2024年8月、日経文庫は創刊70周年を迎えました。その長い歴史の中で、日経文庫は数々のロングセラーや経済・経営・ビジネス実務の名著を生み出しています。そこで、日経文庫の平井修一編集長と編集者が、さまざまなテーマでおすすめの日経文庫を解説。今回は、実務で法律を扱う人は「知らなかった」では済まされない、ビジネスパーソンに必要な法律知識が分かる7冊を紹介します。編集長と一緒に解説するのは、第一編集部の伊藤真理江。
日経文庫 平井修一編集長(以下、平井) 日経文庫70周年企画はこの10回目でいよいよ最後となりました。今回は、実務で法律を扱う人は「知らなかった」では済まされない、ビジネスパーソンに必要な法律知識が分かる7冊を紹介します。
法律分野は、会計や財務の分野と同じく分厚い「鈍器本」が多く、本の価格も高いのですが、日経文庫は、法改正に合わせて改訂したり、新刊を出したりして必要な知識をコンパクトにまとめています。しかも、日経文庫らしいお手頃価格。著者も優れた方ばかりなのが特長です。
伊藤真理江(以下、伊藤) 私は前職で法律関係の書籍を扱う出版社にいたのですが、当時から「日経文庫は著者陣が素晴らしい」と思っていました。法律家が読む専門書や法律の逐条解説を執筆される方、法改正にかかわる審議会の委員を務める方、実務の第一線で活躍される方が著者になっているので、とても信頼感がありますよね。
これぞ、会社法務入門の新版
『ビジネス常識としての法律 第4版』(堀龍兒、淵邊善彦著、日経文庫)
平井 1冊目は、第4版の『ビジネス常識としての法律』です。もともとこの本は『会社法務入門』という堀龍兒さんの単著でしたが、版を重ねるなかで、堀さんと淵邊さんの共著となり、タイトルを変え、ビジネスに関する法律を網羅する内容になりました。
堀さんは、大手商社の法務部門に勤務された企業法務の専門家として著名な方です。大手商社の役員を務めた後に、早稲田大学大学院法務研究科の教授などを務め、現在は、TMI総合法律事務所の顧問をしています。
もう1人の著者の淵邊善彦さんは弁護士で、西村眞田法律事務所(現・西村あさひ法律事務所)にいたときにその大手商社に1年間ぐらい務めることになり、そこで堀さんと出会ったそうです。
ちなみに淵邊さんは2011年の「日経ビジネス弁護士ランキング」の「M&A(合併・買収)・企業再編」で1位になるほどの実力者。西村眞田法律事務所やTMI総合法律事務所にいましたが、もともとベンチャー企業の支援に興味があったそうで、大手法律事務所などを経て現在は独立され、ベンチャーラボ法律事務所を開設しています。
伊藤 この本を読むと、企業法務のA to Zが分かります。企業法務とは「ビジネスにブレーキをかける存在ではいけない」「アクセルを踏むためのものだ」といったリーガルマインドにはじまり、具体的な訴訟対応などについても解説されています。法律の説明も丁寧ですし、必要な知識が一冊にギュッと詰まっていると思いました。
平井 ビジネスの実務に役立つ内容を盛り込んでいます。タイトルを変えて新版化した際に、三省堂書店有楽町店では「会社法務入門の改題新版です」とPOPをつくってくれました。
伊藤 法律書の読者は改訂版が出たら「必ず買う」という方が多いので、その訴求はとても親切ですね。
ロングセラー本の最新版 初学者にも分かりやすい
平井 この本の初版は1991年。まだ会社法という正式名称の法律がなかった時代です。会社法は2006年の制定から改正が続き、直近では2019年12月に「株主総会に関する規律の見直し」と「取締役等に関する規律の見直し」が改正されました。この本も改訂を重ねて現在は第8版、ロングセラー本の最新版となります。
伊藤 この本は、商号、設立、株式……といった会社法の順番通りに構成されていないんです。「学生のAくんが起業した」などという、イメージしやすい場面から書かれていて、著者は「初学者のために分かりやすく」という視点を強く意識して書かれたのだなと感じました。
弁護士がブログで「勉強に最適」と紹介して大人気に
『ビジュアル 図でわかる会社法 第2版』(柴田和史著、日経文庫)
平井 こちらは、2021年施行の改正会社法に準拠した第2版の『ビジュアル 図でわかる会社法』です。会社法は全979条あり、以前、勉強していた方も新しい会社法は十分に理解できていないかもしれません。この本では、キーワードごとに分かりやすく解説し、図で直感的に理解できるようにしました。少しでも読みやすくするために「会社くん」というキャラクターも登場させて、説明しています。
伊藤 会社くん、「代表取締役に選ばれちゃった」とか話すシーンもありますね(笑)。会社くんの表情も楽しめそうです。
平井 そういえば、この本は、会社法分野で著名な弁護士の方が「会社法を勉強するのに適している」とブログで紹介してくれました。ビジュアル版は見開き2ページなので、「コピーを取ってノートに貼り、そこに授業で習ったことをどんどん書き込んでいくと勉強が進む」といった勉強法と併せて紹介されました。
伊藤 確かに。通読できる会社法のテキストと併せて使うと、効率よく勉強できそうですね。会社法も含めて法律上の手続きは場合分けや条件分けされているものも多いので、この本のようにフローチャートや図で見ていくと理解しやすいですね。
難解な金融商品取引法がコンパクトにまとまっている
平井 著者の黒沼悦郎さんは、金融商品取引法や会社法の世界では非常に有力な学者です。金融商品取引法は、コーポレートガバナンス・コードの改訂やESG(環境・社会・ガバナンス)開示、ロボアドバイザーなど、さまざまな新しいテーマが関係しています。この本を読むと、「なるほど、だから法律的な裏付けが必要なのか」と理解が深まると思います。
伊藤 金融商品取引法は、とにかく難しいんですよね……。「初心者向け」といえども、かなり難しい内容の本も多く見かけます。そもそも金融商品取引法は全体像をつかむのが大変なのですが、この本はよくこれだけコンパクトな新書判でまとめたなと感動しました。著者の黒沼さんは法制審議会や金融審議会の委員も歴任された方ですね。素晴らしい著者のもとで実現できた本だなと思います。
平井 第8版まで出ていますから、日経文庫とはずっとお付き合いいただいていますね。
伊藤 2024年から弁護士登録もされましたね。この本の行間からも、黒沼さん自身が理論と実務の双方に対して関心が高いことが伝わってきます。
取締役は「知らなかったでは済まされない」
平井 著者の中島茂さんは、弁護士として企業のリスク管理などで豊富な実績があり、「日経ビジネス弁護士ランキング」で上位にランキング入りしてきた方です。「取締役」というと、ひと昔前は、社員にとって「出世の最終形」という憧れがあったかもしれません。しかし、実は取締役になると、一般社員とは法律的な義務がまったく違ってきます。まさに「知らなかったでは済まされない」のです。
この本では2021年施行の改正会社法の内容を踏まえて改訂し、取締役の報酬規定の変更、役員のための保険のルール整備、社外取締役の役割やサステナビリティの視点をどう入れていくかについても説明しています。
伊藤 取締役には善管注意義務があり、それを怠って何か会社で問題があったときには個人で賠償責任を負わないといけないのが一般社員との大きな違いですね。この本では、実際の訴訟事例もたくさん紹介されていて、分かりやすかったです。文章もやわらかく読みやすいので、読み物としても楽しめそうです。
平井 中島さんは2025年1月に『 会社と株主の世界史 ビジネス判断力を磨く「超・会社法」講義 』という単行本を出版するんです。こちらも、企業法務一筋45年という中島さんのエッセンスが詰まった本です。
宅建を受験する人にも役立つ
平井 日経文庫には何冊か不動産関連の本がありますが、この本は手軽に制度の仕組みや法改正について学べます。不動産の契約フォーマットが縦書きから横書きに変わったり、東日本大震災後にマンション建て替えの法制度が変更されたりしたことについても具体的に書かれています。
伊藤 この本は、実際に不動産業の実務で知識が必要な方はもちろん、これから宅地建物取引主任者の試験を受ける方も使えそうです。
各章の冒頭に「Aさんは土地付き戸建ての購入を考えています。契約の締結とはどのようなものでしょうか」といった事例式の導入があり、学ぶポイントが整理されているので頭に入りやすいと思います。「抵当権」とか、日常でもよく聞くけれど、実際には説明しづらい法律用語を理解するのにも役立ちますね。
2021年の法改正に合わせ、第一人者が解説
平井 著者の岡村久道さんは、内閣府、内閣サイバーセキュリティセンターなどで各種委員を歴任してきた個人情報保護法の第一人者。2021年にデジタル改革関連法の一環で改正された個人情報保護法について解説しています。
いわゆるビッグデータで多くの個人情報が集められるようになりましたが、それを一律に規制してしまうと、さまざまなビジネス活用や研究などが進まなくなる可能性もありますよね。2021年にはそうした点も含めて改正されました。
伊藤 法改正は2020年にもありましたよね。
平井 そうなんです。第5版は2020年、2021年と立て続けにあった法改正に対応しています。
伊藤 法律の主旨や改正の経緯も含め、個人情報保護法に精通した著者だからこそ、とてもスピーディーに分かりやすい書籍を刊行できたんですね。
文/三浦香代子 構成・写真/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)










