企業変革のプロフェッショナルとして数多くの企業再生を手掛けてきた冨山和彦氏と、『企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか』(日本経済新聞出版)を出版し、変革に伴う構造的問題を読み解いた宇田川元一氏。企業変革を「実践」と「理論」という異なる立場から捉え続けてきた2人が、「これからの日本企業に求められる変革とは何か」を徹底討議。最後の第3回は、次世代リーダーが身に付けておくとよい思考軸と人間理解の大切さに迫ります。

第1回 「冨山和彦×宇田川元一 危機感があるのに変革できない理由」
第2回 「冨山和彦×宇田川元一 頑張れば頑張るほど『負け戦』は続く」

おじさんたちを「丁重に無視」する

宇田川元一氏(以下、宇田川) 冨山さんはこれまで数々の企業変革の場面に立ち会われてきましたが、ご自身でうまくいかなかったと思うような経験はありますか。

冨山和彦氏(以下、冨山) 30代半ば頃に携帯電話事業者デジタルツーカーグループ(現在のソフトバンクの前身企業の一つ)の立ち上げに携わりました。コーポレイトディレクションからの出向という形で、営業組織をつくるのがミッションでした。

 私は当時スタンフォード大学から帰ってきたばかりで、「経営は科学だ」という思いが強く、論理的に正しい戦略を組んで組織を動かそうとやってみたのですが、これがまったく空回りしてしまいました。社員は働かないし、組織も思ったようには動きませんでした。

 デジタルツーカーは鉄鋼や電機メーカー、商社、鉄道、自動車など日本のそうそうたる大企業の合弁で、そうした企業からの出向社員とプロパーの社員がいました。比較すると、出向社員のおじさんたちの方がエリートで学歴も給料も高い。

 なのに、実際に一緒に仕事をしてみると、このおじさんたちが仕事をしない。顧客が払ったお金に対して付加価値を生むのが会社の仕事なのに、それに本気で立ち向かっている人がほとんどいなかったのです。一方でプロパーの若者たちはみな必死です。バブル崩壊直後でしたから、ここでだめだったらもう後がないと背水の陣で仕事をしている人たちが多かったのです。

 なぜエリートおじさんたちはあまり仕事をしないのか。ルートコーズ(Root Cause、根本原因)を考えると、実は彼らは積極的に成果を上げたくないのだということに気づいたのです。変に頑張って会社に必要な人だと見なされると、出向元になかなか戻れなくなる。それに気づくのに1年以上かかりました。

宇田川 その1年間は、冨山さんご自身はどのような心境で過ごしていたのですか。

冨山 苦労はしていましたが、意外と平気でした。新卒でボストン コンサルティング グループ(BCG)に入ってファクトとロジックが第一のコンサルタント人生一筋だったので、小説やドラマで描かれるサラリーマン社会の権力闘争や出世争いの話はまったく他人事だったんですね。でもそれが本当に目の前で展開していることに妙に感心してしまって、自分の中では割とインスパイアされた1年間でした。

「おじさんたちを丁重に無視するという作戦に切り替えると、組織も人も回り始めました」と話す冨山氏
「おじさんたちを丁重に無視するという作戦に切り替えると、組織も人も回り始めました」と話す冨山氏
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 そんななか、実際どうしたかというと、そういう行動様式のおじさんたちは今さら変えろと言われても変わらないだろうから、20~30代のプロパー社員をどう動かすかを考えました。経営課長的な立場にいた私は、おじさん営業部長を「丁重に無視」して若いプロパー社員を使うことを考えたのです。口出しをされたら「おっしゃる通りです」と聞き流して、実際は勝手に違うことをやってしまう。この作戦に切り替えると、組織も人も回り始めました。もちろんうまくいくまでに5年ぐらいかかりましたが。

宇田川 この「丁重に無視」するというのは、上司の方たちの心配事のところはちゃんと押さえておいてあげて、自分たちのやるべきこととかみ合うようにするということですよね。

冨山 そうです。それで若者が手柄を立てても、多分手柄はおじさんに横取りされると思うのですが、そのときは「俺がやった」と言わせておけばいいのです。

宇田川 無用な波風を立てることなく、実を取る、ということですね。ただ「丁重に無視」することを対立構造で考えてしまって、損をしているやる気のある若手層は少なくない感じがしています。

「『丁重に無視』することを対立構造で考えてしまい、損をしている若手層は少なくない気がします」と話す宇田川氏
「『丁重に無視』することを対立構造で考えてしまい、損をしている若手層は少なくない気がします」と話す宇田川氏
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冨山 対立構造で考えるのは非生産的です。ヒエラルキー上ではおじさんたちの方が上にいるわけですし、プライドも一番高い。それを下から否定してしまうとバトルが始まって、無駄なエネルギーを使うことになってしまう。この人たちと戦うのは面倒だし戦っている暇もないから、表面上は「ごもっとも」と言って回避してしまう方がいい。若い人が気持ちよく仕事をする上で、これは結構重要なことですね。

リーダーに求められる抽象化能力

宇田川 出向先でのこれらの経験が、後々の変革につながるのですね。

冨山 幸いにもコンサルティング会社から出向していたので、ゲームの中に入らず、出世競争に参加する必要もなく、やや引いた視点から客観的に物事を見ることができました。日々、目の前で起きる現象をパターン化する、つまり「普遍化」「抽象化」するということを一生懸命やっていました。パターン化することで法則が導き出されて、その法則を他の会社でも転用することができました。あのときの経験がなければ、カネボウなどの再生は手も足も出なかったかもしれません。

 この思考の普遍化、抽象化は、本質を捉える作業と言い換えることができると思いますが、これは日本人が平均的に弱いところだと思います。思考構造的に、日本人は抽象化ではなく具体化することが得意です。エンゲージメントスコアを0.5でもいいから上げるようなことはものすごく頑張るし、緻密にやるのですが、少しレイヤーを上げて、普遍化、抽象化したレイヤーで整合性が取れているかを構造的に把握するということに関しては、みんなあまり関心がないのです。

 問題構造が大きい場合、抽象化して上から全体像を見ないと対応できません。ですので、これからリーダーになっていく人は、目の前で起きることを抽象化する能力を鍛えることが必要になると思います。最近は抽象的な学問の数学を得意とする理系のリーダーが増えてきました。リーダーになっていく人は数学ができた方がいい、というのが私の仮説の一つです。

 学者の仕事も同じですよね。個別に起きていることを法則化する、つまり普遍化、抽象化する作業です。ですので、アカデミックな人たちの思考軸は、経営にとって非常に有用なのです。宇田川先生の本には、私から見るとapplicable(応用可能)なことが書いてあります。ここに書かれているアルゴリズムに現実を当てはめると、だいたい解は出てくる気がします。

「これからリーダーになっていく人は、目の前で起きることを抽象化する能力を鍛えることが必要になる」
「これからリーダーになっていく人は、目の前で起きることを抽象化する能力を鍛えることが必要になる」
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現代のシェイクスピアを読もう

宇田川 ありがとうございます。最後に冨山さんから次世代リーダーに向けてメッセージをいただけますか。

冨山 昨今求められている改革は、構造的な本質を変容させる必要があるので、まずはとにかく構造的なものの考え方を身に付けてほしいと思います。そのためには背景にあるルートコーズ(Root Cause、根本原因)について3回くらい「なぜ」を問う。そしてなぜを問うときは、思考のレイヤーを上げるのです。今の経営論では次元を上げることが求められています。ですので、どれだけ抽象化能力を鍛えて思考のレイヤーを上げられるかが重要になってきます。

 それからもう一つ。思考軸というのは、数値化できるものだけではなくて、人間性もあります。人間の行動様式や思考様式、それぞれの持っている事情、利害損得に対してルートコーズを深掘りし、人間性の本質をどこまで普遍的レイヤーで観察できるか、これがリーダーに求められていることだと思います。

 シェイクスピアや聖書など古今東西の古典にはそうした人間の本質が書かれているので、古典は読んでおいた方がいい。そういう意味で言うと、宇田川先生の本は現代のシェイクスピアと言えますね。

宇田川 ありがとうございます。実は今回の本のベースになっている保守思想の源流も、やはり古典の中にあります。イギリスの哲学者デイヴィッド・ヒュームの『 人性論 (土岐邦夫、小西嘉四郎訳/中公クラシックス)なのですが、この中でヒュームは「人間は情念の生き物である」と指摘しています。情念があってその上に理性があるという議論を展開していて、私のお薦めの古典です。

 冨山さんのお話を振り返ってみると、「丁重に無視」するという言葉が出てきましたが、それはまさに、この本の中で変革の有効な方途として挙げた「対話」に当たると思っています。私が言う「対話」は、無駄な戦いを避ける、戦わずして勝つという意味合いが強いのです。

 実際、冨山さんが、戦うための戦略は持ちつつも、中間層の人たちを「丁重に無視」することで無駄な戦いをせずにしっかりと実を取り、企業変革を成功に導いていたことを知って、大変驚きました。戦略的に変革を実行するには対話的なアプローチが大切なのだと、改めて認識することができました。

文/橋口いずみ 構成/宮崎志乃(日経BOOKSユニット) 写真/鈴木愛子

デビュー作『他者と働く』で異例の大反響を呼んだ注目の経営学者が、「構造的無能化」という独自のキーワードをもとに、今、多くの企業が直面する複雑な問題のメカニズムを丁寧に解き明かし、状況打開への道筋を示す、まったく新しい企業変革論。

宇田川元一著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)