懐疑的だ。歴史には揺り戻しがある。民主党が大敗した1972年の大統領選を巡ってニクソン大統領が民主党本部の盗聴に絡んだ「ウォーターゲート事件」が起きた。引責辞任した74年に副大統領のフォード氏が昇格、76年大統領選は民主党候補のカーター氏に敗れた。

 民主党は80年、84年、88年と共和党に3連敗したものの、92年にはビル・クリントン氏が登場し、ブッシュ(第41代)大統領の再選を阻止した。2008年の黒人初の大統領になったオバマ氏も、民主党の起死回生になった。

複雑に絡み合う各国の思惑

 「トランプ2.0」の影響は世界に及ぶ。中国を標的に最大60%の関税をかけると表明する一方、ロシアや北朝鮮には秋波を送る。ウクライナ国民の穏やかな日常を独りよがりな理由で侵略したロシアの意向に沿った停戦は言語道断だ。戦争犯罪人に指定されたプーチン氏への対応や侵略地域の返還、賠償などが欠かせない。

 ウクライナ侵略の顚末は中国の台湾侵攻とも連動する。侵略した国家が得をするような決着は第二、第三のウクライナの悲劇を誘発しかねない。領土の強奪を進めるプーチン氏のやり口を習近平氏は参考にしているとされている。国際法を無視し、他国の領土を侵略する前例は、将来にわたって世界に禍根を残す。

 中国、ロシア、北朝鮮。さらにイランを加えた4カ国を新「悪の枢軸」と呼ぶ専門家もいる。北朝鮮はロシアの侵略に加担し、派兵した。トランプ氏と4カ国、そして4カ国内の関係の変化に注意しなければならない。いずれも対米国で結束するものの、トランプ氏がロ朝を厚遇した場合、4カ国内に微妙な空気が流れても不思議ではない。

 同じく2024年2月17日付「Deep Insight」で書いた「『ほぼトラ』と中ロ蜜月の変調」を再掲したい。

 トランプ前大統領(77)が11月の米大統領選の共和党候補指名を確実にしつつある。不測の事態がない限り、前回2020年と同じトランプ氏とバイデン大統領(81)の再戦となる。米世論調査の数字から「もしトラ」ではなく「ほぼトラ」ではないか、との見方も出ている。世界はどう変わるのか。

 政治を動かすのは各国の指導者の持ち時間である。米国憲法は大統領の任期を2期8年までと定める。トランプ氏の再登場にしろ、バイデン氏の再選にしろ、2人は大統領1期を務めており、残りの持ち時間は1期4年だ。

 専制国家の指導者は任期がないか、形骸化している。残りの持ち時間は本人の寿命と近い。持ち時間の短さが民主主義国家の指導者には悩ましい。

 米国人男性の平均寿命は76.3歳で、バイデン、トランプ両氏ともすでに超えている。これも任期とともに考慮せざるを得ない。

 トランプ氏の再登場で変化が考えられるのは米ロ関係。同氏は前回の任期中、ロシアのプーチン大統領(71)と良好な間柄だった。ロシアのウクライナ侵略について「私なら24時間で終わらせる」とロシア優位で停戦を進める意向を示唆している。

 トランプ氏の1期目と同様、米国がウクライナを支援する欧州と険悪になる恐れをはらむ。

 ロシア人男性の平均寿命は68.2歳で、プーチン氏は現状で上回っている。指導者の寿命は一般の国民よりも長い傾向なので、一概に持ち時間はいえない。

 それでも日本人男性の平均寿命81.5歳をプーチン氏に当てはめて計算すると、日本人でいう80歳代半ばとみることもできる。

 旧ソ連時代も権力者が共産党書記長などの地位を放さず、マレンコフとフルシチョフらを除き死去によって移譲した。

 プーチン氏が最初に大統領に就いたのは2000年。「お手盛り」の選挙で3月に再選されれば任期は30年までとなる。事実上の最高権力者たる期間は旧ソ連時代のスターリンにほぼ並ぶ。プーチン氏は78歳となり、日本人男性でいう90歳を超える。

 プーチン氏が年齢から来る焦りでウクライナ侵略に突き進み、侵略後の想定外の遅れがさらなる焦りを生む。トランプ氏の再登板に飛びつきたい心境だろう。

 同じ専制国家、中国の習近平(シージンピン)国家主席(70)の持ち時間はどうか。

 中国人男性の平均寿命は74.7歳。最高指導者のまま死去したのは毛沢東だけだ。鄧小平氏は85歳、江沢民氏は76歳、胡錦濤氏は69歳で最高指導者を退いた。任期制限を自らの手で撤廃した習氏の持ち時間は寿命に近似するとの観測がある。

 独裁色を濃くする習氏の足元の中国経済には不動産不況が直撃している。経済軽視のツケが徐々に忍び寄る。

 トランプ氏は中国に一律60%超の関税を課すことを検討していると表明した。再登場となれば習氏に追い打ちをかけかねない。

 60%超の関税になれば、中国経済の苦境は加速する。中国は「よりまし」論でバイデン氏に心情的に傾いていくのか。トランプ氏でも「4年の我慢」と達観し、台湾に関心が乏しい点をプラス要因と思い込もうとするのか。

 トランプ氏の再登場を巡るプーチン氏と習氏の心理的な負担の違いは、中ロの蜜月関係に変調をもたらす可能性がある。

 冷戦下のソ連時代、経済力で中国を引き離していたが、いまや逆転されたうえにロシアと中国の差は歴然。国際通貨基金(IMF)の統計によると、22年のドルベースの名目GDPは中国(18兆ドル)がロシアのおよそ8倍だった。

 ソ連崩壊直後から中国が優位に立ち、その差はワニの口のように広がった。中国はさらに伸びる余地がある。経済力は軍事力にも直結する。

 ウクライナを侵略したプーチン氏は習氏に軍事支援を求めたものの、中国は正面から応えなかった。これがプーチン氏の北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)総書記への接近の背後にある。

 専制国家陣営の中国「1強」にはロ朝の沈殿した複雑な心情がある。トランプ氏の再登場は中ロ間にさざ波を起こすかもしれない。

 日本にも影響は及ぶ。日本の首相選びと米大統領選は連動しないはずだが、関連付けて語られるのも今回のトランプ現象の一つだ。

 安倍晋三元首相は1期目のトランプ氏と強固な関係をつくり、日米同盟の深化にむすびついた。世界の経済成長の拠点で、地政学的な要衝でもあるアジアの重要性を理解できないトランプ氏の気まぐれは、日本にもアジアにもリスクであり続けている。

 政局の焦点は岸田文雄首相(66)が9月に任期満了を迎える自民党総裁の再選をめざし、総裁選前に衆院解散・総選挙に踏み切るかどうかにある。トランプリスクに対処するうえで政局の流動化は回避したいところだ。

 自民党の麻生太郎副総裁(83)は1月に訪米した。トランプ氏との面会を探ったが、実現しなかった。ポスト岸田不在の折、麻生氏本人に意欲があるのか、と永田町は疑心暗鬼になった。

 「ほぼトラ」を見据えて米国の外交・安保と経済の様変わりに身構える世界と、派閥とカネの問題に多くの時間を割く日本の国会。この好対照は内向きな日本と世界からの劣後に重なってみえる。(肩書、年齢は当時)

 日本はどうか。トランプ1.0で協力を深めたように世界の中の日米同盟を誇示していくのが基本戦略だ。トランプ氏が求める無理難題はうまくいなさなければならない。トランプ氏の任期は4年。これまで積み上げてきたものをひっくり返す必要はない。外交・安保についても経済についても、敵対せず、しかし迎合せずといったところだろうか。

 トランプ1.0のときは安倍晋三首相とトランプ氏の蜜月関係で、無理筋の要求をうまく拒否した。今度は石破茂首相がトランプ氏のパートナーになる。国益を守るために動いてもらいたい。2024年10月の衆院選で自民、公明両党の与党は過半数を割った。少数与党は独自で予算案を通すことはできないし、内閣不信任決議案も否決できない。

日本は社会主義的な国か?

 政局は不安定になる。指導者が短期間で代わるリスクのある国家は信用力も落ちる。政争が続く国家は投資を呼び込みにくくもなる。少数与党は国民民主党など野党との政策協議もしなくてはならなくなった。

 政策決定が「安倍1強」の時よりも可視化され、霞が関の各省庁からは「突然、変な指示が来ることはなくなるのではないか」と歓迎する空気もある。半面、財政は拡張主義になりがちだ。日本は与野党とも「大きな政府」を志向する社会主義的な経済政策を争っているように映る。

 2年以上前になるが、2022年8月30日付「Deep Insight」の「自民党流『社会主義』の顚末」も挙げたい。

 政治家それぞれに鉄板ネタがある。自民党幹事長の加藤紘一氏を担当していた1998年ごろ、こんな問いかけをされた。

 「『日本は最も成功した社会主義国家』。これ誰が言っているか知っている?」。答えに窮すると「ゴルバチョフだよ」とすぐに教えてくれた。新たな番記者にも同様のやりとりが繰り返された。

 派閥「宏池会」会長になった加藤氏は99年に日本経済新聞社主催の「アジアの未来」でもこの話に触れた。「『民主社会主義国家』の限界がきた。日本には資本備蓄、技術革新の能力、高い教育水準を持つ人的資源という3つの種があるのに土が硬くなっている」と構造改革を訴えた。岸田文雄首相は当時、宏池会の有望な若手だった。

 ソ連最後の最高指導者、ゴルバチョフ氏の「社会主義国家・日本」という賛辞には3つの皮肉がにじむ。日本は資本主義国家であるのが一つ、「社会主義」は東西冷戦で敗北したことがもう一つ、最後は日本において「社会主義」を支える分配のための経済成長がその後、怪しくなったことだ。

 90年代は日本が「失われた30年」といわれる停滞期の初期にあたる。ゴルバチョフ氏は日本にはまだまだ分配のための経済成長が見込めると思ったのだろうか。

 政略と政策は連動する。自民党は55年体制下で社会党の政策を3年遅れで吸収してきたとやゆされた。保守政党とうたいながら経済政策はリベラルに振れ、保守とリベラル双方の票を取りにいった。これが政権維持に効果的だった。90年代に始まった連立の時代もそれは変わらなかった。

 自民党の経済政策は米国でいえば「小さな政府」を志向する共和党より「大きな政府」の民主党に近い。霞が関の官僚機構と二人三脚で経済政策を練る仕組みも「大きな政府」路線を後押しした。

 その自民党で経済政策づくりの中心に長らくいたのは、池田勇人首相が興した宏池会などだ。池田氏は「軽武装・経済重視」を原則とした吉田茂首相の側近で、宏池会は自民党の本流と目された。

 構造改革を推進しようとした小泉純一郎首相や安倍晋三首相が属した派閥「清和会」は、自民党の系譜において傍流と位置づけられた。その安倍首相の経済政策アベノミクスでも、政府主導の賃金引き上げや教育の無償化などリベラル色が濃い政策はあった。

 2010年に日本の国内総生産(GDP)は中国に抜かれた。20年の日本の1人当たり労働生産性は経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国中28位で、韓国を下回った。日本は経済成長が期待できない国になりつつある。

 岸田首相の提唱した「新しい資本主義」は変化の兆しがあるものの、分配に軸足があるとみられている。21年の衆院選でも22年の参院選でも立憲民主党は明確な対立軸をつくれず、議席を減らした。立民を封じ込めた半面、構造改革を主張した日本維新の会は両選挙で伸長した。保守・リベラル政党、自民党への不満の一部が流れた。

 自民党が政権交代を含め逆風にあった時期には、経済不況と新たな保守勢力の出現や台頭がある。

 まず第1次石油ショックに端を発したインフレが底流で響いていた1976年、河野洋平氏らが結成した新自由クラブが衆院選で躍進した。三木武夫首相は負けた責任を取って退陣した。

 バブル崩壊の余波があった93年、小沢一郎氏らが自民党を飛び出て新生党を立ち上げ、衆院選後、細川護熙氏らが率いる日本新党と非自民連立政権を樹立した。

 2008年のリーマン・ショックで世界的な経済危機に見舞われ、自民党は09年の衆院選で敗北した。政権をとった民主党の中核は小沢氏や鳩山由紀夫氏らかつて自民党竹下派に所属した面々だ。

 現在に置き換えればロシアのウクライナ侵攻などに伴う物価高は自民党にとって要注意の問題だ。

 経済成長の鈍化は激変する東アジアの安全保障に影を落とす。「最後の手段」とはいえ、中国は台湾の武力統一を否定していない。

 台湾は沖縄県与那国島からわずか110キロメートルだ。台湾有事は日本有事であり、自民党は防衛費を5年以内にGDP比2%以上を念頭に増やすよう提起する。経済成長が微々たるもので歳出だけ膨らめば、財政事情は悪化する。抑止力強化にも経済成長は不可欠だ。

 この30年間で中国の名目GDPはドルベースで40倍以上に伸び、2倍に満たない日本とは対照的になった。社会主義の看板を掲げつつ実態は市場原理を取り入れて資本主義と変わらない中国。資本主義を標榜しながら「最も成功した社会主義国家」と評された日本との差は歴然としている。

 日本が深刻なのは「社会主義」だと仮定しても、分配を支える経済成長がおぼつかない点だ。現状で自民党を脅かす野党はいない。一方で自民党がこの顚末(てんまつ)で保守・リベラル路線を継続したら世界で劣後しかねない。

 「厳密には日本で『資本主義』と呼べる時期はなかった。『新しい資本主義』ではなく、まず『資本主義』を始めなければならない」。最近の自民党内にはこんな声もある。本来の資本主義に近づける構造改革は、党内の政略と政策が結びつく対立軸にもなる。

 資本主義の原動力をアニマルスピリッツとするなら、自民党には企業家の野心的な意欲を引き出す環境づくりを最優先に取り組んでほしい。その先頭に立つのは岸田首相である。(肩書、年齢は当時)

 トランプ2.0で起こる世界の混乱で日本まで安定を損なっていては世界からますます後れをとる。与野党が対決し、政策が遅滞する展開は望んでいない。2024年の衆院選で「対決よりも解決」を訴えた国民民主党が躍進したのは、そんな旧態依然とした与野党対立に辟易とした有権者が動いた結果ともいえる。

 経済力、軍事力、ソフトパワーで構成する国力を強化するために与野党は対峙を優先するのではなく、協調すべき点は協調し、政策を進展させてほしい。そのこともトランプ2.0に当たって与野党に改めて考えてもらいたい。

 この本はトランプ2.0で浮上する問題の核心について日米の専門家に聞いた。題名を『トランプ2.0 世界の先を知る100の問い』としたのは、この100の問いへの回答の道筋が分かれば、理解が進むのではないか、との期待を込めた。

 インタビューをとりまとめるに当たって日本経済新聞社の山﨑浩志常務取締役編集局長の後押しで23年6月に始まったポッドキャスト番組「NIKKEI切り抜きニュース」の配信の一部を活用した。編集は恩地洋介(国際グループ)、亀真奈文(政治・外交グループ)の両デスクらの協力を得た。日ごろ番組をともに作っているアシスタントでフリーアナウンサーの川口満里奈さん、ラジオNIKKEIの林雅瑛さん、弁護士で作家の牛島信さん、そして日本経済新聞社の野々下和彦映像戦略本部長にこの場を借りて感謝申し上げたい。

 2025年1月吉日

日本経済新聞社 国際報道センター長 吉野直也

【目次】

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