経済上の問題が起きたとき、時代の流れに沿った新しい経済学の理論が生まれます。たとえばマルクスの「資本論」やケインズの「公共事業による景気回復」などがありますが、今回はケインズ政策を否定する形で出てきたフリードマンの「新自由主義」について、池上彰さんが紹介します。日本では2001年からの「小泉・竹中路線」の経済政策にも用いられた理論です。『 池上彰のやさしい経済学[令和新版] 1 しくみがわかる 』から抜粋、再構成。

新自由主義の旗手 フリードマン

 それぞれの時代に、さまざまな経済上の問題が起き、それに対して経済学者が解決策、いわば処方箋を出します。とりあえずそれでうまくいくこともあるのですが、やがていろいろな問題が出てきます。そのときに、その問題を解決するための新しい経済学が生まれる、それが経済学の歴史だったのではないかと私は思っています。

 カール・マルクスのような考え方もあれば、ジョン・メイナード・ケインズのような考え方もあった。ケインズの政策によって、マルクスが予言したような恐慌は起きなくなりましたが、インフレーションの傾向が強まったり、各国が財政赤字に悩んだりという状態になってしまった。それではいけない、ケインズは間違っていたと主張したのが、ミルトン・フリードマンです。

 フリードマンは、「新自由主義の旗手」と言われています。日本で言うと2001年からの小泉・竹中路線がその典型です。政府は国民の自由を尊重しよう、経済活動を自由にすればいい、という主張をしました。どうしてそういった理論になるのか、その結果どんなことが起きるのでしょうか。

「いろいろな問題を解決するために新しい経済学が生まれます」と言う池上さん(写真/中西裕人)
「いろいろな問題を解決するために新しい経済学が生まれます」と言う池上さん(写真/中西裕人)
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「小さな政府」を提唱したフリードマン

 フリードマンは、政府は国民の自由を尊重すべきだ、そのために守るべき二つの基本原則があると言っています。まず、政府の仕事は国防であるということです。外国の敵から国を守ること、それから国内で同じ国民の暴力などから個人を守ること。アダム・スミスも、政府がやるべきことの中に、国防や司法行政の確立を挙げましたが、フリードマンもこれを第一の基本原則としました。

 もう一つは、どうしても政府がやらなければいけないことがあれば、政府がやるのではなく、なるべく下の地方自治体に任せたほうがいいということです。行政は、国よりは州に、州よりは市町村に任せるべきだという考え方です。というのも、米国の国民が国の政策に対して「これは気に食わない」と思っても、米国を出ていくことはなかなかできない。でも、市町村単位なら、自分の住んでいる市の政策が気に食わなければ、よその市に引っ越すことができる。また、それぞれの市町村にしてみれば、もし住民たちが反対するようなことをしたら、住民みんながその市町村から出ていってしまうかもしれない、そう考えたらうっかりしたことはできない、というのがフリードマンの考え方なんです。

 フリードマンは著書『 資本主義と自由 』(村井章子訳/日経BPクラシックス)の中で、たとえばパンを買う人は、小麦を栽培したのが白人であろうと黒人であろうと共産主義者であろうと意識しないだろう、と述べています。パンを焼いたのが誰だろうと、おいしいパンは売れる、それでいいじゃないか。自由なマーケットがあれば、政治的、民族的な差別もなくなるのだという考え方なんですね。

 また、フリードマンは自著の中で「こんなものいらない14項目」というのを挙げています。

フリードマンの「こんなものいらない」14項目
1 農産物の買い取り保証価格制度
2 輸入関税または輸出制限
3 家賃統制、物価・賃金統制
4 最低賃金制度や価格上限統制
5 現行の社会保障制度
6 事業や職業に関する免許制度
7 営利目的の郵便事業の禁止
8 公営の有料道路
9 商品やサービスの産出制限
10 産業や銀行に対する詳細な規制
11 通信や放送に関する規制
12 公営住宅および住宅建設の補助金
13 平時の徴兵制
14 国立公園

日本における新自由主義政策

 日本では、この新自由主義的な政策は1996年の橋本龍太郎政権時代から始まっていました。橋本内閣は金融ビッグバンと呼ばれる金融制度改革を行い、銀行、証券会社、保険会社などに対する規制を次々と取り払ったのです。これにより、金融機関の再編が加速していきました。

(出所)『池上彰のやさしい経済学[令和新版] 1 しくみがわかる』
(出所)『池上彰のやさしい経済学[令和新版] 1 しくみがわかる』
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 そして小泉構造改革では、規制緩和の考え方が雇用政策に及びました。派遣労働の自由化です。派遣労働というのは、もともとはSE(システムエンジニア)など極めて特殊な知識や技術を持った専門職に限られていたのですが、次第に対象業務が拡大していって、2004年には工場の現場などで働く製造業派遣が解禁され(最長3年まで)、急速に派遣労働者の数が増加していったのです。

 その結果、2008年のリーマン・ショックを発端とした景気の悪化により、大量の派遣切り問題が深刻化しました。これを機に、労働者派遣の規制緩和を進めた新自由主義政策に対する批判が高まりました。

 現在も、製造業の派遣労働については議論が続いています。民主党(当時)政権は労働者派遣法を改正して派遣労働を規制しようとしましたが、反対論も強く、派遣労働は実質的には禁止されていません。

フリードマンの思想を踏まえて考える

 フリードマンのすべてを自由にするという発想、ちょっと新鮮と言いますか、挑発的なと言いますか、非常に刺激になったのではないかと思います。あなたは、フリードマンならどう考えるか、ということを自分なりに考えることができます。そのうえで、その考え方に賛成、反対の意見がありますね。これが大事です。経済学者や政治学者が言ったことに対してすぐ賛成、反対ではなく、どうしてそういう考え方が生まれてくるのか、まずその論理を理解することが大事なのです。

 フリードマンの新自由主義を高く評価する声がある一方で、これは強い立場、有能な人の論理であって、弱者には成り立たない理屈ではないのかという批判があることも事実です。私の説明はここまでにとどめておきます。

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池上彰著/テレビ東京報道局編/日本経済新聞出版/定価1760円(税込み)