二酸化炭素(CO2)削減の機運が高まる中、各国政府は2030~35年にエンジン車廃止を表明して電気自動車(EV)に傾注している。だが、本来目指すべき姿はEVシフトではなく、グリーン燃料/電力への転換も含めたカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)を実現することにある──。Touson自動車戦略研究所 代表(自動車・環境技術戦略アナリスト)で元トヨタ自動車技術者の藤村俊夫氏による2022年4月19日に開催された「東京デジタルイノベーション2022」の基調講演をお伝えする。その第1回。

 今、さまざまな情報が氾濫しており、電気自動車(EV)が増えるのか増えないのか分からないという非常にもどかしい状況になっていると思います。そこで、技術者としてさまざまな資料や関係者の話、政策などを徹底的に分析した上で、EVシフトがこれからどうなっていくのか、私の考えを話したいと思います。

Touson 自動車戦略研究所代表の藤村俊夫氏
Touson 自動車戦略研究所代表の藤村俊夫氏
(写真:日経クロステック)
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気候変動に伴う世界の被害状況

 ここ数年の自然災害を整理したものが図1です。ここで私が特筆したいのはシベリアです。シベリアには永久凍土があります。ここには1兆トン(t)ものメタンガスが封じ込まれています。さらには数千種類の細菌とウイルスも封じ込められていると言われます。ところが今、この永久凍土が溶け始めている。現在のシベリアの最高気温は東京都と同じく38℃。気候変動対策をしなければ、自然災害が頻発するだけではなく、現在我々が苦しんでいる新型コロナウイルス禍のような新たなウイルス禍がまん延し、経済成長どころではなくなってしまう可能性があるのです。

図1 気候変動に伴う世界各地での被害状況(2019~2020年)
図1 気候変動に伴う世界各地での被害状況(2019~2020年)
(出所:Touson 自動車戦略研究所)
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 こうした状況であるにもかかわらず、なかなかCO2が下がらないことにしびれを切らしたアントニオ・グテーレス国連事務総長は、2019年に開かれた国連気候変動サミットで「パリ協定で決めた2℃以下では甘い。世界の気温上昇は1.5℃以下に抑えるべきだ」だという話をしました。2度(℃)と1.5℃ではどう違うのかを示しましょう。

 図2に示す通り、2016年に発効されたパリ協定では「産業革命以降の平均気温上昇2℃以下を必達目標、1.5℃を努力目標、CO2排出量を2013年比で2050年に70%減、2050年から2100年の間に排出量ゼロを目指す」としました。これを2019年の国連気候変動サミットでは「1.5℃以下を必達目標とし、CO2排出量を2010年比で2030年に45%減、2050年に排出量ゼロを目指す」としました。実現するためには、こうした数値目標が必要です。しっかりと覚えておいてほしいのは、「2010年比で2030年までに45% CO2を下げる」というもの。これが数値目標です。

図2 気候変動対策は待ったなし
図2 気候変動対策は待ったなし
(出所:Touson 自動車戦略研究所)
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世界のCO2総排出量トレンド

 人間の行動によって排出されるCO2の量は約3000億トン(t)くらいですが、それは全てが大気中にとどまるわけではなく、大体60%くらいは海水あるいは土に溶け込みます。つまり、これまではCO2排出量と気温上昇の相関というのはほぼリニアな関係にあったわけですが、今後CO2が増えていくと当然海水の温度も上がります。すると、海中に溶け込むCO2の量が減るわけです。どういうことかというと、大気中にとどまるCO2の量が増えるのです。ということは今まで1次関数だったものが2次関数に変わります。すなわち、1.5℃超えてしまうと、気候変動危機の連鎖が始まってしまい、人類の手はどうにもならなくなってしまうのです。

 最近は報道番組などでも取り上げられるようになりましたが、ここ10年で真剣にCO2を下げないと2030年以降の人類の未来はない、と認識してください。企業の経営どころの話ではなく、生きるか死ぬかの問題と言っても過言ではありません。そこをよく理解すべきです。

 図3の青いラインが世界全体のCO2の排出量です。2019年まではいくら人間が頑張ってもCO2の排出量は下がりませんでした。ところが、新型コロナ禍によって経済活動が縮小されたために、初めてCO2の排出量が下がりました。しかし、アクシデントによって削減するのではなく、2030年に2010年比で45%削減、2020年比では48%の削減、つまり、317億tから165億tまで削減するための戦略を考えなくてはならないことを忘れてはいけません。

図3 世界のCO<sub>2</sub>の総排出量トレンド
図3 世界のCO2の総排出量トレンド
(出所:Touson 自動車戦略研究所)
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「削減目標46%」と表明した背景を探る

 2021年に米国の大統領がドナルド・トランプ氏からジョー・バイデン氏に代わりました。トランプ氏はパリ協定から離脱していましたが、バイデン氏は大統領になると同時にパリ協定に復帰。さらに、2021年4月に2030年のCO2目標を決めるために気候変動サミットを米国で開きました。そこで議論された値を図4に示します。中国とインドは2030年の目標を提示する以前に、どこでカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)にするのかをここでは表明しませんでした。

図4 2021年4月に米国で開催された気候変動サミット
図4 2021年4月に米国で開催された気候変動サミット
(出所:Touson 自動車戦略研究所)
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 2021年の11月に国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が英国グラスゴーで開かれましたが、その時に中国は2060年に、インドは2070年にカーボンニュートラルと言っています。日本は主要7カ国(G7)でも最後の方に菅義偉首相(当時)が「削減目標は46%」と表明しました。なぜそう表明したのか。図4にも記載していますが、私の推測を説明しましょう。

 気候変動サミットに先駆けて日米首脳会議が開かれた。経済産業省はバイデン氏から2030年の目標を持ってくるように言われ、40%(2013年比)まで積み上げた。ところが、バイデン氏から「これから米国と日本で歩調を合わせて温暖化阻止に向けて中国包囲網を敷こうとしているのに、こんな目標では話にならない。国連気候行動サミットでもここ10年で45%減を目指さないと1.5℃以下にはできないと言われている」と指摘され、40%(2013年比)目標が差し戻された。だからこそ、共同声明までは全く触れなかった。バイデン氏から差し戻しを食らった菅首相(当時)は焦り、帰国早々、気候変動サミットに間に合わせるべく何の道筋もないまま「目標は46%削減」という2030年目標を表明したのではないか──。

日本の意識の低さ

 実は、この46%という値は2013年の値と2050年のゼロを結んだ直線上の削減率にすぎず、これまで前向きに検討してこなかった政府にとっては非常に高いハードルとなっています。

 問題は、米国と欧州連合(EU)、日本の2030年の目標なのですが、基準となる年がそれぞれ違うため、2010年比で整理してみました(図4)。これを見ると、米国とEUは達成しています。日本はそれを下回ったもの(41.5%)を目標としているということです。実に情けないと思います。日本政府や経済産業省の発表をうのみにしてはいけません。おかしいことにはおかしいと声を上げなければいけません。

 続いて、COP26に先立つ2021年8月に、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の独自リポートが7年ぶりに出ました。その内容を簡単に説明します(図5)。まず、今、全世界が出している目標では平均気温上昇が2次関数的に増えていくと述べています。グテーレス事務総長が言っている、2030年に2010年比で45%下げられて1.5℃ギリギリだと言っているわけです。

図5 IPCC6次報告
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図5 IPCC6次報告
(出所:Touson 自動車戦略研究所)

 そしてもう1つ、我々が出せるCO2(排出余地)は4000億t しかないということを言っています。2020年現状と2050年を結ぶラインでいいのかなと思いますよね? しかし、それでは単調減少で計算すると累積のCO2排出量は4000億tは超えてしまい、約4800億tになってしまいます。従って、2030年は2020年比でCO2排出量を45~50%下げなくてはならないというわけです。これが、グテーレス事務総長が言っている2010年比で45%削減というのに近いというものです。

 私は皆さんを脅しているわけではなく、これが現実なのです。日本人は気候危機についてあまりにも鈍感です。これだけ頻繁に自然災害が起こっているにもかかわらずです。だからこそ、警鐘を鳴らしているのです。

藤村俊夫(ふじむら としお)
Touson 自動車戦略研究所代表(自動車・環境技術戦略アナリスト)
藤村俊夫(ふじむら としお) 愛知工業大学工学部客員教授(工学博士)。1980 年に岡山大学大学 院工学研究科修士課程を修了し、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車) 入社。入社後 31 年間、本社技術部にてエンジンの設計開発に従事し、 エンジンの機能部品設計(噴射システム、触媒システムなど)、制御 技術開発およびエンジンの各種性能改良を行った。2004 年に基 幹職 1 級(部長職)となり、将来エンジンの技術開発推進、将来の技 術シナリオ策定を行う。2011 年に愛知工業大学に転出し、工学部機 械学科教授として熱力学、機械設計工学、自動車工学概論、エンジ ン燃焼特論の講義を担当。2018 年 4 月より同大学工学部客員教授 となり、同時に Touson 自動車戦略研究所を立ち上げ、自動車関連 企業の顧問をはじめ、コンサルティングなどを行う。

日経クロステック 2022年4月25日付の記事を転載]

(第2回に続く)

■藤村俊夫氏の著書『EVシフトの危険な未来 間違いだらけの脱炭素政策』の「はじめに」をお読みいただけます。>>【まいにち「はじめに」】へ