先人たちが築き上げてきた「居心地がいい国・日本」。安泰な暮らしに慣れ切ってしまった先にあるものは、絶望なのか。激動の世の中を生き延びるために必要なことについて、コインデスク・ジャパン編集長の佐藤茂さんと、書籍『 仮想通貨とWeb3.0革命 』(日本経済新聞出版)の著者、千野剛司さんが語り合いました。本書から抜粋、再構成してお届けします。
同調圧力から抜け出す努力を
前々回「 Web3.0が迫る分散型社会 日本の難題をどう乗り越えるか 」や前回「 Web3.0 日本はなぜコンテンツをお金に変える力が弱いのか 」で、Web3の世界は分散型の社会が必要だとうかがいました。ただ、中央集権的な今の企業や社会を変えるのは簡単ではないように思います。どうすればいいのでしょうか。
千野剛司さん(以下、千野) 難しいですね。たぶん、ゼロから何かを生み出すことは基本的に無理です。例えば、今新たに様々なプロジェクトをやっている人たちも、中央集権的なところで教育を受け、中央集権的な企業で働いてきた人たちだと思うんですよ。
だから、それをすぐさまやめろとか否定するつもりはありません。ただ、多様性に対する許容度というか感受性を高めないと、新しい発想が出てこないんじゃないかな。同調圧力から抜け出す努力をしないといけないですね。
佐藤茂さん(以下、佐藤) これだけ社会インフラが整っている国を先人たちが一生懸命つくってきたわけですよね。やっぱり居心地がいいですよ。年金はもらえるし、健康保険は原則として自己負担3割で高度な医療を受けられる。そういう国で何十年も安泰な暮らしを謳歌(おうか)してしまうと、新しい世界を考えるっていう発想がなくなりますよね。
アメリカは、多様化された文化の中で収入格差が広がった。他にもたくさんの社会課題があったからこそ、「チャレンジしなくてはならない」という発想が出てきました。少し精神論的な話ではありますが、日本で果たしてチャレンジ・スピリットは強くなってきているのでしょうか。
千野 やっぱり多様性(ダイバーシティ)を身に付けることが最重要課題だと思います。多様な知識や思考的な訓練も重要ですが、圧倒的に日本で欠けているのは多様性に対する感度。いろいろなバックグラウンドを持っている人と触れ合わないと、なかなか身に付かないと思うんですね。それもオンラインではなく、リアルに衣食住を共にするとか肌感覚で分かる機会が少ない。
アメリカは移民の国ですし、多様性しかない。インドも100㎞ごとに違う国みたいで、言語も無数にある集合国家です。ここも生まれながらにして多様性の国なので、インド系の人が国際社会で活躍していますよね。ダイバーシティマネジメントとか、いろいろな違う文化の人をまとめ上げることに長(た)けているからだと思います。
日本はここ10年、20年で人口の構成が変わるとは思えないので、あえて国外に出て、自分とは異なるものを経験して、それを吸収しないとWeb3的な世の中にアダプトできない可能性はありますね。
佐藤 そうですね。日本の若い世代は、多様化したあらゆる文化の人たちと一緒に戯(たわむ)れる度胸を身に付けることが大事なのかもしれません。例えば、義務教育の9年間のなかで、わざとらしくない異国・異文化交流活動を徹底的に導入するとか。
日本人でWeb3の開発者もどんどん生まれてくるだろうし、マルチカルチュラルな人間ができ上がるのかなと思います。早く教育しないと手遅れになる。
千野 そうですね。本当にゆでガエルになってしまう。
没個性の人は生きづらくなる
佐藤 思想やビジョンがすごく明らかになっている社会は、ハマる人はハマるでしょうね。だけど、やっぱり受け身で生きていきたいと思う人だと厳しいかもしれないですね。
今までもいろんな格差はあったけれども、これからは教育、ITリテラシー、個性といった格差がさらに広がりそうですね。今後は個性が重要になり、没個性の人は生きづらくなるかもしれません。どうしたらいいんでしょうか。
千野 日本人は「国に頼る」という発想が好きですが、ある程度はそれをあきらめることですね。もう自分で何とかする。だって、今やツールは何でもあるわけです。インターネットを調べればいろんな知識が得られて、英語ができなくても英語を学ぶための無料コンテンツはいくらでもあるし、下手したら海外のビジネススクールの授業も無料で見られます。
日本の教育制度は明治時代から変わらなくて、何が目的かというと、文句を言わないで汗水たらして働く、会社の歯車を生産することが最終ゴールだと思うんです。とりあえず朝早く起きて、ちゃんと夜遅くまで働く。言われたことをテキパキこなして、より早く、より効果的に効率的に単純作業をこなしていく、そういう労働者を生産するのが今の教育制度の目的で、ずっと変わってないんですよ。
でも、それが機能していたのは高度成長期までで、バブルで崩壊してしまった。そこで経済システムが変わってきたにもかかわらず、つくり出される労働者は引き続き変わっていないから、やっぱり没個性。だから日本人は裏ではいろいろな表現ができるのに、オフィシャルな場では意見を言えなかったりするじゃないですか。
でも、Web3では、「○○さん、あなたはどういう人ですか。どんな貢献ができますか」と問われます。こう言われると、日本人はすごい困っちゃうんですよね。「○○会社の係長の○○です」みたいに、中央集権的な組織のなかでしか自分を位置づけられない。でも、Web3で求められるのは個人であって、組織ではない。
そして、今、日本でWeb3を担っているのも中央集権的な企業です。これもすごく問題です。要は新しいプレーヤーじゃないんですよ。彼らの原理原則は、既存の経済圏を囲い込みたいということ。何か新しいものが出てきても、結局は「○○ポイント」とか「○○トークン」と名前を変えているだけで何も変わらない。これはすごく残念ですね。
佐藤 自分のソウル(魂)に委ねて、自分を信じて生きればよいということかもしれませんね。同調圧力もいらない、空気も読まなくていい。
千野 「自分が行きたい道」となると、案外今の若い子たちは楽観的に好きなことをやっている人が昔より増えていますよね。そこはグッドサインかなと思います。若者には同調圧力を打破するメンタルを養ってほしいですね。
文/三浦香代子 構成/雨宮百子(日経BOOKプラス編集部) 写真/小野さやか
DAO(分散型自律組織)、NFT(非代替性トークン)、ステーブルコインほか、仮想通貨とWeb3をめぐる最新の動向を解説。米大手暗号資産取引所の日本代表だから語れる、金融とITの未来!
千野剛司(著)/日本経済新聞出版/1980円(税込み)