職場におけるコミュニケーションの断絶を、才能という観点から鮮やかに斬り、物語にしたベストセラー『天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ』(日本経済新聞出版)。本書から抜粋する連載3回目は、「共感の神」について。共感の神がサポートして初めて、天才の才能は世界から理解され、役に立つことができる。大企業の職場にあてはめれば、それは「根回しおじさん」のような存在だ。
第3回の今回、青野への「ハチ公」のアドバイスは佳境を迎えている。天才が殺されず、その才能が世の中に理解されるには「共感の神」の存在が欠かせない。そして青野は「共感の神」になりうる可能性を持っている。そのための最強の武器は「自分の言葉」なのだという。
二つの天才を分けるもの
「ええか、一つ教えてやるわ。自分はようやく、『才能の奥義』を身につけるフェーズまできたんや」
「才能の奥義?」
「そうや。ええか、おめは『才能ある人』を支えたい。こう思ってずっと生きてきたんやな?」
「そうです」
「おめはな、ようやく今、『天才』を理解できるようになってきた。そのための重要なことを学んだんや。それはな、『天才のダークサイド』なんや。つまり『天才の闇』を理解する準備ができたんや」
「天才のダークサイド?」
「んだ。そもそもな、なぜ、世の中で成果を出し、世間から賞賛を浴びていても、天才は自殺してしまうのか。それはやっぱり『心の中にある闇』に自分が食われてしまうからや」
「心の中にある闇?」
「んだべ。でも、天才の中には“幸せに生き抜く”人もいるやろ。この両者を分けるものがなんなのか、それが気にならへんか?」
死を選ぶ天才と、幸せに生き抜く天才。
たしかに、この二つを分けるものはなんなのだろうか?
「それはな、『共感の神』と呼ばれる存在が側にいてくれるかどうか、それにかかってるんや」
「共感の神?」
「んだ。凡人と呼ばれる人の中には、『あまりに共感性が高くて、誰が天才かを見極められる人』がいる。それが『共感の神』と呼ばれる人物なんや(図1)。共感の神は、人間関係の機微に気がつく。結果的に、人間の相関図から『誰が天才で、誰が秀才か』を見極め、天才の考えを理解することができる。イメージで言うと、太宰治の心中に巻き込まれた女、がわかりやすいやろな」
「太宰治の心中に巻き込まれた女性……」
「多くの天才はな、理解されないがゆえに死を選ぶ。だが、この『共感の神』によって理解され、支えられ、なんとか世の中に居続けることができる。共感の神は、人間関係の天才であるため、天才をサポートすることができる」
「人間関係の天才……?」
「ほんで、実はこれ、人間力学から見た『世界が進化していくメカニズム』なんやわ」
世界が進化していく人間力学……?
共感の神=根回しおじさん
「以前な、とある“めちゃくちゃでかい企業”のお偉いさんと話したとき、面白い気づきがあった。それは、大企業がイノベーションを起こすために必要なのは、『若くて才能のある人と、根回しおじさんだ』という話やった。『天才と、根回しおじさん理論』やな」
「つまり、天才と共感の神……だと」
「んだ。言わずもがなやが、大きな企業のほとんどは『根回し』がきわめて重要やろ。新しいことやるには、さまざまな部署に根回ししないといけない」
「僕の会社でもそうです、根回しは大事です」
「だどもな、天才はできへん。なぜなら『創造性』はあるが、『再現性』や『共感性』は低いから、普通の人々を説得できない。骨が折れる。だから、天才がそれを実現するために必要なのは『若くて才能のある人物を、裏側でサポートする人物』。つまり『共感の神』と呼ばれる人物が必要なんや」
僕は初めて聞く話に、足の痛みを忘れていた。
ケンは続けた。
「天才は、共感の神によって支えられ、創作活動ができる。そして、天才が生み出したものは、エリートスーパーマンと秀才によって『再現性』をもたらされ、最強の実行者を通じて、人々に『共感』されていく。こうやって世界は進んでいく。これが人間力学から見た『世界が進化するメカニズム』なんや」
才能を「信じる力」
「つまり、僕は、彼女にとっての共感の神……そういうことですか?」
「いや、ちゃう。正確に言うと、ちゃうかった。あんちゃはただの『凡人』やった。だども今、天才の抱える闇の世界に片足を入れた。秀才から天才に対する、相反する気持ちも理解した。凡人がいかにして、天才を殺すのかも見てきた。だから、本当の意味で『人間力学』を理解してきたんや」
「たしかに……以前の僕には、秀才が天才を尊敬しながらも憎む。その気持ちがわからなかったです」
「それに、おめは『共感の神』に昇格する上で一番大事な要素を持っとる。スペシャルな才能を持っている。それは人の才能を信じる力。才能を信じ抜く力や」
僕は、ケンが以前、話してくれたことを思い出していた。
「おめは1個だけ凄(すご)い才能を持ってるんや。いずれわかるときが来る」
ケンは続けた。
「ええか。今がその才能を活かすときや。『最強の武器』を手に入れるんや」
「自らの言葉」という最強の武器
「でも僕は凡人です。才能もないです」
「ちゃう。ええか、凡人の最強の武器は言葉や。その中でも『自らの言葉』や」
「自らの言葉?」
「んだ。そもそもな、言葉にはたくさんの噓が混じっている。噓というのは、ホンマは自分の言葉じゃないってことや。誰かから借りてきた言葉なんや」
誰かから借りてきた言葉?
それはどういうことなのだろうか。
「これは赤ん坊を想像してみるとわかりやすい。まず、赤ん坊が覚える言葉ってなんや?」
「ママとか、それとか、嫌だとか、食べ物の名前とか、でしょうか」
「それはな、全部『自らの言葉』なんや。どういうことかというと、全部、自分がやりたいことや、本能的な気持ちが先にあって、その気持ちにたまたま言葉というラベルを貼っている。ママに触れたいとか、ご飯食べたいとか、それが嫌、それが欲しいとか」
「たしかに、先に気持ちがあります」
「んだべ。だども、大人が使う言葉を見てみい。ほとんどの言葉は『他人が作った言葉』なんや。たとえば、利益とか、会社とか、マーケティングとか、こんな言葉はそもそも、この世には存在していない感情の込もっていない言葉や。会社や組織、国家という『幻想』が作り出した、便利な言葉なんや」
「便利な言葉……でも世の中には必要ですよね?」
「もちろんや。自らの言葉と、便利な言葉。この二つ、両方あって初めて、社会は回る。でもな、人の心を動かせるのは、便利な言葉ちゃう。魂を揺さぶる、自分の腹から出た言葉や。そして『便利な言葉』は、秀才の武器や。でもな、『自らの言葉』は、凡人の武器なんや。凡人こそが抜くことが許された、最強の剣、エクスカリバーなんや」
僕は、考えたことがなかった。凡人だからこそ、持つことができる最強の武器……それが、「自らの言葉」。
ケンは続けた。
「ええか、他人の言葉を捨て、『自らの言葉』という最強の武器を持て。それこそが君の才能を開花させるんや」
僕にとっての最強の武器……?
世の中には天才と秀才と凡人がいる。凡人は天才を理解できず、排斥する。秀才は天才に憧憬と嫉妬心を持つが、天才は秀才にそもそも関心がない――。職場におけるコミュニケーションの断絶を、才能という観点から鮮やかに斬った話題のベストセラー、いよいよ文庫化。
北野唯我著/日本経済新聞出版/990円(税込み)


