米中対立やロシアのウクライナ侵攻で、エネルギー資源や食料の確保が困難になり、世界では経済のブロック化、保護主義が強くなってきています。戦後、自由貿易により発展した世界経済ですが、その流れとは逆に向かう今、日本はそれぞれの思惑を抱える国々とどう付き合えば、貿易による豊かさを得ることができるのでしょうか。『 池上彰のやさしい経済学[令和新版] 1 しくみがわかる 』から抜粋、再構成。
ウクライナ侵攻で資源・食料の危機が加速
米中の貿易摩擦が本格化した2018年以降、米国の中国からの輸入が伸び悩む一方で、ASEAN(東南アジア諸国連合)からの輸入が大きく増加しています。中国企業がASEAN諸国に工場を移していることもあるのではないかとの指摘もあります。賃金上昇などで、すでに生産拠点としての中国の魅力は薄れていたこともあって、「世界の工場」が中国からASEANに移りつつあるのではないかという観測も出てきているのです。
さらに、ロシアによるウクライナ侵攻が分断に拍車をかけます。国際秩序、世界の安全保障を揺るがす暴挙にとどまらず、軍事侵攻によって、これまで自由貿易を前提にしてきたエネルギーや食料を世界に供給する仕組みをずたずたに壊してしまいました。資源や食料の供給が滞り、世界的な物価上昇を加速し、インフレーションの懸念が強まるなど世界経済に大きな影を落としています。
驚いた日米欧など主要な民主主義国は、厳しい経済制裁を科すことにして、有数の資源国であるロシアからの石炭、原油の輸入を禁止します。ロシアはこれに対抗して、ポーランド、フィンランド、ドイツなど欧州諸国への天然ガスや電気の供給を停止したり、減らしたりしました。エネルギー資源を武器として使い、揺さぶりをかけてきたわけです。日本も含めて、どの国も、資源をどう確保するのか、どこから調達するのかなどを考え直さざるを得なくなりました。
食料についても同様で、世界有数の穀倉地帯が戦場になったことで、地球規模での「穀物危機」の恐れが強まりました。侵攻したロシア軍がウクライナ南部の港を封鎖して、小麦やトウモロコシなどの輸出を止め、アフリカ諸国などでは飢餓の広がりも心配されました。世界中が非難し、ようやく輸出は再開しますが、穀物輸出は前年に比べて約3割減少し、種や肥料の入手が難しくなったことから、2024年以降の収穫も減るのではないかと心配されています。
こうした事態は国民の生命や安全を脅かしかねないだけに、さらに保護主義の広がりを強めることにもなりました。食料や資源を入手しやすい国と仲良くしようとか、反対に資源を使って友好国を増やすといった動きが目立つようになったのです。危機によって、世界の分断、経済のブロック化の動きが一段と進みます。
日本はどう立ち回るべきなのか
ウクライナ戦争を始めたロシアは、中国に急接近していきます。中国はもともと、ロシアの親密な貿易相手だったのですが、経済制裁でハイテク製品などの入手も難しくなるなど経済的に苦しいので、さらに親しくなることで、支援してもらおうというわけです。これで「中・ロを中心にした強権的な陣営」がはっきりします。これに米欧日などの民主主義陣営が対抗していて、さらに、どちらにも加わらない中立的な国々が様子をうかがうといった状況がますます鮮明になってきたわけです。
戦争が長引き、ロシアが戦術核兵器を使うのではないか、これは「新しい戦前」という時代の始まりであり、世界は、第3次世界大戦に向かっているのではないかといった懸念さえ語られるようになってきているのです。
自由貿易を柱とした世界経済の秩序がガラガラと崩れ、経済のブロック化、世界の分断が進行しています。その中で、貿易立国・日本はどうすればいいのでしょうか。政治家や経済学者も知恵を絞らないといけません。でもこれは、私たち一人ひとりが答えを探す問題でもあるんですね。
ブロック化が進む中で、どうすればいいかは、なかなか難しい問題です。日本は第2次世界大戦での敗戦後、自由な貿易や投資ができる環境が整ってきたおかげで、復興を成し遂げて豊かな国に発展することができました。この経済環境を守るために何ができるのか、国際社会にどんな貢献ができるのかを、懸命に考えなければならないと思います。
戦前は、資源を持たない国ゆえに、エネルギー資源争奪戦の中で、選択を間違えて無謀な戦争に突き進んでしまいました。似たような状況になりつつある現在、常に慎重で賢い判断が求められるのではないかと思います。
まずは、日本が米国、欧州など主要な民主主義国の陣営にいる点を確認し、友好協力関係を強化することが大事です。そのうえで、各国と協力して、世界貿易機関(WTO)の再建など世界の自由貿易体制の立て直しに協力して、地道に保護主義への流れを変えていくべきでしょう。それと並行して、2国間の経済連携協定(EPA)や地域連携協定などを活用することで、自由貿易の重要性を粘り強く説いていく必要があります。
米中の2大超大国のそれぞれと密接な経済関係を築いてきた日本は、両国が激しくぶつかり合う中で、今後、ますます難しい選択を迫られることになります。米国が撤退した後のTPP(環太平洋経済連携協定)では、日本が中核的な役割を果たしてきたのですが、そこに2021年、中国が加盟を申請してきました。米国が抜けた後で、主導権を握ろうという思惑が透けて見えますね。
影響力を強めようとする中国に、日本はどう対応するのか、ここでも手腕が問われます。
国際貿易による豊かさをどう守るか
さて、そもそも世界の国々は、なぜほかの国々と資源や工業製品などを売り買いする貿易をしているのでしょうか。それは、貿易によって富が増えるからですね。
戦後、地球規模で、自由な市場での貿易が盛んに行われるにつれて、経済成長する国が増えていきました。貧しかった国々が先端技術を手に入れて豊かになるという「富の分配」の連鎖が続きました。おかげで日本もこの輪に入ることができたのです。
背後で働いていたのが、貿易によって、お互いが豊かになるという経済学者リカードの「比較優位」の原理です。
長く続いた豊かさの連鎖、それが今大きな転機を迎えています。国際貿易の拡大、経済のグローバル化が進むとともに、所得格差が拡大したり、失業が増えたりした国々を中心に、保護主義への逆戻りが始まっています。
19世紀の初め、自由貿易を唱え、証券仲買人としても成功した経済学者のリカードは、ナポレオン戦争後の激動の時代に経済の論客として活躍しました。英国が安い穀物の輸入を禁止した穀物条例の廃止を訴えて、議論を繰り広げました。論争を経て書いた本の中で、「比較優位」の原理を確立し、保護主義的な輸入制限が続けば、やがて資本家、地主、労働者の間で所得の分配を巡って深刻な対立を招くようになると警告したのです。
彼は下院議員になり、国債の整理などとともに、穀物条例の廃止を強く訴え続けます。リカードが亡くなって20年以上後に穀物条例が廃止されると、英国は前例のないほどの自由貿易国家に変わり、経済大国に発展していきます。
保護主義を乗り越えて、自由貿易を進めていくには、リカードの原理だけでなく、制度や仕組みを変えようと粘り強く主張し続けた、その姿勢にも学びたいところですね。
池上彰著/テレビ東京報道局編/日本経済新聞出版/定価1760円(税込み)
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