『マネー・ボール』などの話題作を世に送り出してきたマイケル・ルイス氏の最新作『 1兆円を盗んだ男 仮想通貨帝国FTXの崩壊 』。生き馬の目を抜く暗号資産の世界で一躍、頭角を現したサム・バンクマン・フリード氏と、彼が創業した「FTX」が一転、壮絶な破綻に至る道程を克明に描く。そこに横たわる謎、疑問、教訓とは。明治大学政治経済学部教授の小早川周司氏がひもとく。
本書は、2022年11月に破綻した暗号資産交換業FTXの創業者サム・バンクマン・フリード(SBF)の生い立ちから、FTXを創業し、それが破綻に至るまでの経緯を関係者への取材を基に取りまとめたものである。
マサチューセッツ工科大学卒業後、SBFはウォール街の金融トレーディング業者ジェーン・ストリートに就職し、トレーダーとしての頭角を現していった。SBFにとって市場取引は、彼の得意とするゲームの世界の延長線上にあるものだった。市場動向を観察し、統計手法を駆使することによって、他人が気付かないような裁定取引や、自動化されたアルゴリズム取引の裏をかくような取引を編み出し、会社に大きな利益をもたらしていく。
SBFが暗号資産と出会ったのもこの頃だ。当時、暗号資産市場は分断されており、裁定の機会がまだ多く残されていた。このことが、SBFに暗号資産投資を専門に扱うアラメダ・リサーチを創業し、この市場に本格的に参入するきっかけにもなる。
その後、SBFは顧客の資金を預かるFTXの設立にも注力し始めた。FTXは自らFTTと名付けたトークンを発行し、その保有者には自社の年間売上高の3分の1を受け取る権利を付与する。問題は、FTXやFTTの信用をどのように作り上げていくかだ。暗号資産の創始者たちは、政府・中央銀行が発行する貨幣に依拠せずに、お金を自由に移動させることができる世界を思い描いていた。しかし、これらの資産に投資する多くの人々は結局、交換業者を通じて暗号資産を売買することを選んだ。交換業者に信用を求めたのである。
このためSBFも、FTXを信用力のある業者に仕立て上げる必要があった。業界関係者の会合に出席することによって、多額の利益を稼ぎ出すトレーダーとしての存在感を徐々に発揮し、若手大富豪としての認知を広げていく。業界最大手のBinanceを率いるチャンポン・ジャオ(CZ)と知り合ったのはこの時期である。CZはSBFに関心を抱いたが、所詮二人は競争相手であり、両者の間では確執が続いた。
FTX破綻の引き金を引いたのは、CZだ。2022年11月、業界関連ニュースサイトの記事をきっかけに、CZは自社が保有するFTTをすべて清算するとツイートした。730万人のフォロワーを抱えるCZがインターネット空間で仕掛けた情報戦は、FTXへの壮絶な取り付け騒ぎを引き起こす。FTXは2日間で約60億ドル規模の資金流出に見舞われたが、こうした流動性需要に応えられないのは明らかであった。ここで、CZは驚くべき提案をする。
この先の劇的な顛末(てんまつ)は本書に譲るが、読んでいて不思議に思うのは、SNSに慣れ親しんで育ったSBFらFTX経営陣がなぜCZの情報戦を楽観視したのかという点である。顧客がパニック状態から戻れば、FTXにお金が戻ってくると信じていたという証言も、金融危機の歴史から得られる教訓を十分に理解していなかったと言わざるを得ない。さらに、クオンツを駆使した複雑な金融取引を実践する才能を持ちながら、FTXとアラメダのガバナンスについて深く考えることなく巨額の資金を縦横無尽に運用していたというのも不思議である。この男は一体何者かという著者の疑問が、読めば読むほど深まっていく。
FTXはSBFという特異な能力を持った人材が作り上げた砂上の楼閣であったが、様々な暗号資産を利用した金融取引は今後とも続くであろう。暗号資産に関心を持つ読者には、リスクと向き合う覚悟が求められるとともに、相手を信じて自らの資産を託す際に、相手に求める信用とは何かについて、あらためて考え直す必要があろう。
