二酸化炭素(CO2)削減の機運が高まる中、各国政府は2030~35年にエンジン車廃止を表明して電気自動車(EV)に傾注している。だが、本来目指すべき姿はEVシフトではなく、グリーン燃料/電力への転換も含めたカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)を実現することにある──。Touson自動車戦略研究所 代表(自動車・環境技術戦略アナリスト)で元トヨタ自動車技術者の藤村俊夫氏による2022年4月19日に開催された「東京デジタルイノベーション2022」の基調講演をお伝えする。その第2回。

(第1回から読む)

 図1は日本の1次エネルギー構成の推移です。1次エネルギーというのは、化石燃料も再生可能エネルギーも原子力も全て含みます。その54%が電力以外、46%が電力です(2018年)。このうち88%が化石燃料であり、海外から輸入しています。残りの12%が再生可能エネルギー(風力、太陽光など)です。わずかですが地熱も入っています。

図1 日本の1次エネルギー構成の推移
図1 日本の1次エネルギー構成の推移
(出所:Touson自動車戦略研究所)
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 図2に2018年における日本の1次エネルギーの消費構成を示しました。46%を占める電力の内訳は家庭と業務、産業の一部です。大体1/3ずつとなっています。電気以外の残りの54%は運輸と産業で消費しています。

 問題は、今、経済産業省がエネルギー基本計画(成長戦略)の対象にしているのが電力だけだということです。経済産業省は、電力をいかにグリーン化するかについて、目標値を決めて一生懸命やっているわけです。これはこれで素晴らしいと思いますが、では、電力以外の54%はどうするつもりなのでしょうか。クルマの燃料を全て電力にするのでしょうか。電力だけを対象に計画を立てるのは不十分であり、基本計画になっていません。

図2 日本の1次エネルギー消費構成(2018年)
図2 日本の1次エネルギー消費構成(2018年)
(出所:Touson自動車戦略研究所)
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 電力のグリーン化も必要ですが、全ての消費を電力ではまかなえません。従って、電力以外の燃料に頼らなければならず、それもグリーン燃料に変えていかなければなりません。私が言いたいのは、そのための戦略や計画を経済産業省に立ててほしいということです。経済産業省が立てないのであれば、産業界からプレッシャーをかけるしかないと思います。

 経済産業省が現在出しているエネルギー基本計画は電力だけ。稚拙と言わざるを得ません。図3はエネルギー構成比です。赤色の棒グラフが2018年の実績で、オレンジ色が2015年に経済産業省が出した2030年の目標、そしてグレー色が今回修正したエネルギーミックス(mix)です。

 石炭と石油、天然ガスは少し下がっていますが、十分ではありません。原子力発電は可能か否かも分からないのに、20%前後に据え置いています。再生可能エネルギーは38%です。経済産業省は清水の舞台から飛び降りるぐらいの気持ちでこの数字を出したのだと思いますが、ドイツは既に再生可能エネルギーが40%になっています。ドイツが達成しているものを、日本では2030年の目標にしているのです。しかも、日本では38%という数字は達成できないと私は断言します。今の日本ではそれさえも無理なのです。

 図3の右に示したのが排出係数です。排出係数とは、電気を1kWつくるのにどれくらいの二酸化炭素(CO2)を出したかというものです。この目標でも、2018年比で41%しか下がりません。国際連合が提示する目標である45%に達しないのです。経済産業省は国連の目標を無視していることになります。一体どうするつもりなのでしょうか。

図3 日本政府の表明する最新エネルギーの基本計画
図3 日本政府の表明する最新エネルギーの基本計画
(出所:Touson自動車戦略研究所)
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 当然ですが、スマートフォンも電気製品も飛行機もクルマも船も燃料がなければ動きません。しかし、燃料にカーボンが含まれているからCO2が出るのです。これをカーボンが含まれていない燃料に切り替えればCO2は出ないということになります(図4)。なぜ、こうした観点からの政策を考えられないのでしょうか。電力だけを考えていても駄目なのです。燃料もグリーン化しなければなりません。

図4 自動車のCO<sub>2</sub>削減は使うエネルギー次第
図4 自動車のCO2削減は使うエネルギー次第
(出所:Touson自動車戦略研究所)
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新車のCO2削減だけでは足りない

 図5にエネルギーのグリーン化として、さまざまなエネルギーを挙げていますが、石油と天然ガス、石炭といった化石燃料は今後ますます使いにくくなっていきます。このままいくと石油を輸出している国が困窮したり、石油会社が倒産したりする可能性も出てくることでしょう。

図5 エネルギーのグリーン化
図5 エネルギーのグリーン化
(出所:Touson自動車戦略研究所)
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 期待できるのは、バイオマスと再生可能エネルギー、CO2です。CO2そのものはエネルギーではありませんが、CO2を一酸化炭素(CO)と酸素(O)に分離し、電力で作った水を電気分解して作った水素(H2)とCOを反応させると、ガソリンや軽油と同等の燃料である合成液体燃料(e-fuel)を作れます。こうして作った燃料は、大気中のCO2から作るのでカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)燃料です。植物(成長過程でCO2を吸っている)から作ったエタノールやバイオマスをカーボンニュートラル燃料と呼んでいるのと同じです。

 再生可能エネルギーや、再生可能エネルギーで作った水素で燃料電池車(FCV)や電気自動車(EV)が動くので、これをどんどん増やします。すると、新車の平均CO2排出量は間違いなく減ります。ただし、2030年までに自動車で減らすように言われている対象は新車だけではありません。既販車もあるのです。自動車は、日本では約7800万台、世界では12億台が走っています。これら既販車のCO2も45%減らさなければならないのです。そのためには、e-fuelやバイオディーゼル、バイオエタノールを、ガソリンや軽油に少し混ぜて既販車のCO2も下げる必要があります。

 重要なのは、「2030年までのCO245%削減の達成」までには、もう時間がないということです。ありとあらゆることをやらなければ達成できません。新車だけで対応しようとしても間に合わないのです。既販車にも効果のあるカーボンニュートラル燃料をガソリンや軽油にドロップインしていかなければ、既販車のCO2削減はできません。このことを皆さんにぜひ、知ってほしいと思います。

藤村 俊夫(ふじむら としお)
Touson自動車戦略研究所代表(自動車・環境技術戦略アナリスト)
藤村 俊夫(ふじむら としお) 愛知工業大学工学部客員教授(工学博士)。1980年に岡山大学大学院工学研究科修士課程を修了し、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。入社後31年間、本社技術部にてエンジンの設計開発に従事し、エンジンの機能部品設計(噴射システム、触媒システムなど)、制御技術開発およびエンジンの各種性能改良を行った。2004 年に基幹職1級(部長職)となり、将来エンジンの技術開発推進、将来の技術シナリオ策定を行う。2011年に愛知工業大学に転出し、工学部機械学科教授として熱力学、機械設計工学、自動車工学概論、エンジン燃焼特論の講義を担当。2018年4月より同大学工学部客員教授となり、同時にTouson自動車戦略研究所を立ち上げ、自動車関連企業の顧問をはじめ、コンサルティングなどを行う。

日経クロステック 2022年5月11日付の記事を転載]

(第3回に続く)

■藤村俊夫氏の著書『EVシフトの危険な未来 間違いだらけの脱炭素政策』の「はじめに」をお読みいただけます。>>【まいにち「はじめに」】へ