アナウンサーとして活躍しながらうつ病を経験し、育児に向き合う曽田麻衣子さん。そんな曽田さんが、たくさんのヒントをもらったというのが、内田舞さんの著書『 小児精神科医で3児の母が伝える 子育てで悩んだ時に親が大切にしたいこと 』です。自分の母との思い出をつづりながら、この本への思いを語ります。

“新人母ちゃん”にとって明確なヒントが詰まっている本

 学生時代、定期的に不登校になりながら大人になり、フリーアナウンサーとして10年以上働き続ける中でうつ病と診断されました。

 そんなわたしも2025年に母となり、自身の経験から、娘には自己受容力を育んでほしいと強く願うようになりました。

 まだ育児歴数カ月の“新人母ちゃん”ですが、いとしくて仕方がない我が娘が、将来、「良い自分」も「悪い自分」もまるごと受け入れられるようになるために、親として何を大切にしていけばいいのか、この本にはたくさんの明確なヒントが詰まっていました。

 「明日から仕事を休んでください」

 2022年に医師からうつと診断され、そこから1年ほど投薬治療をしながら、ただぼんやりと、何もしない日々を過ごしていました。

 じっくりと人生を振り返る中で、怒りや悲しみなど負の感情に蓋をしてしまいがちなこと、自己肯定感が低いがゆえに「今の自分じゃダメだ」と頑張りすぎて力が抜けず、常に緊張状態であることに気づきました。

 自分を不幸だと思ったことは一度もなく、恵まれてきた自覚があるだけに、どうしてこんなに自信がないのかと悩みながら少しずつひもといていくと、一番近くでずっと私を見守ってくれた母の、泣きそうな笑顔が思い浮かびました。

10年以上のキャリアを築きながら、ある日うつ病と診断された。ふと、自分の親の顔が思い浮かんだ(写真:naka/stock.adobe.com)
10年以上のキャリアを築きながら、ある日うつ病と診断された。ふと、自分の親の顔が思い浮かんだ(写真:naka/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

「マムシェイミング」という言葉を知って納得

 わたしの父は、身の回りのことはおろか、家事育児に一切参加しない亭主関白な頑固親父で、母はその三歩後ろをだまってついていくような女性でした。

 わたしはそんな典型的な「昭和の価値観」の家庭で育ちました。父は家族のため、一生懸命働き、家計を支えてくれていました。ただ、父の仕事の都合上何度も転勤を強いられ、母はほぼひとりで家庭を支えていました。そしてその度に人間関係がリセット。頼れる人もいない中で目まぐるしく家事と育児のタスクを背負い、3人の子どもを育て上げました。

 そんな母の口癖は「お母さんは幸せだけん」。

 この言葉、どう感じますか? 良妻賢母と思うでしょうか?

 あの頃は気づきませんでしたが、子どもの親になった今、わたしはこう思うのです。母は本音を我慢していたのではないかと。母はもっと父に対して怒りたかったんじゃないか、頼りたかったんじゃないか。一言でいいから「お前も大変だよな、ありがとう」といたわってほしかったのではないか。

 「母親たるもの、家庭を守り、子どものために生きるべきだ」というような理想の母親像があり、ある意味自己犠牲を強いるような時代の中で、どうにもならない現状を仕方がないと諦め、やり過ごすために、母が自分に言い聞かせていた言葉だったように感じるのです。内田先生の本によると、こういった社会の母親への圧力を「マムシェイミング」と呼ぶそうです。ちゃんと名前があるんですね。

 「わかる。わかるよお母さん。しんどかったよね。わたしも母になったんだもの」。涙が出るほどに想像してしまいます。できることならあの頃の母に会いにいきたい。「ひとりで抱え込まんでいいよ、泣いていいよ」って抱きしめたい。

 しかし、それと同時にもうひとりの小さいわたしの叫びも聞こえてくるんですよ。勇気を出してあえて言わせていただきます。

 「子どものせいにしないでよおおおおお」

 時代のせいだったということはわかっているのですが、家族のために自分の気持ちを我慢する母の姿を見て育ったわたしは、知らず知らずのうちに、「辛くても笑顔でいることが立派」「自分さえ我慢してうまく回るのであればそうすべきだ」と刷り込まれていたようにも思います。その結果、会話の中で、何か違和感を覚えても、相手が嫌な気持ちにならないように飲み込んで、とりあえず笑顔を作るようになりました。それを繰り返すうちに、怒りや悲しみに鈍感になってしまったのではないかと思うのです。

母に必要だったのは「自分に納得すること」だったんだ

 本書の中にオーナーシップというキーワードが出てきます。人生のかじ取りを自分軸でおこなっていくという大切な考え方です。

 子どもがいることによって働き方を変えざるを得なかったり、好きなように時間や体力を使えなかったりすることはありますが、ただ、仕方がないと諦めるのではなく、「わたしが選んだんだ」と納得しながら自分の人生を歩んでいるという感覚を持つことが重要なのだそうです。

 「あぁ内田先生、言語化してくださってありがとうございます」。わたしのなかで絡まっていた糸がするんとほどけるような感覚でした。

 もし母がオーナーシップという概念に出合っていたら、例えば父に思いをぶつけてみるとか、わたしや兄たちに相談してみるとか、母自身が納得するためにもう少し選択肢があったのではないか、助けになったのではないかと思うのです。そしてそれは、他者との関係性の中で、自分の気持ちを我慢してきたわたし自身にも言えることです。

親と考え方が違ってきても受け止められるように

 内田先生によると、子育てにおいて、人生のオーナー(主役)が自分ではなく子どもに移ってしまわないためにも、バウンダリー(境界線)を意識して持つことも大切だそうです。

 わたしの娘はまだ赤ちゃんですが、これから成長するにつれて意思を持つようになります。親であるわたしや夫とは考えが違ってくることもあるでしょう。大人への階段を上っている証しとして喜ばしくもあり、時に寂しさを感じることもあるのかなぁ、と今から想像しています。

子どもの意思を尊重するためにも、子どもと親は別の人格であるという「バウンダリー」を意識することが大切(写真:hakase420/stock.adobe.com)
子どもの意思を尊重するためにも、子どもと親は別の人格であるという「バウンダリー」を意識することが大切(写真:hakase420/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

 親子関係だけではなく人付き合いにおいても言えることですが、意見が同じだと安心し、異なると不安になるということはどうしてもありますよね。

 そんなときにバウンダリーを意識できていれば、「自分はこういう考えだけど、あなたはこう考えているのね」と、わたしとあなたの違いとして受け止めて双方の心を守ることにつながると思うのです。

 まず、親がバウンダリーをしっかり持って子どもの言葉に耳を傾ける。「ママ(パパ)の意見と違うことを言っても大丈夫なんだ」と家庭内で思えることが、社会の中で怖がらずに発言することや、相手の意見を頭ごなしに否定するのではなく受け止める習慣につながり、穏やかなコミュニケーションをとれるようになるのではないかと思うのです。

 そのためにわたしがまずはオーナーシップを持つこと、そして、娘をひとりの人格として受け止められるような親になりたい、と願います。

 簡単なことではないですが、意識するだけでも違ってくると信じています。

この本では「見守ってくれる言葉」にたくさん出合えた

 わたしが思うに子育てのゴールは、子どもが大人になっても「ありのままの自分でいいんだ」と認めて自然体でいられることです。

 日本の教育は、得意を伸ばすことよりも苦手を克服することが先にあるように感じます。加えて、勉強も運動もできる文武両道で、おまけに優しくてユーモアのある完璧人間が「優秀」とされる。

 でも、そんな人間はおらん!!!!

 悩むことも落ち込むこともイラっとすることも泣いてしまうこともあるけれど、どんな自分も受け入れたい。よく頑張っているねと認めてあげたい。今のわたしはそう思います。

 親としてもがいている姿も隠さないで、子どもと一緒に成長していきたいです。できないことじゃなくて、できるようになったことを見つけながら、子どもと、そして自分自身と対話を重ねようと思います。

 決して簡単なことではないけれど、内田先生の本で、「あなたもできるから、大丈夫だよ」と、見守ってくれる言葉たちに出合えました。