「単純な繰り返しばかりの仕事や型が決まっていることは、AI(人工知能)に任せるのが賢い人のやり方」と考えるのが、一般的になってきています。AIに判断を任せていると、実は人間なら気づく誤りを訂正する機会を失ってしまうかもしれません。人間の認知バイアスが生んだ間違いを防ぐには? 『原因と結果を武器にする思考』(安井翔太、伊藤寛武、金子雄祐著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けします。

なぜ中途半端な価格の商品ほど売れるのか?

 実は私たちは数字の左側、つまり大きな単位の数字を過度に重視する左桁バイアスと呼ばれる傾向を持っています。そのため、990円と言われると1000円よりもグッと安く感じてしまうのです(※1、2、3)。

 このような左桁バイアスは、ビジネスにおいても重要な意味を持ちます。なぜなら、価格のわずかな違いであっても、ある閾値(しきいち)をまたぐかどうかで、消費者の心理や購買行動が大きく変わる可能性があるからです。

 そこで有効になるのがRDD(編集注:回帰不連続デザインと呼ばれる閾値を伴うルールに着目して効果を測る経済学の手法)です。RDDを用いれば、990円と1000円のように閾値の直前と直後にある対象を比較することで、その価格差そのものではなく、「左桁が変わること」によって生じる影響を検証することができます。つまり、RDDは左桁バイアスが消費者の行動にどの程度影響を与えているかを測るための、有効な分析手法といえます。

 ここでは左桁バイアスによって消費者が実際に商品の質を大きく勘違いしている例を紹介します。そして、AIが左桁バイアスを無視して価格設定したことで、大きな機会損失が発生していた事例についても紹介します。

少しの差を大きな違いと勘違い

 数字が商品の質を表す場合、左桁バイアスによって消費者が質を勘違いしてしまうケースが発生します。例えば中古車を購入する際、その商品の質を判断する基準の1つに走行距離があります。走行距離が長ければ長いほど使い込まれた車であり、購入後に故障したりする可能性が高くなります。そのため、走行距離が増えるにつれて、中古車の価格は少しずつ下がっていくのが自然です。

 しかし、実際に市場で売買を行うのは人間です。ここに、左桁バイアスが入り込む余地があります。左桁バイアスの影響があると、9999kmと10000kmの1kmのほんのわずかな走行距離の差であっても、10000kmの車のほうが不当に質が悪いと判断されてしまう可能性があります。

 図表1は、2002〜2008年における米国の業者間の取引市場(業者間取引価格)と、消費者への販売市場(市場販売価格)のデータを分析した結果です(※4)。走行距離(横軸)と平均価格(縦軸)を500マイル刻みで示したもので、どちらの市場でも1万マイルごとに価格にジャンプがある様子が確認できます。詳細な分析ではこれらのジャンプの大きさはおよそ200~400ドル程度となっており、走行距離が長いほど大きくなる傾向が報告されています。

図表1 走行距離と中古車価格のジャンプ(10,000マイル境界でジャンプ)
出所:Busse et al.(2013)Figure1
出所:Busse et al.(2013)Figure1
画像のクリックで拡大表示

「AI」VS.「ライドシェア大手の価格実験」

 消費者向け市場でこのようなジャンプが見られることは、私たちのような一般消費者が左桁バイアスの影響を受け、わずかな走行距離の違いを、車の品質の違いとして実際以上に大きく受け取っていることを示しています。

 一方、業者間の市場で見られるジャンプは、プロである業者自身も同じ勘違いをしているというよりも、消費者がそう感じることを見越して仕入れ価格を調整している結果だと考えられています。

中古車の走行距離が9999kmと10000kmの場合、10000kmの車のほうが不当に質が悪いと判断されてしまう可能性がある(写真はイメージ)(写真:Zhanna/stock.adobe.com)
中古車の走行距離が9999kmと10000kmの場合、10000kmの車のほうが不当に質が悪いと判断されてしまう可能性がある(写真はイメージ)(写真:Zhanna/stock.adobe.com)

 さて、こういった左桁バイアスをRDDの発想を活用して、施策まで昇華させた事例を見てみましょう。ウーバーと並ぶライドシェアの大手、リフトが端数価格を応用した事例を取り上げます。同社のアプリでは、ユーザーが目的地を入力すると料金が提示され、ユーザーはその価格で乗るかどうかを選びます。

 この時に表示される価格は、リフトに蓄積されてきた6億回以上の乗車データを基に学習したAIが決定しています。しかし、このAIには価格が上がるほどにユーザーは乗車しなくなるという常識が埋め込まれており、端数価格は無視されていました。つまり、リフトのAIは13.99ドルでも14.00ドルでもユーザーの受け取り方はほとんど同じだと想定していたのです(※5)。

数セントの違いが年間1.6億ドルの価値に

 しかし、RDDの視点でデータを見直すとまったく違う世界が広がっていました。図表2はリフトにおける価格と乗車率を表したものです(注1)。

図表2 リフトの乗車率とドル境界(1セント刻みで0の境界に段差が表れる)
出所:List et al.(2023)Figure 3(b)
出所:List et al.(2023)Figure 3(b)
画像のクリックで拡大表示

 縦線がそれぞれキリの良い価格となっており、そこで乗車率に1~2%程度のジャンプが発生しているのが分かります。この結果、様々な価格帯において、たった数セント程度の価格差が数%の乗車率の違いを生み出していたことが分かったのです。

 そこでリフトは、価格が「整数の少し上(例:14.02ドル)」になった場合に、端数価格(例:13.99ドル)へと値下げする施策をA/Bテストで検証しました。その結果、乗車率が上がり、利益は約0.39%改善しました。

 サービス全体で適用すれば年間約1.6億ドルの増益が見込めると試算されています。これは言い換えれば、左桁バイアスという人間の習性を無視していたことで、それだけの機会を損失していたことになります。

【注】
注1 リフトでは他人と一緒にシェアして乗車するshareというメニューと、自分だけが乗車するstandardというメニューがあります。今回の事例はstandardのみを扱います。
【参考文献】
※1 Anderson, E. T., & Simester, D. I.(2003). Effects of $9 Price Endings on Retail Sales: Evidence from Field Experiments. Quantitative Marketing and Economics, 1(1): 93-110.
※2 Sokolova, T., Seenivasan, S., & Thomas, M.(2020). The Left-digit Bias: When and Why are Consumers Penny Wise and Pound Foolish? Journal of Marketing Research, 57(4): 771-788.
※3 Strulov-Shlain, A. (2023). More than a Penny’s Worth: Left-digit Bias and Firm Pricing. The Review of Economic Studies, 90(3): 1484-1534.
※4 Busse, M. R., Lacetera, N., Pope, D. G., Silva-Risso, J., & Sydnor, J. R. (2013). Estimating the Effect of Salience in Wholesale and Retail Car Markets. American Economic Review, 103(3): 575-579.
※5 List, J. A., Muir, I., Pope, D., & Sun, G. (2023). Left-digit Bias at Lyft. The Review of Economic Studies, 90(6):3186-3237.
「因果推論」と呼ばれる経済学の最先端の考え方を分かりやすく紹介し、「見せかけの効果」と「本当の効果」の見抜き方を説明します。原因と結果の関係を読み解き、「前例」「直感」「思い込み」から抜け出しましょう。

安井翔太、伊藤寛武、金子雄祐著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)