『日経アーキテクチュア』元編集長で画文家の宮沢洋さんが選ぶ、「建築のことはよく分からないけれど、建築を楽しみたい人のための本」。今回は、『日本の建築遺産12選 語りなおし日本建築史』(磯崎新著)、『東京ホテル図鑑 実測水彩スケッチ集』(遠藤慧著)、『イラストで読む建築 日本の水族館五十三次』(宮沢洋著)の3冊だ。

建築の見方ではなく楽しみ方
秋は各地で建築の公開イベントが行われる“建築シーズン”だ。この頃になると、一般の人から「建築の見方を教えてほしい」とよく聞かれる。「見方」の意味するところが「対象の本質を正しく理解する方法」だとすると、自分には答えることができない。大学などで正式な建築教育を受けていないからだ。けれども、「楽しみ方」であれば、いくらでも語ることができるし、お薦めの本を紹介することもできる。
そうした3冊を紹介しよう。1冊目は『日本の建築遺産12選 語りなおし日本建築史』(磯崎新著/新潮社)だ。古代から20世紀に至る12の名建築の見どころや社会背景を、撮り下ろしの写真を交えながら解説したもの。

著者の磯崎新(1931~2022年)は、建築界のノーベル賞と呼ばれる「プリツカー賞」を受賞した世界的に有名な建築家だ。博学さも有名で、“知の巨人”と呼ばれた。磯崎が建築の専門家向けに書いた本は、どれも読み手の知識レベルを問うような内容で、恐らく一般の人が読んでもわけが分からない。しかしこの本は、もともと雑誌『芸術新潮』(新潮社)に掲載された文章を増補・再編集したもの。美術に多少の興味がある人なら、すらすらとまではいかないものの苦痛なく読めると思う。
この本で分かるのは“形の理由”を考えることの楽しさだ。取り上げている12件のうち10件は、「出雲大社」「円覚寺舎利殿」「三十三間堂」といった誰もが知る古建築。恐らく他のガイド本や歴史書を読んでも「なぜそういう形なのか」は書かれていない。歴史の専門家は、記録のないことは書けないからだ。
だが、磯崎は自らの歴史、芸術、技術の知識にひもづけ、時にクリエーターとしての心情も加えて、形の理由を考察する。「唐招提寺金堂」の項では、ギリシャのパルテノン神殿を思わせる美しい列柱の形式が、「なぜその後衰退したのか」まで考察する。
それが正解なのかは分からない。しかし、単に「対象を見る」ことから「理由を考える」ことに踏み出す面白さにきっと誰もが気づく。何よりも“知の巨人”の膨大な知識に溺れる感覚が楽しい。
ホテルと水族館のイラストルポ
2冊目、3冊目はいずれもイラストによるリポートが主体の本だ。絵で読めるというのは、専門用語に慣れていない人にも入りやすいだろう。まずは、『 東京ホテル図鑑 実測水彩スケッチ集 』(遠藤慧著/学芸出版社)。
1級建築士でカラーコーディネーターの遠藤慧が、「帝国ホテル 東京」「The Okura Tokyo」「山の上ホテル」といった有名ホテルを、鮮やかな水彩画をふんだんに用いてリポートする。書名は「東京」だが、「ザ・プリンス 箱根芦ノ湖」(神奈川県箱根町)「白井屋ホテル」(群馬県前橋市)といった関東圏のホテルも載っている。
水彩絵の具で建物や街を描く人は、建築設計者では珍しくないが、彼女の描く絵は別次元に魅力的だ。まず、色が重なりながらも濁りを感じさせない彩色技術がすごい。もう1つは情報の正確さ。普通、水彩画を描く人は細部をごちゃごちゃっとした線でごまかすものなのだが、遠藤の絵はディテールまで正確。そしてあらゆる部分に「寸法」が加えられている。
「あらゆる部分」というのは大げさではなくて、浴槽の大きさ、扉の縦横、机の高さなどの空間情報はもちろんのこと、部屋に置いてあったワイングラスの高さまで測って書き入れている。
正直、読む側はその寸法が大きいのか小さいのかぴんとこないのだが、「測ること」を面白がっている彼女の気持ちが伝わってきて楽しい。こういうことでも建築は楽しめるのか、と気づかされる。
最後は筆者の自著になるが、『 イラストで読む建築 日本の水族館 五十三次 』(宮沢洋著/青幻舎)だ。筆者が全国の水族館を訪れ、その中から厳選した53件をリポートしている。
建築の面白さをイラストルポで伝える本を何冊か書いてきた。その中でも本書は、「大人と子どもが同時に楽しめる」ことを意識して、特に分かりやすく書いた。というのは、自分の経験上、「水族館は大人も子どもも楽しめる数少ない『建築』である」からだ。美術館や博物館に家族で行っても、子どもはすぐに飽きてしまう。けれども水族館では、子どもも大人とほとんど同じ目線で空間を楽しんでいる。時には子どもの方がつくり手のこだわりに敏感に気づく。
大人の「建築旅行」に振り回されて子どもが「建築嫌い」にならないためにも、家族で楽しめる水族館はお薦めだ。
写真/スタジオキャスパー

