「好きなものがある人って本当に強いんですよ」。そう語るのは、中学受験国語で人気の専門教室「南雲国語教室」を主宰する南雲ゆりかさんだ。南雲さんが今回選んだのは、みうらじゅんさんが仏像マニアになるまでを描いた自伝的小説と、37歳でデビューした絵本作家・せなけいこさんの自伝。一見すると国語とは関係のない2冊だが、その根底には「好き」を大切にすることへの南雲さんならではの思いが込められていた。

南雲国語教室主宰
「スクラップブック」が伝える熱量
私にとって、みうらじゅんさんは“サブカルチャーの人”というイメージでした。ただ、みうらさんの本が「入試に出た本」として紹介されているのを見かけたことがあって、気になっていたんです。国語の先生はみんなそうだと思うのですが、よく書店パトロールをするんですよね。そんなある日、書店でみうらさんの『 ブツゾー・キッド 』(淡交社)を見つけて、何気なく手に取ってパラパラとめくってみたんです。すると、新聞のスクラップ写真がたくさん載っていて思わず見入ってしまいました。
仏像マニアとして知られるみうらじゅん氏の、マニア道の原点を描いた自伝的小説。祖父「ブツゾー・マスター」との出会いをきっかけに、特撮好きの少年が仏像の魅力に取りつかれていく少年期を描く。仏教系中学校への進学など、「仏像マニア」になるまでのいわばマニア道〈前夜〉の物語。
ちょうどその頃、新聞社からのお仕事をいただいていたこともあって、現代の“新聞離れ”が気になっていた時期でもありました。昔は、新聞の気になる記事や写真を切り抜いてスクラップすることは定番でしたよね。でも今は、この本に出てくるようなスクラップは、今の子どもたちにはなかなか作れないのかもしれないと思ったんです。それも、この本を手に取ったきっかけの一つでした。
実際に読んでみると、これが本当に面白いのなんの! もともと怪獣マニアだった少年が、おじいちゃんの家へ習字に通ううちに、仏像の魅力を教わる。そして、どんどん仏像にはまっていく。その過程がとても面白くて、ぐいぐい引き込まれました。小さい頃から一つのものに強い興味を持って、とことん突き詰めていく。その姿がとても印象的なんです。スクラップブックも誰かに見せるためではないのに、編集にものすごくこだわっている。
徹底してのめり込めるのは「強さ」
これは有名なエピソードらしいのですが、みうらさんは仏教系の中学校を受験されているんです。ご本人のお話では、学科試験の出来はあまりよくなかったそうなのですが、面接の際に校長先生に仏像のスクラップブックを見せたところ、「あなたのような生徒を待っていました」と言われたそうなんですね。ご本人は「スクラップで入学したんです」なんておっしゃっていて、もちろん少し誇張もあると思うんですけれど(笑)。
「好きなことを極める」といっても、親としてはなかなか悩ましいですよね。こんなことばかりやっていてうちの子は大丈夫なのかな、と心配になることもある。でも一方で、好きなことはできるだけやらせてあげたい。その葛藤は、どの親御さんにもあるのではないでしょうか。
でも、「のめり込むほど好きなものがある」って、本当に強いなと思うんです。みうらさんは仏像を学ぶうちに、今度は仏教そのものにも興味が広がっていく。そして、将来の夢として「お坊さんになりたい」という話まで出てくる。もちろん、みなさんがご存じのようにその後はまた別の方向へ進んでいくのですが、一つの興味が次の興味を呼んで、世界がどんどん広がっていく。その過程がとても魅力的でした。

今の子どもたちは、タブレットで学習したり、スマートフォンで調べたりすることが増えていますよね。便利ではありますが、教室の子どもたちに聞いてみると、案外「紙」が好きだったりするんです。
例えば、新聞をテーブルに広げておくだけでも、子どもって寄ってくるんですよ。猫みたいに、広げたものの上に乗ってきたりして(笑)。そうやって何気なく目にした記事や写真が、思いがけない興味の入り口になることもある。一生付き合うことになる「好き」が、そんな偶然から始まることもあるのかもしれません。
「好き」を続けて37歳でデビューした絵本作家
もう1冊ご紹介したいのが、『 ねないこ だれだ 』(福音館書店)で知られる絵本作家・せなけいこさんの自伝『 ねないこはわたし 』(文藝春秋)です。見ているだけでかわいくて、癒やされるんですよね。でも私がいちばん面白いと思ったのは、せなさんがどのようにして絵本作家の道に入ったのかというところでした。
『ねないこだれだ』で知られる絵本作家・せなけいこ氏の自伝。幼少期の児童書との出合いから、師・武井武雄への弟子入り、37歳での絵本作家デビューまでをたどる。門外不出だった貼り絵の原画が初公開されるなど、創作の秘密も明かされる1冊。
せなさんはとても裕福なご家庭で育ち、お茶の水女子大学の付属校(現在のお茶の水大学附属高校)に進まれました。母からは、「よいところにお嫁に行き、良妻賢母となるのが女性の幸せ」と言われて育ったそうです。でも、せなさん自身は小さい頃から絵を描くことが大好きだった。家でお手伝いをしてくれていた“姉や”からもらった絵本に夢中になり、その作者に会いたい一心で、「弟子にしてください」と単身で飛び込んでいく。その行動力には本当に驚かされます。
ところが、その先生がとても厳しい。絵を持って行っても何度もダメ出しをされる。それでも諦めずに食らいついていったそうなんです。好きなことを極めるというと、楽しいことばかりに思えます。でも実際には、壁にぶつかったり、悔しい思いをしたりすることも多い。その過程を乗り越えてこそ、自分の道になっていくんだなと感じました。
せなさんは、最初から絵本作家を目指していたわけではありません。ご自身のお子さんのために、チラシの裏に絵やお話を書き、ホチキスで留めて手作りの絵本を作っていたそうなんです。ところが、その作品が人の目に留まり、絵本作家への道が開けていく。そして、37歳でデビューを果たします。
せなさんの作品からは、いわゆる大人が好む「いい話」ではなく、子どもが本当に面白いと思えるものを描きたいという姿勢が伝わってきます。目線はいつも子どもに向いている。子どもを楽しませたい。その一心で作品を作っている。
『 ねないこ だれだ 』もそうですよね。うちの子どもも本当に怖がっていました。でも、「また読んで」って言うんです(笑)。怖いはずなのに、また読みたい。お話の内容は知っているのに、読み終わると「もう一回」。子どもって不思議ですよね。そんなふうに、子どもを夢中にさせる本を作れるのは、本当にすごいことだと思います。
みうらじゅんさんも、せなけいこさんも、子どもの頃から好きなことに夢中になり、その「好き」を大事に育ててきた人たちです。親としては、子どもの「好き」を応援していいのか心配になることもあると思います。でも、子どもが何かに夢中になっているのなら、その時間を大切にしてあげてほしい。好きなものに打ち込んだ経験は、きっとその子だけの力になっていくと思うからです。
「読みなさい」より、親が読んでいる背中を
よく保護者の方から、「子どもに本を読ませるにはどうしたらいいですか」と聞かれます。そのたびに、「まず親御さん自身が本を楽しんでいますか」とお聞きしているんです。子どもって、親がやっていることをやりたがるんですよね。親がスマホを見ていれば、子どももスマホを触りたがる。親がYouTubeを見ていれば、子どももYouTubeを見たがる。それと同じで、親が本を広げて夢中になっていれば、子どもは自然と寄ってきます。「何を読んでいるの?」って。
「読みなさい」と言葉で命じるより、読んでいる姿を見せる方がずっと雄弁です。本を読む姿。新聞を読む姿。手紙を書く姿。直接教えなくても、子どもは遠目でそういうものを見て育ちます。言葉の習慣は、そうやって家庭の中でじわじわと伝わっていくものだと思っています。大人が本を読むことは、自分のためだけじゃない。子どもへの、静かな国語教育でもあるんです。

ただ、子育てをしながら働いているお母さんたちって、本当に毎日クタクタじゃないですか。私自身もそうでした。今回選ばせていただいた5冊は、忙しい親の皆さんが、夜にちょっと一息ついたときに、手を伸ばせるようなものを意識しました。どれもスイスイ読み進められて、でも読み終わったときにじんわりと何かが残る本たちです。
読み方も、最初から真面目に読まなくていいんです。目についたところから、気になる章だけ、ついばむように読むだけでも構わないと思います。育児や仕事で疲れた夜にドストエフスキーを読もうとしたらしんどくなっちゃいますけど(笑)、気軽に開けて、どこか励まされる本なら、そんな夜でも自然と手が伸びると思います。
取材・文/金澤英恵 取材・構成/細谷和彦(日経BOOKプラス編集) 写真/品田裕美

