マーケターなら自社の製品やブランドを末永く愛してもらい、顧客と良好かつ継続的な関係を築いて利益を最大限に高めたいもの。しかし「LTV(ライフタイムバリュー=顧客生涯価値)」を正しく理解し、適切にマーケティング戦略に組み入れている企業は想像以上に少ない。本連載ではWACUL・垣内勇威氏の新刊『 LTVの罠 』(日経BP)から一部抜粋し、LTVを損なうボトルネックとその解消法について解説する。今回は企業が大好きで、しかも失敗しがちな4種類の「顧客の囲い込み」施策ついて。その名もズバリ「妄想四天王」。その中から「会員プログラム」と「会員アプリ」の2つを解説する。[日経クロストレンド 2023年7月24日付の記事を転載]

企業は数々の施策で消費者を囲い込もうとしているが、失敗を招くケースが多い (画像/Gabi Wolf、Shutterstock.com)
企業は数々の施策で消費者を囲い込もうとしているが、失敗を招くケースが多い (画像/Gabi Wolf、Shutterstock.com)
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▼前回はこちら 「LTVの成功事例」はサブスクの事例とツールの宣伝ばかり

あなたは何かに「囲い込まれて」ますか?

 LTV向上施策において、まず紹介する失敗パターンは「顧客の囲い込み」です。企業担当者は顧客が他社サービスに流れないように、自社との接点を増やそうとします。そもそも私は「顧客を囲い込む」という表現に強烈な違和感を覚えます。自分の人生を振り返って、どこかの企業に囲い込まれていたことがあるでしょうか? 

 大学時代の知人に、人生の全てをかけて男性アイドルグループの追っかけをしている人ならいました。全国ツアーがあるときは、文字通り全国を飛び回り、ほぼ全ての公演に通っていました。当然、飛行機代だけでもかなりの出費になりますし、ましてスケジュールを合わせるのも至難の業です。決して大富豪の子息というわけでもなく、アルバイトだけでそのお金を捻出していました。まさに人生の全てを、その男性アイドルグループに“囲い込まれていた”といえるでしょう。

 人生を囲い込まれるレベルでなくても、ある特定の分野で囲い込まれていればよいとすれば、私はGoogleの検索とGmail、AppleのiPhone、AmazonのECサイト、スターアライアンスのマイレージなどには、ギリギリ囲い込まれているかもしれません。しかし、それ以外の企業に囲い込まれているという認識は持っていません。特定の企業に絞らず、好きなときに、好きなだけ、色々な企業の商品・サービスを使います。

 これは私に限った話ではなく、私が顧客調査をしてきた被験者たちも同じですし、読者の皆さまも同じでしょう。顧客調査の被験者で、楽天経済圏に囲い込まれていて、Amazonで見つけた本を、わざわざ楽天ブックスで探し直して買うという行動を見たことがあります。これはかなり強い囲い込みの事例ですが、“楽天経済圏”という大規模なプラットフォーマーでなければできないことです。つまり顧客を囲い込むことは、極めてロイヤルティーの高いファンビジネスや、大規模なプラットフォーマーでもなければ、そもそも不可能なのです。

 冷静に考えれば、顧客の囲い込みなど、一般的な企業には到底できないことに気が付きます。しかし世の中の多くの企業は、なぜか定期的に「囲い込み」系の施策に手を染めます。典型例は「会員プログラム」「会員アプリ」「サブスク」「メディア」といった“妄想四天王”です。

 これら「四天王」がはびこる理由は、サービスを提供するベンダーにとってもうかるビジネスにつながるからです。一方で、私が推奨するLTVボトルネックの解消は、決してベンダーがもうかる話ではないので、普段は日の目を見ません。

 それでは、企業が大好きな「妄想四天王」施策について解説していきましょう。

23年7月20日発売、垣内氏の新刊『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』
23年7月20日発売、垣内氏の新刊『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』

妄想四天王その1 「会員プログラム」

 まず「会員プログラム」ですが、別名「ロイヤルティープログラム」や「ポイントプログラム」とも呼ばれます。連載の第1回でも、安易な会員プログラムがいかに傲慢で、なぜ失敗するのかを書きました。端的に言えば、わずかなポイントやクーポン、または「ゴールド会員」などの称号をもらっても、顧客は全然喜ばず、囲い込むことはできないということです。

 会員登録の手間がそれほどなさそうなら、ポイントやクーポンを手に入れるために、会員になってくれるユーザーはいます。しかし「他のサービスに浮気せずに、このポイントをため続けたい」と思ってもらうまでには大きな壁があります。通常は、初回購入でたまったポイントを使って終わりか、忘れ去られていつのまにかポイントが失効します。

 私の会社が実施した顧客調査から分かったことですが、ため続けたいポイントとは「高頻度で使えるポイント」でした。「よくたまる」よりも、「よく使える」ポイントのほうが、ためたいと思えるのです。「よく使える」ということは、ポイントを交換できる商品の質が良いか、数が多いということです。利用者数の多い「楽天ポイント」は交換できる商品の数が多いですし、「飛行機のマイル」は交換できる商品の質が高いといえるでしょう。

 一般的な企業が提供するポイントプログラムは、自社商品としかポイントを交換できないものがほとんどです。これでは、ポイントを交換したいと思う頻度はさほど上がらないでしょう。どうあがいても楽天ポイントのように、様々な商品に使えるプラットフォーマーのポイントには勝てません。

 もしあなたのブランドが、顧客の生活に入り込めていて、購入頻度が極めて高いか、商品の魅力が非常に高ければ、ポイントを使いたいと思う頻度は上がるでしょう。例えば、ホテルのポイントプログラムでは、高頻度で宿に泊まる習慣がある顧客はポイントをためたいと思っています。

 しかしそこまで顧客との距離が近いなら、会員プログラムなどなくても、LTVが高い状態を維持できていることがほとんどです。ポイントはただの値引きになってしまい、利益を圧迫するだけです。実際、上記のホテルのポイントをためているユーザーたちは、「立地が良い」「天然温泉」「朝食ビュッフェの品数が多い」などが理由でリピートしていました。ポイントはよく使う宿だから、意識的にためているだけなのです。

 「会員プログラム」はポイントによる囲い込みの他に、グループ企業内でのクロスセルを狙うのに使われることがあります。例えば不動産ビジネスなら、グループ企業が提供する住宅、ホテル、商業施設、鉄道などのクロスセルを狙い、自社の経済圏でお金を落としてもらおうとする施策です。特に購入金額の大きいロイヤル顧客に絞って、グループ企業のサービスの優待を付与するような施策が一般的です。

 しかしこうした施策も妄想に終わるケースがほとんどです。そもそも特定のサービスを使っていても、グループ企業のサービスまで使いたいとは思いません。あるグループのホテルを使っているからといって、そのグループの商業施設で買い物をしたいとは思いません。さらに言えば、そのホテルと商業施設が同じグループ企業に属していることすら知られていないこともよくあります。

 ある不動産グループでは、グループ企業共通のポイントプログラムがありました。ホテルでためたポイントは、同じグループの商業施設でも使えます。しかしこのグループ企業の調査で分かったことは、ホテルで初回の会員登録をしたユーザーは、ホテルでポイントをためて、ホテルでポイントを使っていました。他の商業施設や交通サービスでポイントを使うことはありません。逆に、商業施設で初回の会員登録をしたユーザーは、商業施設でポイントを使っており、他のホテルなどには使いません。グループ共通のポイントがあったとしても、普段使っているサービスでポイントをためて、普段使っているサービスでポイントを使うだけで、クロスユースが自然発生することはありません。

 クロスユースを起こすには、送客される側の事業についての顧客理解を深めなければなりません。商業施設をよく使っているユーザーに、新しくホテルを利用してもらいたいなら、どのような状況でどのように宿を探し、どのような特典をどのタイミングで提示すればよいかを解明しなければなりません。これはLTVのボトルネックを明らかにするアプローチと同じです。共通のポイントや特典があるだけで、勝手にクロスユースが起こることなどないのです。

妄想四天王その2 「会員アプリ」

 次に「会員アプリ」の失敗パターンを解説します。既にこの連載でも、アプリで顧客を囲い込むことの難しさは説明しました。スマホのホーム画面のLINE、Gmail、Twitterなどに匹敵するほど頻繁に使われるアプリを作れる企業はなかなかないはずです。

 しかし既存顧客向けに安易なアプリを作り、全く使ってもらえずに放置されるという“廃虚プロジェクト”をよく見かけます。特に「わが社の全てを詰め込んだアプリ」や「私のブランドの全てを詰め込んだアプリ」など「全部盛りのアプリ」を作ってしまうケースは最悪です。アプリをアーティストの自己表現の場か何かと勘違いしているのでしょうか?

 ある自動車保険会社で、既存顧客向けに手続きなど全てを盛り込んだアプリを作ろうとしていました。手続きは、住所変更、車両変更、事故連絡などです。しかしそのアプリの仮案を顧客調査にかけたところ、そこから手続きをしたいと思うユーザーは、全く現れませんでした。まず事故が起こった際は、アプリなど悠長に開いている状況にはなく、車の収納ボックスに入っている冊子から保険会社の電話番号を探してコールします。すぐに対応してほしいでしょうし、細かく手続きの流れなどをインタラクティブに確認したいのですから当然でしょう。

 また住所変更などの手続きは数年に1回しか起こらないイベントのため、それだけのためにアプリをインストールすることなどありません。もし過去にアプリを登録してあったとしても、数年に1回のタイミングでは忘れてしまっています。住所変更の場合は、まずWebサイトを訪れ、そのままWeb上で手続きするか、電話番号を見つけて問い合わせるユーザーが多いのです。

 企業側がアプリに全ての機能を盛り込んだとしても、顧客は自らの状況と照らし合わせて、最適な手段を選びます。アプリが使われるのは、アプリが最適な手段であるケースのみです。既存顧客向けにアプリを作る場合は、ユーザーが本当に使う機能にだけ、あえて小さく絞り込むべきです。そうすればアプリ内の動線がシンプルになり、使い勝手が良くなります。同時に開発と運用コストも下げることができます。

 ではアプリとはどのようなときに最適な手段になり得るのでしょうか? 正解は、端的に「頻度が高いタスク」を最短で達成したい場合だけ、アプリは最適な手段となり得ます。

 突然ですが、私のスマホのホーム画面には1ページに28個のアプリが表示できます。この最初のページに表示されるかどうかが重要となります。大ざっぱに言えば、スマホを用いてこなすタスクのうち、頻度の高さが28番目以内であれば、そのアプリが選ばれる可能性が出てくるというわけです。

 一般的な企業のアプリで、顧客が高頻度で使うのは「EC(電子商取引)」「店舗」「メディア」のいずれかであることがほとんどです。「EC」は毎日新着商品をチェックしたいと思えるくらい、ファンのユーザーしか使いません。「店舗」も高頻度でその店に通っているユーザーしか使わず、ポイントカードやクーポンチラシの代わりにしています。「メディア」は毎日新着情報をチェックしたいと思うヘビーユーザーしか使いません。

 このようにアプリのターゲットは、既にLTVの高いヘビーユーザーであることを認識しなければなりません。つまりアプリはヘビーユーザーにとっての顧客体験を高めたり、プッシュ通知によってさらに購買頻度を高めたりすることに貢献する顧客接点なのです。

 ヘビーユーザーであっても、利用頻度が低い業界の場合、アプリが使われないこともあります。例えば、宿泊施設などは利用される頻度が低いため、アプリも利用されづらい傾向があります。

 ホテル業界の顧客調査で「アパホテル」に年間数回泊まる被験者に話を聞いたところ、宿泊のたびにアプリをインストールし、チェックアウト後にアンインストールしていました。ホーム画面に余計なアプリを置いておきたくないため、泊まるときだけインストールするのだそうです。こうしたユーザーは決して珍しくなく、本当に頻繁に使うアプリだけを厳選しているのです。

 繰り返しになりますが会員アプリを作れば、顧客を囲い込めるというのは妄想です。企業都合でカスタマージャーニーをねじ曲げることはできません。アプリにできるのは、既にLTVの高い顧客でかつ、高頻度で利用するサービスにおいて、その体験をスムーズにすることだけです。

 次回は顧客の囲い込みにおける「妄想四天王」施策から、残りのその3「サブスク」と、その4「メディア」について詳しく解説しましょう。

企業視点の顧客囲い込みによって「LTV(顧客生涯価値)」を損ねてしまう失敗施策の数々。企業が陥りがちなLTVの「罠」を、3万7000サイトのデータ分析と4000人を超える顧客インタビューによって浮き彫りにしました。そこから導き出した独自フレームワーク「MAST」を基に、カスタマージャーニー上の顧客が逃げ出すボトルネックを解消します。マーケターや営業、顧客担当者に向けたLTV向上の実践ガイドです。

垣内勇威(著)、日経BP、2420円(税込み)