『数学女子 智香が教える 「数字に強い人」の仕事の進め方』(日経ビジネス人文庫)を上梓した深沢真太郎さん。ビジネス数学・教育家としてビジネスパーソンやトップアスリートの指導・研修を行う深沢さんが、AI時代の「数字の使い方」を解説。生成AI時代に何より価値を持つのが「数字リテラシー」。具体的には「疑うこと」と「エモく伝えること」。それはどんなもの? 仕事で活用するには? エピソードを交えてやさしく教えます。

数字を「疑うセンス」が大事

 あるとき、こんな言葉に出合いました。

 「AIは無知な人間に対して『もっともらしいこと』を言う天才だ」

 まったくその通りだと共感します。
 AIが示した「もっともらしい」数字と解釈。それをうのみにすることなく、本当だろうかと疑う視点がとても重要です。

 たとえばAIがこう言ったとします。

 「顧客満足度90%と高い数値が出ています。業界平均に対しても高く、よい評価を与えてもいいのではないでしょうか」

 そこであなたは「確かにそうだな」とすぐに思ってはいけません。

 たとえば、この顧客満足度という「数字の定義」をAIに確認するべきです。
 具体的には、全顧客からランダムに100人抽出したときの90%が満足と答えたのか、超優良顧客10人に調査した際に9人が満足と答えたのか。

 もし前者ならAIの主張にも納得感がありますが、後者だとしたらそうは思いません。超優良顧客に調査しているのだから、むしろ100%であることが当たり前ではないでしょうか。
 たった1人でも不満足と答えていることを問題視すべきであり、この顧客満足度90%という数字はネガティブな情報と捉えるべきです。

 「明日は不快指数が高いので、過ごしにくい1日になりそうだ」
 「◯◯大学は就職決定率が高いので、就職に強い大学と言える」

 これらもすべて同じ構造です。
 不快指数とはそもそもどんな数学的指標なのか。就職決定率とはどんな定義なのか。まずそこを確認する必要があります。
 その数字の定義がAIとあなたとで一致していないと、AIのもっともらしい主張をうのみにしてしまいます。

 ここで伝えたいのは、「疑え」の一言です。

 数字の定義を疑う。その数字は、ちゃんと正確なものかを疑う。
 その数字はファクトかどうか、データの参照元で確かめる。

 そういった「疑うセンス」がこれからの時代にますます重要になるでしょう。

「数字の伝え方」で歴史を動かした英雄

 AI時代は「ストーリーで伝える」という技術が大変重要になります。
 あなたは数字をストーリーで話しているでしょうか。
 単に調べ上げた数字や情報を、まるで機械のように読み上げて報告するだけのコミュニケーションになってはいないでしょうか。

 もし後者だとすると、それはきわめて厳しい状態です。
 少しキツい言い方になりますが、もはや「人間が話す意味」がほとんどないと言える状態かもしれません。

 ここで、ある人物に登場してもらいましょう。

 その人物は、数学者・統計学者でありながら、数字を計算や思考の道具にするだけではなく、ストーリーテリングの道具として巧みに使いこなす名手でした。

 世界的に知られたその人とは──フローレンス・ナイチンゲール。

 そう、あのナイチンゲールです。
 彼女は一般には、英国の看護師、社会起業家として知られていますが、一方で統計学者でもあり、1858年に王立統計学会初の女性会員となった人物です。

 ナイチンゲールがいかにデータをストーリーテリングの道具として活用したかを、『 数字の翻訳──スタンフォード経営大学院教授の「感情が動く数字」の作り方 』(チップ・ヒース著、カーラ・スター著、櫻井祐子訳/ダイヤモンド社)を参照、引用しつつ紹介しましょう。

 1854年、ナイチンゲールは陸軍に志願し、自ら集めた38人の看護師を従えて前線に赴く。(中略)

 ナイチンゲールは衛生状況を改善するために、寝食を惜しんで働いた。(中略)その甲斐あって、戦争が終わるまでに病院の体制は一新され、(中略)ナイチンゲールは国民的英雄に祭り上げられ、その取り組みは全国紙で華々しく取り上げられた。(中略)

 これだけの苦労を重ねたあとも、(ナイチンゲールには[深沢追記])頭の固い軍高官や医師、貴族、上流階級のお偉方に、従来のやり方には戻れないことを説得するという仕事がまだ残っていたのだ。(中略)

 だがナイチンゲールは、人々にただ数字を「理解」させるだけでは変革を起こせないことも承知していた。(中略)人々の行動を駆り立てる、力強く感情的な数字にするのだ。


 この一文に、ぜひ注目してください。

 頭の固い軍高官や医師、貴族、上流階級のお偉方に、従来のやり方には戻れないことを説得するという仕事がまだ残っていたのだ。

 難しい相手とコミュニケーションし、説得したということです。

 ナイチンゲールはただの統計学者ではありません。データを、「人々を行動に駆り立てる、力強く感情的な数字」に変換して伝えた、コミュニケーションの本質を実によく理解した英雄なのです。

 そんなナイチンゲールの伝え方について、前掲書を引きつつ見ていきましょう。

ナイチンゲールの数字の語り

 次の表現はある事実を数字で語ったものです。

 「開戦から7カ月間で、1万3095人中、7857人の兵士が命を落としました」

 この事実を、ナイチンゲールはこう言い換えたそうです。

 「兵士1000人あたり600人が死亡しました。クリミア戦争開始後の7カ月間に、病気だけによる兵士の死亡率は、ロンドンの大疫病の死亡率を超えていました」

 ロンドンの大疫病はこの時代、誰もが知る未曾有(みぞう)の惨事でした。
 ナイチンゲールはそれを“比較対象”に置くことで、今起きている事態の深刻さを一瞬で伝えたのです。

 単に数字で事実を伝えるだけではなく、人々の記憶に刻まれた出来事(物語)に接続して語った、とも言えます。

 とてもシンプルな例ですが、これが数字でストーリーを語るということです。

 「1000人あたり600人」という形に直すだけで、子どもでもイメージできるわかりやすさになります。

 AI時代に人間が伝えることの意味は、こうした血の通った語りができるか、そして人間の感覚や直感にフィットする言葉へ翻訳できるかにかかっています。

 前掲書では、ナイチンゲールのコミュニケーションの哲学をこう表現しています。

 「相手がすでに持っている感情に『相乗り』したのだ」

 実に本質的です。AIなどが誕生するよりはるか昔に、データの使い手がこの発想に到達していたことに僕は感動しました。
 というのも、僕はこの考え方を自ら開発した企業研修プログラム「数字で伝える・説得する技術」に、すでに組み込んでいたからです。

相手の感情に届く言葉に変換

 この研修プログラムにおいて、僕は「エモい数字」という概念を提唱しています。
 「エモい」とは現代の若者が好んで使う言葉であり、かみ砕いて言えば「感情が動く感じ」のことです。
 教科書的に説明すると、こうなります。

 「エモーショナルな感じがする」ということであり、「感情に訴えかけてくるものがある」「心が動かされるようだ」「情緒を感じる」「趣がある」「グッとくる」というような、うまく言語化しにくい感慨を述べる表現である。

 つまり「感」(=心の反応)をもたらすものであるということです。

 先ほど僕は「人間の感覚や直感」に言及しました。
 ナイチンゲールの哲学も「相手の感情に相乗り」でした。

 ここで点と点が線でつながります。数字で伝えることの正解が何かを示せたと思いますがいかがでしょう。

 数字を「わかりやすくする」だけでは足りない。
 相手の感情に届く形に変換できて、初めて数字は伝わる。

 僕はそう確信しています。

 最後にもう1つ。
  第1回 の記事にも書きましたが、AI時代に仕事で数字を使うとは、次の4つのプロセスを踏むことと僕は考えています。

計測 → 計算と分析 → 意味づけ → 伝達
人間 →   AI   →  人間  → 人間

 2番目の「計算と分析」のみAIの領域で、残り3つは人間の仕事としてこれからも残ります。
 そこで3番目の「意味づけ」と4番目の「伝達」をテーマにし、AI時代だからこそさらに強く求められるスキルについてここで解説しました。

 疑うこと、感情に乗っかること。いずれも「人間だけに」できることで、言葉を換えれば、AI時代に「数字を使う」ことにおいて、人間に求められる2つの視点です。ぜひ明日からの仕事に取り入れてください。

【参考文献】
数字の翻訳 スタンフォード経営大学院教授の「感情が動く数字」の作り方 』(ダイヤモンド社/チップ・ヒース著、カーラ・スター著、櫻井祐子訳)
相手の感情に届く形に変換できて、初めて数字は伝わる(写真:VicPhoto/stock.adobe.com)
相手の感情に届く形に変換できて、初めて数字は伝わる(写真:VicPhoto/stock.adobe.com)
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