その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はラッシュ・ドーシ(著)、村井浩紀(訳)の『 中国の大戦略 覇権奪取へのロング・ゲーム 』。「序章」より「本書の主張の要点」を抜粋してお届けします。

【本書の主張の要点】

 本書では、冷戦後には地域的な秩序を軸に繰り広げられていた米中間の競争が、今ではグローバルな秩序をめぐるものに拡大していると主張する。そこで焦点となるのは、中国のような新興の強国がアメリカのような既存の覇権国(ヘゲモン)を、戦火を交えることなく追い落とすための戦略である。地域や世界に君臨する覇権国の立場は、広い意味で三つの「統制のメカニズム」、すなわち各国に従うよう強要する能力、各国に動機を与えて同意へと誘導する働きかけ、そして正当性(覇権国には指導的な立場に就く妥当性や威信があると納得させること)によって支えられている。一方、新興の強国が覇権国を平和裏に引きずり降ろす取り組みは、二つの戦略に大別され、一般に順を追って進められる。最初の戦略は覇権国が備えている支配力、なかでも台頭する勢力に及ぼす“力を鈍らせる”ことである(阻止戦略:blunting)。新興の強国が覇権国の言いなりのままでは、追い落としなどとうてい望めない。第二の戦略は新興の強国が他の国々に対する“支配力を確立する”ことである(構築戦略:building)。実際、新興の強国は他の国々を威嚇し、誘導し、あるいはもっともな正当性を確保して各国を恭順させないかぎり、既存の覇権国に取って代わることはできない。新興の強国にはまず覇権国の力を削ぐ努力が欠かせず、それを経由せずに、自前の勢力圏を築こうと試みても無駄であり、簡単に反撃されるだけだろう。新興の強国は自らの拠り所となる地域でこの阻止・構築の戦略の遂行に十分成功したあとで、ようやく第三の戦略、すなわち域外へ、世界へと“拡張する”戦略(global expansion)に自信をもって移行できる。それまでは覇権国の総体的な影響力を前にして新興の強国はなお力不足である。第三の戦略の段階に至って新興の強国は、覇権国を世界の指導的な地位から引きずり降ろすための阻止・構築の取り組みを国際舞台でも繰り広げることになる。中国共産党のエリートたちはナショナリストで、中国を本来あるべき地位に戻すことをめざしている。西側が世界で圧倒的な影響力をもっているという歴史的に逸脱した状態を覆すことが目標である。このような地域のレベル、グローバルなレベルでの戦略は彼らにとって中国が頭角を現すための手荒な手段となる。

 以上の段階的な展開を中国は実際にたどってきた。本書は中国による追い落としの試みを検証するにあたり、その大戦略をある段階から次の段階へと移行させる引き金となったものについて論じる。具体的にはアメリカの国力と脅威に対する中国側の認識の劇的な変化であり、それらは局面の転換を促す基本的な要因となった。中国の第一段階の戦略、すなわち阻止戦略(1989―2008年)は天安門事件、湾岸戦争、ソ連の崩壊という立て続けに起きた北京にとってトラウマとなる三大イベントとともに始まった。中国はアメリカの脅威に対する警戒を一気に強め、ひそかにアメリカの中国に対する“影響力を削ぐ”こと、とりわけアジアにおいてそれを実現することを狙った。第二段階の戦略、構築戦略(2009―2016年)はアジアの域内に覇を唱えるための基盤を“打ち立てる”ことをめざした。世界金融危機の発生を受けて、北京はアメリカの国力が衰退に向かっていると判断し、より強い確信をもってアメリカの追い落としに取り組み始めた。そして今、中国はブレグジット(イギリスのEUからの離脱)、アメリカのトランプ大統領選出、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが「100年に一度の大変動」をもたらしていると認識して、第三段階の戦略に乗り出している。すなわち、アメリカをグローバルなリーダーの座から引きずり降ろすための阻止・構築の戦略を世界規模に“拡張する”取り組みである。本書では、最後の数章を費やして中国が抱く野心に地域のレベルで、そしてグローバルなレベルで対抗するためにアメリカ側に求められる大戦略を説明する。中国と同じ規模で資金を投じ、艦艇を配備し、第三国に開発資金を貸与して真正面から競争するのではなく、中国の弱みを鋭く突く、いわゆる非対称的な取り組みである。これは中国の大戦略を観察して得た理解、いわば中国自身の台本の応用である。

 また、本書では中国が2049年の中華人民共和国の建国100周年までに「民族の復興」という目標を達成することができた場合、中国主導の秩序がどのようなものになるかを描写する。地域のレベルでは、中国はすでにアジアのGDP(域内総生産)の過半を、さらにアジア全体の軍事費でも半分を占めており、それがこの地域のバランスを崩し、中国の勢力圏へと向かわせている。中国主導の秩序が地域のレベルで完成した場合、最終的に出現する事態は、次のようなものを含むだろう。日本と韓国からの米軍の撤退、アメリカが域内にもつ同盟関係の終焉、西太平洋からの米海軍の実質的な排除、域内の近隣諸国の中国への服従、中国本土と台湾の統一、東シナ海と南シナ海における領土問題の決着などである。この中国主導の秩序を、さきほどの「統制のメカニズム」という概念を利用して説明するなら、おそらく現在よりも高圧的なものになる。もっぱらコネのあるエリートたちに利益を誘導することが、有権者の意向を無視して、まかり通る。そして直接、報われている少数しかこの秩序を正当なものだとみなさないだろう。中国はこの秩序を自由主義的(リベラル)な価値観を損なうやり方で押し広げるため、域内には権威主義的な風がより強く吹き荒れるだろう。国外に出来上がる秩序は往々にして国内に存在する秩序の反映である。中国が築こうとする秩序はアメリカのつくってきた秩序に比べて明らかに非自由主義的(イリベラル)なものになる。

 グローバルなレベルでは、中国がめざす秩序には「100年に一度の大変動」をチャンスと捉え、世界を主導する国の座からアメリカを放逐することが含まれるだろう。その実現には、「大変動」から生じる主要なリスク、言い換えるなら、衰退を潔く受け入れようとしないワシントンを巧みに管理することが前提となる。アメリカのグローバル秩序を支えてきた「統制のメカニズム」を弱体化させ、中国の秩序を後押しする「統制のメカニズム」を前面に打ち出すということでもある。この秩序の対象範囲は、ひとまずアジアのなかでも「影響力が格段に及ぶゾーン」と、発展途上国が多い「部分的な覇権」の及ぶ地域にまたがり、次第に拡大して、世界各地の工業地帯をぐるりと取り囲むようになる。ちょうど毛沢東(マオ・ツォートン)が革命期に訴えた「農村から都市を包囲する(中国語:農村包囲城市)」に重なる展望で、中国で人気のある論者たちは、このたとえを使って秩序を解説している。ただし、より権威のある中国の指導者の発言などでは、もっと抑えたトーンで表現されている。中国の秩序は「一帯一路」の広域経済圏づくりや、各国に共に発展することを訴える「人類運命共同体」の形成によって支えられるという。このうち特に前者は、繰り返しになるが、強要、誘導、正当性という「統制のメカニズム」を築き上げることにつながる。

 グローバルな秩序を実現するための具体的な戦略の一部は、これまで習近平が行ってきた演説から読み解ける。政治的には、北京はグローバル・ガバナンス〔環境問題をはじめとする一国の枠を超えた重要課題への対応〕や国際機関の運営でリーダーシップを発揮し、西側の同盟関係を分断し、自由主義的な規範に代わって、強権的な規範を押し広げる構えだ。経済的には、アメリカの覇権を支える金融面での優位性を弱め、人工知能から量子コンピューターまでの「第4次産業革命」で主導権を握ることをめざす。そこではアメリカは「一次産品、不動産、観光、そしておそらく各国からの租税回避行為の誘致に特化し、脱工業化され、英語が通じるラテンアメリカの共和国のような存在」へと衰退していくと見る。軍事的には、人民解放軍が海外各地に基地・拠点を構える世界で一流の軍隊となり、ほとんどの地域で、また宇宙、北極・南極、深海などの新しい領域で中国の利益を守ることができるようになると想定する。このような構想の一端が重要演説のなかに認められるという事実は、中国の野心が台湾の取り込みや、インド太平洋の支配にとどまらないことを示す強力な証拠である。「支配をめざす闘い」の対象は、かつてはアジアに限定されていたが、いまやグローバルな秩序とその未来をめぐるものとなっている。覇権へと至る道が二つあるとしたら、中国は域内、そして世界の両方で追い求めている。

 やがて到来するかもしれない中国の秩序を以上で一瞥したが、その印象が強烈であっても驚いてはならない。現代シンガポールの建国者にして中国の歴代のトップ・リーダーを個人的に知り、先を見通すことに優れていた政治家のリー・クアンユーは、10年余りも前のインタビューで次のように語っている。聞き手が「中国の指導者たちは本気でアメリカに取って代わり、アジアで、そして世界でナンバーワンの国家になろうとしているのだろうか」と問うと、イエスと言い切った。「もちろんだ。当然ではないか」。そして「彼らは貧しかった社会を経済的な奇跡によって今では世界第2位の経済大国に変えた。……順調にゆけば世界最大になる」と指摘した。中国は「4000年の歴史がある文化と13億人の国民というきわめて大勢の有能な人材のプール」を誇る。「そのような彼らがアジアで、やがては世界でナンバーワンになりたいと切望しないはずがない」と続けた。中国は「50年前には想像できなかったほどの勢いで成長し、誰も予測できなかったほどの劇的な変貌を遂げた」。リーは「すべての国民が強くて豊かな中国を、そしてアメリカやヨーロッパ、日本と同じように繁栄し、先進的で、技術競争力をもつ国になることを願っている」と観察していた。そして彼は質問への回答を重要な洞察で締めくくった。「この(国民のあいだにある)呼び覚まされた運命の意識は非常に強い力になる。……中国は中国として存在し、西側の名誉会員ではなく、あるがままの中国として受け入れられることを欲している」。中国はアメリカと「今世紀を共有する」ことを望み、それを決して従属する国としてではなく、おそらく「対等の国」として実現したがっているとリーは見ていた。

【目次】

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