二酸化炭素(CO2)削減の機運が高まる中、各国政府は2030~35年にエンジン車廃止を表明して電気自動車(EV)に傾注している。だが、本来目指すべき姿はEVシフトではなく、グリーン燃料/電力への転換も含めたカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)を実現することにある──。Touson自動車戦略研究所 代表(自動車・環境技術戦略アナリスト)で元トヨタ自動車技術者の藤村俊夫氏による2022年4月19日に開催された「東京デジタルイノベーション2022」の基調講演をお伝えする。その第3回。

(第1回から読む)
(第2回から読む)

 電気自動車(EV)はテールパイプエミッションはゼロです。しかし、Well to Wheel(ウェル・トゥ・ホイール;油田からタイヤを駆動するまで、WtW)で二酸化炭素(CO2)の排出量を見る必要があります。化石燃料で電気をつくる国の場合、その過程でCO2を排出するため、WtWで見るとEVは決してクリーンではありません。もちろん、これは国によって違います。化石燃料で電気をつくっていない国の場合は別です。

 自動車メーカーは、生産から廃棄までのCO2排出量を評価するライフサイクルアセスメント(LCA)を踏まえて環境に寄与するか、また顧客に負担をかけないかを見極めてクルマづくりをしなければなりません。

 そこで、各国のWtW でのCO2排出量を計算してみました(図1)。2018年の各国におけるエネルギーミックスから、1kW当たり何gのCO2が出るかを見てみました。日本はインド、中国に続いてワースト3位です。これは主要7カ国(G7)に入ってよいようなレベルではありません。私は大変情けないと思います。

図1 各国におけるEVのWtWでの CO<sub>2</sub>排出量比較
図1 各国におけるEVのWtWでの CO2排出量比較
(出所:Touson自動車戦略研究所)
画像のクリックで拡大表示

 図1(右)の①は2018年の実績です。③は、CO2を45%下げるということは排出係数を45%下げなければならないので、仮にそれができた場合にここまで下がるという数値です。これをベースにEVのWtWを計算して棒グラフに示し、ここにガソリン車とハイブリッド車(HEV)の数字を横線で入れました。その結果、インドはガソリン車並み、中国と日本、米国はHEVの方がEVよりもCO2が少ないという結果になります。では、2030年にはどうなるかを日本で見てみましょう。仮にCO2の45%削減が達成できたら、若干EVがHEVを下回ります。

LCAでのCO2排出量を比べると……

 しかし、WtWだけではまだ甘いので、LCAで計算してみます(図2)。2030年に日本と欧州はLCA規制を導入すると言っています。ドイツは欧州で最もクルマを造っています。現時点でドイツはWtWで見るとEVとHEVのCO2排出量は等価です。ところが、これをLCAで見るとドイツだけではなく、日本、中国、米国のドイツを含めた4カ国全てが、今はEVよりもHEVの方がCO2が少ないのです。EVは電池を造るときにたくさんの電気を使うからです。車両を製造するときのCO2がHEVに対して2倍程度増えます。

図2 HEVとEVのLCAにおけるCO<sub>2</sub>排出量の比較(各国)
図2 HEVとEVのLCAにおけるCO2排出量の比較(各国)
(出所:Touson自動車戦略研究所)
画像のクリックで拡大表示

 ここで2030年に、仮に排出係数の45%削減が達成できたとします。すると、図2のように日本と中国は相変わらずHEVの方がCO2は少ないのですが、米国とドイツは若干EVの方が少なくなります。

 顧客は何に魅力を感じてEVを買うのでしょうか。HEVよりもEVの方があらゆる面で性能が良く、CO2の排出量も少なくて、価格も下がればEVを買わない理由はないでしょう。

 では、2030年に充電ステーションも2次電池も画期的なものが出来上がったとして、価格はHEV並みになっているでしょうか。私は、それはあり得ないと思っています。EVが高価格のまま2030年になり、補助金はなく(日本のEV購入の補助金は2025年に、中国では2026年に終了予定)、優遇措置もない。その時、果たして顧客はEVを選択するでしょうか。これはもう顧客次第です。

 例えば、ドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン)がEVの販売台数に関して強気な宣言をしています。私は「顧客が買ってくれますか?」と問いたい。顧客が買ってくれなければそれは達成できません。率直に言って、「お客様第一主義」ではない企業の戦略は破綻します。

EV化で必要な電力は?

 経済産業省はCO2を減らすために、2030年は今よりも総電力量を10%減らすと言っています。ところが、当時の菅義偉首相は、2021年1月に「新車販売は2035年までにエンジン車をやめて全てEVにする」と宣言しました。そこで、この「EV化」によって日本はどれくらいの電力を必要とするかについて計算してみました(図3)。すると、年間の電力総使用量は50億kWhとなります。これは、1MW級の風力発電(設備利用率が25%、年間発電量が219万kWh)が2280基も必要な量です。琵琶湖の6割分の設置面積を要する規模です。どこからEV用の電気を持ってくるつもりでしょうか。

図3 EV化で日本の電力はどの程度必要になるか?
図3 EV化で日本の電力はどの程度必要になるか?
(出所:Touson自動車戦略研究所)
画像のクリックで拡大表示

 百歩譲って、EV用の電気に使うことはできたとしても、他の産業の電気はどのようにして用意するのでしょうか。電力のグリーン化さえもおぼつかない中で、EV用に新たなグリーン電力を供給することは極めてハードルが高いといえます。

 このように、EV化はLCAのCO2排出量の観点でも、電力供給の観点でも難しいというのが計算から見えてきます。要するに、経済産業省が出している政策は矛盾だらけで、全てに辻褄(つじつま)が合っていないのです。私がこう言ったところで小さな声かもしれませんが、この現実を皆さんに知っておいてほしいのです。たくさんの人がこの事実を知って声を上げれば、国も動かざるを得なくなります。

藤村俊夫(ふじむら としお)
Touson自動車戦略研究所代表(自動車・環境技術戦略アナリスト)
藤村俊夫(ふじむら としお) 愛知工業大学工学部客員教授(工学博士)。1980年に岡山大学大学院工学研究科修士課程を修了し、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。入社後31年間、本社技術部にてエンジンの設計開発に従事し、エンジンの機能部品設計(噴射システム、触媒システムなど)、制御技術開発およびエンジンの各種性能改良を行った。2004 年に基幹職1級(部長職)となり、将来エンジンの技術開発推進、将来の技術シナリオ策定を行う。2011年に愛知工業大学に転出し、工学部機械学科教授として熱力学、機械設計工学、自動車工学概論、エンジン燃焼特論の講義を担当。2018年4月より同大学工学部客員教授となり、同時にTouson自動車戦略研究所を立ち上げ、自動車関連企業の顧問をはじめ、コンサルティングなどを行う。

日経クロステック 2022年5月13日付の記事を転載]

(第4回に続く)

■藤村俊夫氏の著書『EVシフトの危険な未来 間違いだらけの脱炭素政策』の「はじめに」をお読みいただけます。>>【まいにち「はじめに」】へ