「LTV(ライフタイムバリュー=顧客生涯価値)」を正しく理解し、適切にマーケティング戦略に組み入れている企業は想像以上に少ない。本連載ではWACUL・垣内勇威氏の新刊『 LTVの罠 』(日経BP)から一部抜粋し、LTVを損なうボトルネックとその解消法について解説する。今回はLTV向上に向けたアプローチとして、カスタマージャーニーの改造方法と、LTVボトルネック解消のためのフレームワーク「MAST」について。[日経クロストレンド 2023年7月14日付の記事を転載]
“廃虚”にまっしぐら! カスタマージャーニーをねじ曲げる施策
前回、カスタマージャーニーの中で顧客との関係を途切れさせている、部分的な障害点である「LTVボトルネック」を紹介しました。企業のマーケターは、このボトルネックを解消することでLTVの向上が図れます。
▼前回はこちら 第2回 費用対効果ばかり追求する「CPAモンスター」になっていないかさて、「LTV向上」というテーマに取り組む場合、顧客との接点上に生じた様々なボトルネックを解消しようとする部分改善アプローチは、実は“異端”と言っても過言ではありません。一般的にLTV向上のミッションを担った人は、カスタマージャーニーの「部分改善」ではなく、「全体改造」をもくろむからです。
確かにカスタマージャーニー全体を一発で改造してLTVを向上できるなら、それほど楽なことはありません。ただし、カスタマージャーニーを全体改造しようとする施策は、非常に高い確率で失敗することを歴史が証明しています。失敗する最大の原因は、顧客の気持ちをないがしろにして「カスタマージャーニーをねじ曲げよう」としている企業側の傲慢さにあります。
まず大前提として、顧客側に主導権のあるカスタマージャーニーを、企業側が操作するのは極めて困難です。企業にできることは、顧客視点での障害を突き止め、顧客にもメリットのある形でカスタマージャーニーを微修正する「ボトルネック解消」だけです。
カスタマージャーニーの微修正は、かなり“地味”な仕事です。例えば、前回紹介したようなプロ野球球団のWebサイトの場合、球場へのアクセス方法を示した「初心者向けのページ」を1枚追加しても、社内からの評価はぱっとしないでしょう。この追加したページが、いかにカスタマージャーニーにおいて重要な位置付けかを熱心に説明し、KPI(重要業績評価指標)がどの程度改善したかまで社内に説明できなければ、評価にはつながりません。
企業の担当者からすれば、成否はともかくとして「やった感」のある派手な施策のほうが、自分の成果としてうたいやすく、出世にもつながります。こうした企業担当者の虚栄心によって、一見派手なアプリ・メディア・会員プログラム開発、ツール導入、ブランド刷新などのプロジェクトが猛烈な勢いで誕生してしまうのです。これらの施策でカスタマージャーニーをねじ曲げることは当然かなわず、顧客から見向きもされない“廃虚”になります。その担当者が出世した後、数年たってから静かにクローズされるだけのむなしい存在なのです。
妄想を抱かず、「ボトルネックの解消」に注力すべき
もし、あなたがカスタマージャーニーを本気でねじ曲げたいと思うなら、非常に大掛かりな仕掛けが必要です。
例えば、アプリで顧客を囲い込みたいと願うなら、顧客が毎日使いたいと思うアプリを作らなければなりません。皆さんもスマートフォンのホーム画面を開けば分かるかと思いますが、最初のページに自社アプリが割って入るのは至難の業でしょう。私のスマホのホーム画面に入ろうと思うなら、LINE、Gmail、日本経済新聞、Twitter、Slackなどと並ぶくらい頻繁に使われなければなりません。
本気でそのようなアプリを作るのであれば、とてつもないコストと時間を要します。まして自社の本業でもない領域でアプリを作ろうとするならば、それは極めて困難な道のりになります。使い勝手に優れたアプリで知られる中国の「平安保険」の成功事例をちらっと見ただけで、自社でも同じようなことができると思ったら大間違いです。
平安保険は、生命保険を売るために国民の大半が使う無料医療相談アプリを提供して成功を収めました。しかし、そんな国民の大半が使うような「無料医療相談アプリ」を作ることができる日本企業が、いったい何社あるでしょうか。あなたが時価総額トップ10に入っている会社の社長でもない限り、まずは現実を見つめ直してください。
99%の企業は、カスタマージャーニーをねじ曲げようだなんて、そんな大それた野望は抱かず、カスタマージャーニーの一部だけを改善する「ボトルネックの解消」に集中すべきです。
繰り返しになりますが、LTVボトルネックを解消するアプローチは、障害のある点だけに対応すればいいので、素早く低コストで改善できます。LTV改善という壮大なテーマに、コスパ良く対応できる唯一の方法なのです。
「MAST」に潜む罠、LTVを損ねる4つのボトルネック
新刊『LTVの罠』では、LTV向上のため「MAST(マスト)」と呼ぶ4つのボトルネックと、その解消に向けたフレームワークを提唱しています。「MAST」とは、Meet(出会う)、Attract(引き付ける)、Sense(検知する)、Trade(商売する)の頭文字で、それぞれの企業活動でボトルネックが発生します。MASTの詳細と各ボトルネックの具体的な解消法については本書をお読みいただければと思いますが、ここでは概要だけお伝えいたします。
「Meet(出会う)」のボトルネック
Meetのボトルネックは、顧客が商品やサービスに出会って認識してもらうまでの障壁の高さです。多くの顧客は、商品の購入を決めるまで企業にコンタクトしません。さらに言えば、購入した後でもその商品を認識していないケースがあります。企業は顧客が商品を買いたいと思う前に、認識してもらわなければなりません。今すぐ商品を買わない潜在顧客だったとしても、敷居を低くしてどんどん新しい出会いを増やしていく必要があります。
「Attract(引き付ける)」のボトルネック
Attractのボトルネックは、顧客に魅力を伝えきれていないことです。顧客にとって、あなたの商品やサービスはワンオブゼムに過ぎません。そのため、商品の特徴や魅力は顧客に全く伝わっていません。もし伝わったとしても、すぐに忘れ去られてしまいます。企業側が当然伝わっていると思っている商品の魅力を、顧客に正しく認識させるだけで、想像以上に顧客を魅了して引き付けることができるのです。逆に言えば、過剰なおもてなしは不要です。
「Sense(検知する)」のボトルネック
Senseのボトルネックは、顧客との接点が少な過ぎて、その顧客が今どのような状況になっているかが分からなくなることです。商品を買いに来たタイミングの顧客としか接点がない企業は、日常的に発生する顧客の変化に気が付きません。いつの間にか疎遠になってしまい、他社の商品を購入してしまいます。企業は顧客の変化を検知できる「有用なデータ」の取得に力を入れるべきです。そのためにはデジタルを活用し、顧客接点を「過剰化」しなければなりません。デジタルはセルフサービスチャネルのため、顧客接点を低コストで増やすことができます。
「Trade(商売する)」のボトルネック
Tradeのボトルネックは、営業すれば売れる顧客に対し、遠慮し過ぎて勝機を逃していることです。「営業=迷惑」という認識が強く根付いてしまっている企業では、顧客に対して受け身な態度を取り過ぎてしまいます。その結果、顧客は「あの人たち、何で営業してこないのかな?」と不審に思ったり、「本当は相談したいことがあったのに、聞きそびれてしまった」と逆に遠慮したりします。Attractで十分引き付けられているか、Senseでタイミングを検知した顧客には、遠慮せずに商品を売り込むべきです。既に取引のある顧客であれば、よほど迷惑な営業でもない限り拒絶されることはありません。
垣内勇威(著)、日経BP、2420円(税込み)


