新刊『 私たちは意外に近いうちに老いなくなる 』は、オートファジー研究の第一人者である生命科学者の吉森保先生が、最先端の老化研究についてわかりやすく解説した本だ。この本について「研究者がインタビュアーとして直接関わる信頼性だけでなく、本質を理解しているからこその噛(か)み砕き方に感銘を受けた」と川端裕人さんは言う。作家であり、ノンフィクションライターであり、そして生きもの好きの川端さんがこの本の魅力を紹介する。

 「老化はわたしたちがあたりまえに受け止めていた『避けられない運命』ではなく、回避できるものかもしれない」(本書まえがき)

 一昔前なら眉唾ものと感じられたかもしれないこのような話が、ここ数年、にわかに現実味を帯びている。生命科学の様々な分野で研究が進み、「生命にとって老化は必然」というわけではないということ自体は、すでにコンセンサスに近いようだ。

 そして、老化のメカニズムがどのように働いているのかを解明することによって、老いを制御できるようになる日が近いと楽観的な見通しを持つ研究者も増えているらしい。

 本書は、老化研究の当事者でもある細胞生物学者が、自らの研究だけではなく、さまざまな分野を取材した上で、現在の「老化の科学」の広がりと深さを概観したものだ。各分野を代表するトップサイエンティストたちに、研究者自身がインタビューしてまとめるという珍しい建てつけで書かれている。

 扱われるテーマには、著者自身の研究であるオートファジー、ややもすれば複雑になりがちな免疫やゲノムの話題、最近、可能になったタンパク質の構造解析による進展など、ハードな内容も多いのだが、するすると読み進められた。睡眠、皮膚の老化、110歳を超える長寿者「スーパーセンチナリアン」が共通して持つ特徴など、とっつきやすい話題はなおさらだ。

 研究者がインタビュアーとして直接関わる信頼性だけでなく、本質を理解しているからこその噛み砕き方に感銘を受けた。

 一方で、こういったキャッチーな話題は、わかりやすさが仇(あだ)になることもある。「不老」は誰もが願うことだから、読者は夢を見がちだ。

 しかし、本書は、ことあるごとに「釘をさす」ことを忘れない。

 例えば、細胞分裂を停止した「老化細胞」を取り除く新薬が開発されつつある。すばらしい。早く実現してほしいと多くの人が願うだろう。実際、耳の早い人たちの中には、それを救世主のようにもてはやす論調があるそうだ。

 しかし、実をいうと「老化細胞」を取り除けばただちに「個体の老化」が回復するとはいえず、それどころか「老化細胞」には、細胞の「がん化」を防ぐなどの有益な部分もある可能性が指摘されている。根こそぎにする除去薬についてはまだ慎重であるべきだという。

 おそらくは数年内に、「老化細胞を除去」をうたう自由診療の美容クリニックが登場するかもしれない。しかし本書の読者は、その時点で慎重に情報を吟味できるだろう。

 というわけで、老化研究の現状を、ざっくりと理解した上で、将来に対してポジティブに、しかし、性急な議論には慎重な気分にさせてくれるのが本書の特徴だ。

 飛び道具で明日、不老を手に入れることは無理でも、現時点でできる、実用的な提案はいくつもあるし、近未来にはさらに希望が持てる。

 さて、評者は生き物好きなので、本書で紹介される動物関連の研究に、とりわけ惹きつけられた。本書の中の数章は「生きものの本」の風味がある。

 無毛で前歯が出っ張っている不思議動物、ハダカデバネズミは、げっ歯類としては異常に寿命が長いだけでなく、死の直前まで活動的だそうだ。年齢を重ねてもこれといった老化の徴候(ちょうこう)を見せず、基本的には「ぴんぴんころり」で死ぬ。老化研究においては、その秘密をめぐってスター級の注目を集めているという。

 野生動物としても奇妙な習性で知られている生きもので、ファンも多い。それが、今、まったく別の理由でかくも熱い視線を浴びていることに、生きもの好きとして不思議な喜びを感じてやまない。

 また、アフリカの乾燥地帯に生息する小型の超短命魚ターコイズキリフィッシュの事例は、とても示唆に富む。

 乾季には休眠していた卵が雨季になると孵化(ふか)し、1カ月ほどで成熟、産卵後、急速に老いて死んでしまうのだそうだ。死ぬまでの期間は、地域によって違う。雨季の長さに呼応して、3〜4カ月で死ぬ個体群もあれば、6カ月で死ぬ個体群もある。一見、環境の変化に柔軟に応答しているのかと思いきや、実は飼育下でも野生のときと同じ時期に老化し、死んでしまうのだそうだ。

 つまり、寿命の長さや老化のタイミングが、個体群ごとに遺伝的に決定されていると推測される。同じ種の中で、老化のタイミングを、遺伝子レベルで調整しているわけで、その仕組みを解き明かすことができれば、人間の老化についても、理解を深める手がかりが得られるかもしれない。

 小型超短命魚という、生きものとしてキャラの立った部分が、そのまま老化研究のホットトピックにつながっており、まるで「老化の謎」を解くために遣わされた奇跡の魚のように感じられた。

 本書を読んだ後、読者は認識を新たにするとともに、考えざるをえないだろう。そもそも、寿命とは、老化とは、なにか。それを理解したときに手に入るかもしれない、老いを制御する技術を、わたしたちはどんなふうに受け止めるべきだろうか。

 高齢になっても心身ともに活力があふれて「歳を重ねることがたのしみになるような社会」(本書あとがき)が実現するならばすばらしい。しかし、それは、科学的な知見の積み重ねや技術の進展だけではなく、そこから拓(ひら)かれる生命観にのっとってこそ、はじめて本当に豊かなものになるのではないか。そのようなメッセージを読み取った。