「リーダーシップ」と言われると、自分には関係ないと思いがちです。でも、チームはもちろん、自身の目標を達成させるのに、必要不可欠なスキルなのです。リーダーのための4つのチカラを学ぶ慶應義塾大学の講義「リーダーシップ基礎」は学年や学部はもちろん、理系や文系、大学院生も問わず受講希望がある人気講義です。その内容を書籍化した『日経文庫 リーダーシップのきほん 聴く 話す 決める 動かす』(田村次朗・古山彰著)から、抜粋して紹介します。第2回は、「交渉力における大きな誤解」についてです。
「交渉」は教育で学ぶことができる
人は他者との関係において、必ずしも同じ利害関係を持っているわけではありません。わかりやすく言えば、自分が良いと思っていることと、他人が良いと思っていることは必ずしも同じでないということです。利害関係が異なる他人と自分が、別の世界で生活しているのであれば、大きな問題は起こらないかもしれません。
しかし、「他人」が、友人や会社の同じ部署の人であることもありえます。そういう場合に、利害の齟齬(そご)や衝突があると、厄介なことになりかねません。利害の相違を無視し続けることはできないからです。利害を調整するために行われる話し合いを「交渉」と呼びます。
ハーバード大学のロジャー・フィッシャー教授は、「交渉」を、「他人への要求をなるべく通そうとするときに用いる基本的手段」と定義しています。また、「他人」との関係では、すべての利害が対立することはほとんどありえません。共通する利害は必ずどこかにあるはずです。したがって、「交渉」とは、対立する利害を乗り越えて、共通する利害を模索して、双方が合意に達するための「コミュニケーション」なのです。
その「コミュニケーション」のスキルを「交渉力」と呼びます。「交渉力」とは、相手のニーズや目標などを効果的に聞き出す力であり、相手を理解して、説得する力です。「交渉力」は、優れた天才にのみ与えられる「力」というわけではありません。教育で学べることですから、誰でも身につけることができるはずです。日々のビジネスで、交渉力が欠かせないことは言うまでもありません。
成功した自分の交渉スタイルが落とし穴に
しかし、日本には「交渉」を誤解している人も少なくありません。私は、交渉をめぐって3つの誤解があると考えています。
1つ目は、「交渉は経験を積むことによってのみ上達する」という誤解です。交渉の場数を多く踏むのは、確かに必要なことではあります。しかし、経験だけでは上手な交渉はできません。大きな落とし穴にはまってしまうことになりかねないからです。
ここでの最も大きな落とし穴は、交渉スタイルがワンパターンになることです。経験を積むことで、それなりに自分の交渉スタイルはできます。多くの場合、自分の「成功体験」に基づいたスタイルがつくられる結果、ワンパターンの交渉になってしまうのです。不意打ちに弱いという落とし穴もあります。経験したことのないような相手との交渉だったり、突然、巧妙な交渉テクニックを使われたりすると、瞬時に対応できなくなってしまうからです。
「同じスタイル」で交渉に臨んでいると、成功することもあるでしょうが、失敗することも少なくありません。そのため、自分の部下に対して自らの交渉スタイルを強要する上司は、問題だと言わざるを得ません。
いくらセンスがよくても、交渉には準備が必須
2つ目は、「その場での臨機応変な対応力がすべて」という誤解です。いわば、「出たとこ勝負」でいいと考えることです。確かに、単純な交渉を行うようなケースでは、「出たとこ勝負」でも何とか対応できるかもしれません。しかし、ビジネスでの交渉は複雑であり、いくらセンスがよくても、臨機応変な対応力だけでは乗り切ることはできません。
複雑な交渉では、合意内容の帰結を、論理的に整理することが必要になります。状況を的確に把握して、何を実現したいのかを考え、目標を設定し、いくつかの選択肢を頭に入れる。さらには、合意できない場合の対応策を考えるという準備が必要なのです。
つまり、「出たとこ勝負」では、その場の感情に左右されやすくなるという落とし穴に、はまりかねません。不用意に慌ててしまったり、場合によっては「そんな話は聞いていない!」と怒って交渉を台無しにしてしまったりする恐れもあります。逆に、対立を避けるため安易に譲歩してしまったりすることもありえます。交渉の場に臨む前に、事前準備を行うことは重要です。
交渉相手との信頼関係に必要な「基本」がある
3つ目は、交渉は「勝ち負け」がはっきり決まるという誤解です。言い換えると、交渉とは「Win-Lose」の闘いであり、いかに「勝つか」が大切だという誤解です。
しかし交渉は、勝ち負けを競うスポーツとは異なります。双方が勝ったと思えるような「Win-Win」の結果を導き出さなくてはいけないのです。
いかに「勝つか」が大切だと考えると、交渉では駆け引きにこだわることになりがちです。自社の利益の最大化だけに着目すれば、強気の交渉に固執することになり、自社の立場が弱ければ、ひたすら譲歩することになってしまいます。しかし、それは「交渉」とは言えません。
自社の利益だけを考えるのではなく、交渉相手の利益も最大化したいという交渉を持ちかけることによって、信頼関係が醸成されます。それが「交渉学」の基本であり、結果として「Win-Win」の交渉ができるようになるはずなのです。
交渉で勝つことだけを考えるのは、いわば「ゼロ・サム」的な合意のイメージしかないからです。パイの大きさは決まっていて、一方がたくさん取れば、他方の取り分が少なくなるというイメージです。このような「ゼロ・サム」の世界では、相手をだましてでも、自社が少しでも多くの持ち分を得ようと考えがちになります。
しかし、合意のバリエーションを広げること、つまり新しい価値を生み出す合意を形成することは可能です。パイの大きさを変えたり、パイを膨らませたりできるということを相手と共有するのが大切です。
田村次朗・古山彰著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)

