マーケターなら自社の製品やブランドを末永く愛してもらい、顧客と良好かつ継続的な関係を築いて利益を最大限に高めたいもの。しかし「LTV(ライフタイムバリュー=顧客生涯価値)」を正しく理解し、適切にマーケティング戦略に組み入れている企業は想像以上に少ない。本連載ではWACUL・垣内勇威氏の新刊『 LTVの罠 』(日経BP)から一部抜粋し、LTVを損なうボトルネックとその解消法について解説する。今回は「LTVの成功事例」について。サブスクリプション(定額課金)に注目が集まっている現在、そんな事例などたくさんありそうですが、実はそうとも言い切れません。いったいなぜでしょうか。[日経クロストレンド 2023年7月20日付の記事を転載]
「継続率」を高めた事例が1つもないのはなぜ?
2023年4月時点、Google検索で「LTV 成功事例」と検索して出てくるのは、化粧品や健康食品の単品通販(サブスク通販)の事例ばかりです。サブスクリプション型ビジネスは、定期購入を前提としているため、LTVに意識が向きやすいビジネスです。定期購入ユーザーの「人数×単価×継続率」で売り上げが決まるため、自然に「継続率」を意識できます。この継続率が高ければ高いほど、新規獲得に使える宣伝コストも大きくなります。
しかし、LTVという概念はサブスクだけのものではありません。全てのビジネスにおいて、最も重視しなければならないことの1つです。本来「LTV 成功事例」と検索したときに、様々な業種の事例が出てこなければならないと、私は思っています。
さらに、サブスクリプション型ビジネス業界において、LTV向上の取り組みが進んでいるかといえば、別にそういうわけでもありません。「LTV 成功事例」と検索して出てくるサブスクリプション型ビジネスの成功事例を見ても、カスタマージャーニーを細かく点検し、ボトルネックを解決したという記事は見当たりません。検索して出てくる記事なので、非公開の情報もあるのでしょうが、顧客の状況を詳しく説明することはなく、「施策を打ったら成果が上がった」というものばかりです。
また「人数×単価×継続率」のうち、「継続率」を高めたという事例は1つもありません。人数を増やす「新規獲得」施策と、単価を増やす「クロスセル」施策は、いくつも事例がありましたが、これらは他業界でもよく見られる成功事例です。
実はサブスク型の健康食品や化粧品の「継続率」を伸ばすことは非常に困難です。顧客理解を深めると分かりますが、こうした定期購入商品が解約される最大の原因は、「使い忘れ」「飲み忘れ」で商品が「たまってしまう」ことです。家の片隅に、未開封の段ボールが重なっていくことで解約を招きます。
しかし、この「使い忘れ」「飲み忘れ」を解消するのも非常に困難です。コールセンターから解約防止のために電話すると、逆に「そういえばたまっていたので解約します」と言われてしまいます。飲み忘れ防止カレンダーを作って郵送しても、それをきっかけに商品がたまっていたことを思い出して、解約されてしまいます。
あまり良いことではありませんが、商品がたまった状態でも、解約を思い出されないように「何も連絡しない」ことが、継続率を高める最善手になり得ます。もちろん商品の魅力を高めることで、継続率を高める努力も続けるべきです。しかし「継続率」に効く特効薬は、これまで聞いたことがありません。このようにサブスクリプション型ビジネスでも、LTV向上のボトルネックを深く掘り下げて解決に向き合っているケースはまれなのです。
話をGoogleの検索結果に戻し、さらに下まで見ていくと、次に出てくるのは、CRM(顧客情報管理)ツールや、MA(マーケティングオートメーション)ツールの宣伝です。
確かにCRMやMAは、LTV向上に必要なツールです。顧客データを収集して、様々なシナリオを設計し、1to1コミュニケーションができれば、LTVが向上するという主張がなされています。
しかし具体的なLTVの成功事例を見てみると、やはり前述したサブスクリプションビジネスくらいしか出てきません。CRMやMAツールの成功事例といえば、メールマガジンの改善や、スコアリングによる営業改善などがほとんどで、LTVにまで言及したものは見たことがありません。
このようにLTV向上の成功事例は、Googleで検索しても見当たりませんし、Twitterのタイムラインを眺めていても見つかりません。LTVやCRM関連の書籍を読んでも、なかなか見つけることができません。業界の知人に聞いて回っても、成功事例を聞けることはほとんどありません。
LTVの「成功事例」とは何を指すのか
それではLTV向上の「成功事例」とは一体どういうものでしょうか? 最も分かりやすいのは、中長期での売り上げや利益が伸びるケースです。ただLTV向上施策は、長期的に顧客とのコミュニケーションを改善するものが多く、即座に売り上げや利益に反映されません。施策と成果の因果関係も分かりづらく、売り上げや利益で証明し尽くせないこともあるでしょう。
次に売り上げや利益につながるKPIが伸びるケースです。シンプルにLTVを分解すれば、「客単価×購入頻度×継続購入期間」なので、これらが伸びた場合も成功事例といえます。ただこの指標も扱いが難しく、特に「購入頻度」と「継続購入期間」は検証に時間がかかります。これを待っていると担当者が異動したり、転職したりしてしまいます。また成果が出ていないことの言い訳に、LTVを盾に結論を先延ばしすることも許されません。そうした場合、あえて期間を1年なり2年なりに区切ってしまい、売り上げや利益貢献を測ってみるといいでしょう。
私がお勧めするのが、新刊『LTVの罠』で提唱する「LTVボトルネック」を特定し、それが解消されたかどうかをKPIにして検証する方法です。連載の第2回で紹介したプロ野球球団の事例で「初心者は、球場に行く方法が分からない」というボトルネックが解消されたかどうかは、球場来場者へのアンケートで、初心者比率や不安解決率を計測すれば分かるでしょう。さらに公式サイトに新設した「初心者ガイドページ」がどの程度見られているかもKPIになり得ます。
ただしこれには「初心者は、球場に行く方法が分からない」というボトルネックが、カスタマージャーニーの中でも特に大きな障害になっていることを証明できていなければなりません。担当者の好みで課題を設定していては、重箱の隅をつつくような施策に傾倒してしまう可能性もあります。
LTVボトルネックの解消をKPIにするには、カスタマージャーニーの解像度を高め、対応するボトルネックの優先順位を決めなければなりません。それなりに手間はかかりますが、成功事例の証明としては十分でしょう。
成功事例がなかなか見つからない一方で、「LTV」という言葉は、サブスク型の企業以外でもよく使われています。サービスを提供するベンダーの提案書にもよく書かれていますし、広告主の企画書にもよく出てきます。
「LTV」という言葉が登場するシーンは、「顧客囲い込み」「顧客データ活用」「ブランディング」などです。こうした施策の提案書や企画書には、夢いっぱいの“妄想”が膨らんでいます。しかし成功事例として、世に公開されることは極めてまれです。実態としては、取り組んではみたものの成果が見いだせず、静かに幻滅され、葬り去られているのです。このような失敗事例から学び、同じ過ちを繰り返さないようにすることが何より大切なのです。
次回はこうしたLTV向上をもくろむ企業側の“妄想”と、その結果生まれた施策の悲惨な末路について解説します。
垣内勇威(著)、日経BP、2420円(税込み)


