終わらない日本の「失われた30年」。日本がWeb3.0(Web3)の波に乗り、苦境から抜け出すことはできるのか。また、若い世代がWeb3の世界で活躍するためには、どういったことが重要になるのか。コインデスク・ジャパン編集長の佐藤茂さんと、書籍『 仮想通貨とWeb3.0革命 』(日本経済新聞出版)の著者、千野剛司さんが対談しました。本書から抜粋、再構成してお届けします。

終わらない「失われた30年」

佐藤茂さん(以下、佐藤) 子どもたちの未来を考えたとき、日本の「失われた30年」はいったいいつ終わるのだろうと思います。

千野剛司さん(以下、千野) 気づいたら、20年が30年になり、結局ずっと失い続けているのが今の日本の状況ですよね。

佐藤 その失われた20年、30年のなかで日本の賃金はほとんど上がっていない。さらに注目すべきは円安です。ウクライナ戦争が起きていますが、これまでは「有事の円買い」があったはずなのに、円安が進行している。

 高校生や大学生と話すと、「1980年代を生きた人たちは、バブルがあったからいいじゃない。その時代で稼いだ人たちは、その資産でゆっくり過ごしていけばいいんでしょ。自分たちにとっては『国ガチャ』かもしれない」と話す学生もいます。

千野 かなりの国ガチャだと思います。やっぱり日本で生まれ育ったことによる制約がすごくある。いまだに日本は内向的だし、製造業中心の労働集約的な産業を政府が支援していて、積極的に産業構造の転換をしていない。それゆえにインターネットの発達・発展から取り残されて、世界的に成長性が高い産業にシフトできていないというか、それをやってこなかった。これが日本の失われた30年の原因ではないでしょうか。

 若者は円安という現実を突きつけられて、「海外に行っても日本円で何も物が買えないんじゃないか」、日本で給料をもらい日本で資産形成をしても、どんどん円が安くなっていったら、「自分がためている資産の価値が小さくなっちゃうんじゃないか」という不安を感じているんじゃないでしょうか。

「積極的に産業構造の転換をしなかったことが、失われた30年の原因なのではないか」と指摘する千野さん
「積極的に産業構造の転換をしなかったことが、失われた30年の原因なのではないか」と指摘する千野さん
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佐藤 2008年の金融危機で、欧米では多くの金融機関が倒産し、世界の金融界は大きく変わりました。その後の13年間でアメリカは著しい経済成長を遂げました。当時の日本は、金融危機の発端となったサブプライムローン(信用力が低い人向けの住宅融資)問題に対して直接的被害はわずかでした。

 しかし、2022年の日本は「失われた30年のど真ん中」にいる。先進国として、成長を仕掛けていくことを怠ってきたのではないだろうかと考えることもあります。こんな状況で、世界的なビッグチャンスであるWeb3に向かわなくてはならない。日本は準備すらできていないようにも見えます。

千野 準備できていませんね。Web3の世界観は基本的に今の日本の社会と真逆です。日本はいまだに「親方日の丸」で、中央集権である国、政府、企業にすべてお任せすればみんなが幸せになる、という考え方。

 でも、Web3が進めようとしているのは分散型の世の中になることなので、その波に乗るには相当なマインドチェンジが必要です。人々の意識はもちろん、制度もいろいろと変えていく必要があります。

佐藤 ある意味、中央集権的な社会で生き続けてきた国民にとって、日本のプラットフォームや行政に依存していれば暮らしていけるということはとてもラクなのかもしれませんね。居心地がいい。

 でも、Web3はもう世界で始まっていて、千野さんが言うブロックチェーン上にある分散型アプリケーション(DApps:ダップス)が続々と生まれてきている。しかし、そこに日本の企業や開発者が少ないですよね。

千野 少ないですね。

佐藤 Web3の基盤は作られつつあります。イーサリアムを筆頭に、ソラナ、カルダノ、アバランチなどイーサリアムキラーと言われるチェーンに、それぞれのコミュニティが形成されてきている。

 過去3~5年の中でWeb3の礎(いしずえ)となるものとして何が生まれてきたかを考えると、3種の神器のようなものが北米を中心に開発されてきたと思います。1つ目はDeFi(分散型金融)。2021年は北米の暗号資産(仮想通貨)市場が肥大化しましたが、そこをけん引したのがDeFiでした。

 2つ目がNFT(非代替性トークン)ですね。各ブロックチェーンの中にはNFTのマーケットプレイスができつつある。

 3つ目がゲームと金融を合わせたGameFi(ゲーミファイ)。GameFiはplay to earnと言いますが、GameFiで楽しく遊びながら、そこからもたらされる収益の一部分を社会課題の解決にあてるような仕組みも登場してきました。

 このような過去3〜5年で巻き起こった大きな流れの中に、日本がいないんですよ。

「新しいテクノロジーで国が発展する」

千野 そこがすごく日本として残念ですよね。Web3の基盤技術のところに日本の開発者がいない。じゃあ、今から「日本発のブロックチェーンを作りましょう」と言っても、世界の勢力図は固まりつつあるので厳しい。

 やはり日本の社会制度自体が明治時代から変わってない、中央集権的な発想から日本の人々が抜け出せていないのが最大のボトルネックです。日本で育って、日本で働いていると、DAO(分散型自律組織)に積極的に入っていくという発想がないんですよ。いろいろな面白いDAOが出てきているにもかかわらず、依然としてお金を稼ぐ手段としては、中央集権的な企業にエントリーシートを書いて、面接して、仕事を得て、就業規則に従って働きます、みたいな価値観があまりにも強く刷り込まれている。

佐藤 日米の社会構造を比較するのは少し乱暴だと思うんですけど、アメリカがすごいなと思うのは、目的がはっきりしていることではないでしょうか。例えば「資本市場を大きくするのは国力なんだ。だからそれを大きくするために規制は作らない」とか。暗号資産についても規制をある程度ファジーにしているから、ここまで拡大でき、DeFiが作られてきた。

 NFT(非代替性トークン)のマーケットプレイスで最大なのはオープンシーで、北米生まれのものです。極めつきはノンバンクが発行したUSDC(USDコイン)とUSDT(テザー)。この2つの米ドルにリンクするステーブルコインが、世界の暗号資産取引ではなくてはならないものにまで肥大化しています。アメリカはここ数年で、堂々と社会実験を民間にさせて、トライ&エラーをした上で、Web3に向かってきた。目的がはっきりしているので、非常にシンプルですよね。

「アメリカがすごいなと思うのは、目的がはっきりしていること」と指摘する佐藤さん
「アメリカがすごいなと思うのは、目的がはっきりしていること」と指摘する佐藤さん
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千野 やっぱり国の考え方が根本的に違っていて、アメリカは常に新しいテクノロジーやイノベーションが国の成長に寄与してきたという確固たる経験と自信があると思うんです。国の経済が発展するためには新陳代謝が必要で、規制は基本的に原理原則、プリンシプルベースです。

 日本は新しい技術が出てきたときに、まず先行事例を探すんですね。暗号資産の先行事例は何かと考えると、金融に近いなと。そこで金融商品取引法のフレームを使って、資金決済法に当て込み、仮想通貨交換業(現・暗号資産交換業)という業を作った。明確化はされたけれども、イノベーションに対しては国や政府が枠にはめてしまう。前例踏襲主義。そこが日本とアメリカのマーケットにすごく差が出てきた原因だと思います。

佐藤 とはいえ、Web3の時代、2030年の世界を考えると、主人公は今の子どもたちですよね。彼らの未来を真剣に考えるには、どうしたらいいんでしょう?

若者たちがWeb3の世界で活躍するには?

佐藤 未来の若者たちはWeb3で活躍できるのでしょうか。「国ガチャ」だと言う若い学生たちに「やりたいことは?」と聞くと、「お金をたくさんもうけるよりも安定したい」と。具体的な夢を抱いていない人たちが多くいるように思います。でも、これからWeb3に向かう上で、プロトコルの開発者になればものすごく活躍できるわけですよ。もっとそこに夢を抱かせるような政策があればいいのにな、と。

千野 おそらく政策論に行く前に、そもそもWeb3の新しい経済モデルについて、まだ十分に理解されていないのでは。まだまだ日本では、Web3は怪しい、仮想通貨もギャンブルや投資商材みたいなイメージです。

 ただ、Web3は個人の自由、分散型という世界観ですから、基本的に誰も守ってくれないのも事実です。会社に入ったら、「先輩がOJT(職場内訓練)で手取り足取り教えてくれます」みたいな世界ではないです。弱肉強食にもなりかねない。そんな中でITリテラシーが低いと犯罪に巻き込まれたり、お金をだまし取られたりする危険性もあります。そこをどうするか、特に若者世代をWeb3的な人材にどのように育て上げるかは、非常に重い課題ですね。

 今の日本では、小4くらいになると塾に通って中学受験して、中高一貫校に入学して大学受験をして、一流企業に入るというルートが親の中にはあります。でも、これはまさに、Web3ではない人材をどんどんつくろうとしているわけですよね。かくいう私も子どもは塾に行かせて、中高一貫校に入れたというオチもあるのですが(笑)。保護者としては難しい問題です。

佐藤 Web3になるとそれぞれのプロトコル、ダップス、思想、ビジョンが多様化し、若い人たちは自由に選択できるようになります。やはり教育システム上、多様性やユニークさを互いにリスペクトできる社会をつくらないといけませんね。万人に受ける1つのテンプレートの上に乗ってしまう人は、なかなか選択できないですよね。

 これからWeb3のなかで基盤となるブロックチェーンは、そもそもクロスボーダーじゃないですか。国境を越えたそれぞれのプロトコルに入っていって、思想や考えに同意して、クロスボーダーに稼ぐ。ただ、生身の人間として日本で暮らしている以上、日本に税金は納めないといけない。Web3を1つの大きな経済というエコシステムで考えるのであれば、日本はまず税制を再検討して、改正できるのであれば一刻も早く進めるべきだと思います。

千野 ええ。Web3のDAOは従来の多国籍企業やグローバル企業と言われたものを超えた存在だと思うんですね。要は、多国籍企業は国籍が前提となっていますが、DAOでは国籍は関係なく、ただインターネット上に存在する組織。

 ただし、DAOで働いたとしても、やはり生身の人間である以上、どこかに住んで生活をしなきゃいけない。その点、日本は住みやすいし、比較的安全だし、観光資源も豊かで、おいしい料理とお酒もある。僕は日本に住んでもいいと思う。問題は、日本の社会の閉鎖性と多様性のなさ、言語の問題、税金に尽きるんじゃないかなと思います。

佐藤 1周回って、どうして日本に住んでいるんだろうと考えると、住み心地がとても良いからです。水は蛇口をひねれば飲めるし、食事もとてもおいしいですしね。例えば、発想の転換で、「こんなに素晴らしい国なんですよ」というところを強みに、新しいビジョンとその目的を明らかにして、ジャパンオリジンのトークンエコノミーをつくったら、案外ズドンとはまるかもしれない。ひょっとしたら、まだまだ日本はいけるんじゃないかなと。

「課題に今取り組めば、ひょっとしたら、まだ日本はいけるのではないか」と語り合う佐藤さん(左)と千野さん
「課題に今取り組めば、ひょっとしたら、まだ日本はいけるのではないか」と語り合う佐藤さん(左)と千野さん
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文/三浦香代子 構成/雨宮百子(日経BOOKプラス編集部) 写真/小野さやか

出遅れた我々に、復活の道はあるのか?

DAO(分散型自律組織)、NFT(非代替性トークン)、ステーブルコインほか、仮想通貨とWeb3をめぐる最新の動向を解説。米大手暗号資産取引所の日本代表だから語れる、金融とITの未来!

千野剛司(著)/日本経済新聞出版/1980円(税込み)