アメリカは変貌し、国際秩序の破壊と再編が急速に進んでいる。アメリカを深く知り、日本の進むべき針路を考えるヒントとなるのが『 同盟の転機 アメリカの変貌と日本の戦略 』と『 信望なき大国 日本人が知らない「トランプのアメリカ」 』。著者のジョシュア・ウォーカー氏と大越匡洋氏が、アメリカがどこまで変貌していくのかについて語り合う。
日本はアメリカと距離をとるべき
ジョシュア・ウォーカー氏(以下、ウォーカー):政治的に中立であることを期待される日米交流機関ジャパン・ソサエティーの理事長として、「同盟の転機」と名付けるような著書を出すことは普通ならためらいます。だけど、このままでいいのかと本当に心配になったのです。「道産子(どさんこ)のアメリカ人」と称する(北海道育ちの)私としては、日本がこれから5年の間にワシントン以外のアメリカに日米同盟のストーリーをもっと伝えていく取り組みが必要だと危機感を抱きました。
トランプ氏はアメリカのソフトパワーを捨て、ハードパワーだけを考えているから、日本に対して5500億ドルの対米投融資をよこせという話になるのです。日本企業の方々も内心では首をかしげながら、表面的には従っています。もう少し距離をとってほしい。中国に近づけということではありません。同盟を守るために日本人自身が変わっていかなければならないと思います。
大越匡洋氏(以下、大越):アメリカがこれほど変貌してしまったという実感が日本の読者に本当に共有されているか、アメリカに駐在する記者として危機感を抱くことがしばしばあります。日本人にとってアメリカという国は最もなじみのある外国の1つですし、自分たちはアメリカを知っていると思い込んでいる。しかし実際に知っているのは「かつてのアメリカ」や「西海岸や東海岸のアメリカ」ではないかと。
中国に駐在していたときも、日本人は三国志など中国の歴史物語はよく知っていても、「今の中国」については驚くほど知らないのだなと、伝えることを仕事とする者として自分の力不足に悔しい思いをすることがしばしばありました。
ウォーカー:逆説的なのですが、日本の問題の1つは、日米同盟を維持・管理してきた外交・安保の専門家たち、つまり「アライアンス・マネジャー」が優秀すぎるのですよね。大人が子供に心配かけないように、専門家だけで話している。
欧州は同盟への危機感が広がり、様々な議論が盛んになった。カナダのカーニー首相がミドルパワーの連携を呼びかけて注目されましたが、日本は中国とロシアの隣国でいるのは嫌だからといって、他に引っ越せるわけではありません。そういう厳しい地政学的条件の下にあります。日本に変わってほしいのは、一般の日本企業、日本の人々がもっと責任をもって日本のイメージ、ブランドを発信してほしいということです。
変化についていけない日本
大越:世界の変化は激しいです。年明け早々に米軍によるベネズエラ攻撃があって驚いたばかりなのに、2月下旬のいまはイランに対する米軍の攻撃の可能性に神経をとがらせています。経済も同じです。米最高裁判所がトランプ相互関税に待ったをかけても貿易秩序が修復されるわけではなく、すぐに代替関税に注目が移りました。
ウォーカー:本当にそうですね。10年に1度といえるような前代未聞の出来事がほんのひと月ほどの間に次々と起きています。誰も動きについていけません。特に日本がついていけていないのではないでしょうか。
なぜなら、日本の外交方針はまったくプロアクティブ(能動的)ではないからです。すべてリアクティブ(受動的)でしょう。日米同盟はどうか、アメリカはどう考えているか、そこから出発しますね。これからは自ら能動的に外交展開していかないと、問題を突破できません。日本はマージン(のりしろ)が少ないのです。
大越:そうですね。日本には、後手に回ることが許されるマージンを持っていません。にもかかわらず、いまだにトランプ氏の残り任期3年をしのげば何かしらの光明が見えてくるのではないかと期待する向きが日本に残っています。アメリカに揺り戻しが起こるという期待ですね。
ウォーカー:トランプ1.0のときは私も同じような期待を持ちました。トランプ氏はあくまで例外なのだという考えですね。しかし、トランプ2.0で私の考えもアメリカの実情も大きく変わってしまいました。トランプ2.0の残り任期3年を我慢するということは、その3年は「失われた3年」になることを意味します。構造的な変化を起こすには時間がかかります。意識の変化は今日から始めないと間に合いません。
「ジャパニーズパワー」をもっと生かそう
大越:3月19日に高市首相がワシントンを訪れてトランプ氏と会談します。その後、トランプ氏は計画通りであれば4月に入るころに中国を訪問し、習近平(シー・ジンピン)国家主席と会います。日本にとって、そして世界にとっても重要な1カ月になりそうです。
ウォーカー:トランプ氏が訪中する前に、高市首相はワシントンに来たいということですよね。トランプ氏はあちらかこちらかではなく、2つのディール(取引)をともに自分のものにしたい。つまり、「ジャパン+チャイナ」です。
繰り返しますが、日本はみんなが一緒になってアメリカの中に入って日本のイメージを伝えていくことが重要だと思っています。ワシントンで感じるのは、韓国や台湾、英国といった日本より経済力の小さい国が日本より大きな影響力を持っていることです。日本は世界で最も多く対米投資をしている実績があるし、様々な文化というソフトパワーを持っています。しかし、使っていない。本当にもったいないと思いますね。
大越:確かに韓国や台湾のロビーイングの力は大きいですね。日本企業、日本経済のアメリカでの存在感はかつてより薄れているように感じます。もう一つ、日本の場合は日系アメリカ人社会と、日本から企業派遣で来ている駐在員社会の間のつながりが希薄で、まとまった「ジャパニーズパワー」になっていない面がありますね。
ウォーカー:日本人は静かで控えめで、自分から行動したがらないことも大きいですね。日本語でうるさいという言葉は悪い言葉でしょう。しかし、英語で声が大きいということは必ずしも悪い意味ではない。アメリカのよいところは、誰でもこのシステムに参加してゲームができることです。アメリカ人になるのではなく、日本が持っている力をきちんと使ってほしいというのが私の願いです。
高市首相のようにはっきり考えを話せる人も出てきましたが、多くの日本企業の方々は「あなたのご指摘は理解するけど自分たちにはとてもできません」と言います。そんなことはないですよ。私は道産子だから分かります。日本の大企業のあなたたちができないとすれば、誰ができるというのですか。
米中間選挙、「トランプ後」の候補たち
大越:ところで、今年の中間選挙をどう見ていますか。ホワイトハウスを握るトランプ氏に対する信任投票になるわけで、一般的に言えば議会で多数派を占める共和党にとって逆風になりますね。
ウォーカー:歴史的にみても青チーム(民主党)が中間選挙は有利なのでしょう。しかし、仮に民主党が中間選挙で勝ったとして、何が変わるでしょうか。議会はいま何もできません。力がありません。民主党が議会の多数派を制すると、トランプ氏にとっては逆にいいことかもしれません。トランプ氏は敵がいるほうが燃えますよね。敵が身近にできることで、トランプ氏は逆にエネルギーにあふれるかもしれない。
大越:トランプ氏の支持率が歴史的な低水準に落ち込んでも、民主党の支持率がその分、上がっているわけではありません。民主党はいまだに2024年大統領選の敗北のショックから立ち直れず、内紛めいた責任の押しつけ合いを繰り返し、次のスターも見当たらなければ、中間層に響く政策的なアピールもできていません。
ウォーカー:トランプ氏の支持率は4割を切り、トランプ氏ひとりの名前を挙げて有権者にその是非を尋ねれば、6割が反対だと答えているのが現状です。しかし、民主党の候補の具体名を挙げて「トランプ対○×」のどちらがいいかと質問すると、いまだにトランプ氏が上回ってしまう現実があります。
大越:バンス副大統領やルビオ国務長官を共和党の次期リーダーとしてどう見ていますか。
ウォーカー:実はバンス氏のことは昔からよく知っています。それでも、いまの「バンス副大統領」という人物はよく知らない別の人物のようです。ルビオ氏はものすごく頭がいい人物です。私は党派でわければ民主党系ですが、もしルビオ氏が大統領になって日本大使をやれと言われたらすぐに行きます。しかし、バンス氏が大統領なら行きません。
いずれにせよ、早く世代交代してほしい。バイデン、トランプと続いた「80歳大統領」はもう勘弁です。日本は女性首相が誕生し、アメリカより早く女性リーダーが生まれたことも素晴らしいと思います。
大越:民主党で期待する新星はいますか。
ウォーカー:バージニア州のアビゲイル・スパンバーガー知事には期待しています。アメリカ政治を左右で考えれば、右端の25%でも左端の25%でもない、真ん中の50%がいまはサイレント・マジョリティーです。東海岸のニューヨークでも西海岸のカリフォルニアでもない、アメリカの真ん中を糾合できる人物がいるといいですね。
大統領選はいつスターが出てくるかはわかりません。たとえば南部テキサス州の上院選に民主党からの出馬をめざしている同州議会のジェームズ・タラリコ下院議員。彼のような候補が保守の強いテキサス州の上院選で勝つようなことになれば、かつてのオバマ元大統領のように一気に大統領候補として期待されることになるでしょう。
(文・構成=大越匡洋、写真=井田貴子)
アメリカファーストを推し進める大国のもと、長らく続く日米関係は新たなフェーズに入っている。日本とアメリカの関係を再構築し、国際社会でのプレゼンスを高めるためにはどうすればいいのか。新時代のリーダーに向けて、知日派の著者が提言する。
ジョシュア・ウォーカー著、石垣友明訳/日本経済新聞出版/2860円(税込み)
一国に2つのアメリカがあるような「冷たい内戦」をもたらすものの正体に、トランプ信者、反トランプ主義者、マイノリティ、不法移民ほか、多数の現場取材から描き出す。 日本には届かない生の声を現地特派員が丹念に拾った渾身のルポルタージュ!
大越匡洋著/日本経済新聞出版/2640円(税込み)




