企業変革のプロフェッショナルとして数多くの企業再生を手掛けてきた冨山和彦氏と、『企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか』(日本経済新聞出版)を出版し、変革に伴う構造的問題を読み解いた宇田川元一氏。企業変革を「実践」と「理論」という異なる立場から捉え続けてきた2人が、「これからの日本企業に求められる変革とは何か」を徹底討議。第1回では、「分からないことだらけの企業変革にどう挑むか」という難問に迫ります。
会社は精神論では変われない
冨山和彦氏(以下、冨山) 宇田川先生のご著書『企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか』は、「構造的無能化」をキーワードに変革の本質的なところが見事に解明されていて、大変興味深かったです。先生は大学を出てすぐに学者の道に進まれたのですか。
宇田川元一氏(以下、宇田川) 企業でちゃんと働いた経験はないのですが、父が経営者でした。父はバブルの時期に、銀行の話に乗せられて多額の借金を背負い、私が大学院生の頃、がんで亡くなりました。私は家族と共に「敗戦処理」に奔走することになり、非常に苦しい経験をしました。
この経験が、一人一人は正しいことをしているにもかかわらず、なぜ組織になると悪を生み出すのか、どうして組織は変われなくなるのか、変われない組織が変革していくにはどうすればよいのかという問題意識を持つことにつながりました。
冨山 変革の議論は往々にして精神論に走りがちです。企業に起きている症状を見て、せきが出ているならせき止めを、熱が出ているなら熱冷ましを飲むという対症療法的な方法、あるいは冷たい水を浴びて気合で治すような昭和の「スポ根」に近い理論が、日本の企業経営論の中に横行しています。
対峙している問題が構造的に深くなければ、精神論でも企業変革は可能だったのでしょうが、それは昭和までの話です。今、企業が対峙している多くの問題は浅くはありません。ビジネスモデルや産業構造が大きく変わり、従来の延長線の中で微調整をしてもどうにもならない、ある種の「構造的不全」が起きているのです。そういった状態で問題に対峙しようとすると、対症療法的なアプローチや精神論は逆に危険です。
変革の背景にあるメカニズムを無視するような、非常に表層的な議論がはやる傾向もあります。ある局面において日本的経営のモデル自体が否定されかかっているわけですから、構造要因として問題を見る必要があり、変革を進める際にも構造的アプローチをとらないといけない。要するに科学する思考が大事なのに、なかなかそういう議論にはなりません。
2009年に巨額赤字を抱えて経営危機に陥った日立製作所が変革に成功したのは、当時の経営者がスマートで、構造に問題があるということに気づいていたからです。多くの企業の場合、瞬間的に大胆なリストラを実施するか赤字事業を切り離したところで終わってしまいます。変革の第2弾を怠るので、V字回復をしても再び停滞します。日立はあの経営危機をきっかけに構造的アプローチをとり、10年以上にわたってコーポレート・トランスフォーメーションを続けたため、会社を復活させることができたのです。
日本企業の変革の難しさや、変革がうまくいかない背景には構造的な原因があるということを、経営者や現場で戦っているリーダーたちはこの本を通してきちんと理解していただきたいですね。
分からないことだらけの企業変革
冨山 私は産業再生機構の仕事を始めて20年がたちます。死にそうな企業をどうにかして生き返らせる必要があったので、外科手術もしましたしカンフル剤も打ったのですが、そのとき有用だったのは「ルートコーズ(Root Cause、根本原因)」を考えることでした。
なぜこの会社は再生に至ったのか、もっと早い段階で変革しておけばよかったのに、なぜここまで病状を悪化させてしまったのかを考えていくと、まさに宇田川先生がこの本で言語化してくれたような、構造的な問題が背景にあることに気づいたのです。先生はなぜ、この構造的無能化をひもといていこうと思ったのですか。
宇田川 私はこれまで、研究者としていくつかの大手企業やスタートアップで、変革のアドバイザーをしてきました。その中で、なぜ変革が進まないのかという素朴な疑問がありました。みんな変わらなきゃいけないというのは分かっているし、危機感がないわけではないのに、なぜか変革が進まないのです。
また、そうした場以外にも様々な企業の若い社員の人たちやミドルの方と話をしていると、経営層の人たちのことを悪く言う人がちらほらといました。ですが実際に経営者に会ってみると、みなさん人格者で立派な方たちばかり。ただ、彼らもどうしたら会社が変わるのかが分からなくて困っていた。それは何でなんだろうと思ったのが入り口です。
分かってきたのは、変革がバラバラに進んでいるということでした。人事、経営企画、研究開発、各事業部門それぞれすごく頑張っているのですが、結局何を目指しているのかを考えられていないことが分かっていない状態、空隙のような状態になっていたのです。経営層もそうです。経営者は統合報告書などを出す必要があるので、目標は立てるものの、どうやってそこに到達すればいいのかが曖昧なままになっていました。
また、その目標数値の設定自体も、実際、自社のリソースや成長ベクトル、将来的な事業展開戦略に基づいて設定されたものというよりも、現状の数値の積み上げと事業部門と経営企画部門とのせめぎあいの中で出てきたものであることも少なくないと分かりました。
そうなると、数値だけがどうしても独り歩きし、しかも、その数値を達成する道筋も特に見えているわけではないので、期末に向けてダブルスタンダードの数値が横行するようになる。変革をしたくてそういう数値設定もしているはずなのに、結局、現場が疲弊して、本社がイライラして。そういうことが繰り返されるだけで、全然良くなっていかないわけです。
この問題はどういうことかと私なりに考えてみると、これはつまり戦略がないという状態なのだなと分かりました。にもかかわらず、目標が設定されていることで「自分たちには戦略があると思っている」「戦略がないということに気づいていない」という状態になってしまっています。
この結果、単に事業の変革の成果が出ないというだけならまだ良いのですが、「戦略がないがゆえに会社がバラバラに変革してしまって、結果が出ないということに気づいていない」という問題も発生します。目標をなんとか達成しなければならないと、各部門が焦って表層的な問題解決を繰り返してしまうからです。
様々な場面でこのようなことを見るにつれ、結局、何が問題で変革が進まないのか、そのメカニズム自体がどうにも見えない状態になっているということが分かりました。しかし、別に手抜きをしてそうなっているわけではないのが苦しいところで、皆さん非常に真面目にそれぞれ頑張っていらっしゃるわけです。ですが、先ほど述べたように、それがバラバラな状態で全体像が見えず、かみ合わないために変革が進まない。それによって徐々に状態が悪くなっていく。
なんとかしたいなと思う気持ちは募るばかりでした。こうした経験を通じ、自分にできることは、何よりもその問題の構図を明示すること、そして、それに対して一律の答えを示すことは難しいものの、何らかの考え方や方向性のヒントを提示する責任があるのではないかと思うようになりました。
(第2回に続く)
文/橋口いずみ 構成/宮崎志乃(日経BOOKSユニット) 写真/鈴木愛子
宇田川元一著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)



