世界最大の小売業ウォルマートの創業者サム・ウォルトンは、人口5000人以下の小さな町を狙って出店しました。その狙いは何なのか? ウォルトンの自伝『 私のウォルマート商法 すべて小さく考えよ 』(渥美俊一、桜井多恵子監訳/講談社+α文庫)を、コーン・フェリー・ジャパン前会長の高野研一さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

なぜ大都市を避けたのか

 まず、あなたに質問を出しましょう。

普通の小売企業は人口の多い大都市に出店する傾向があります。しかし、ウォルマートは地方の小さな町に出店しました(連載第1回「 ウォルマート 世界最大の小売業に育てた創業者の決断とは? 」参照)。ビジネスの観点から、小さな町の魅力について考えてください。

 さて、あなたの答えはどうなったでしょうか。

 まず挙げられることは、小さな町には競合が入ってこないということです。同業大手のKマートは人口5万人以下、中堅のギブソンズですら人口1万人以下の町には出店しませんでした。ウォルマートは人口5000人以下の町を狙っていたので、競争がないばかりか、進出できる町は無数にありました。

 もちろん、小さなパイの中で利益をあげようとすると、圧倒的な集客力が求められます。そのために、エリアの市場構造を熟知する必要があります。また、徹底したコストダウンを可能にする事業構造の確立が重要になります。しかし、そこで利益をあげられる収益構造を確立できれば、大都市で楽なビジネスをしてきた競合企業を打ち負かすことも可能です。

 この「小さな町に出店する」というポジショニングは、その後のウォルマートの成功要因のひとつになりました。以下では、ウォルマートが小さな町で利益をあげるために、(1)いかにして市場構造を熟知して集客力を高めたか、(2)どのような事業構造によってローコストオペレーションを可能にしたかについて見ていくことにしましょう。

ウォルマートは人口5000人以下の町を狙って出店した(写真はイメージ)(写真/Shutterstock)
ウォルマートは人口5000人以下の町を狙って出店した(写真はイメージ)(写真/Shutterstock)
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人気商品に仕立てる秘訣

 ウォルトンは、まず集客力を高めるために、衛生・美容商品を低価格で買い取り、在庫リスクを取りました。これが初期のディスカウントストアの商品戦略です。ディスカウントストアの基本商品戦略は、歯磨き剤、マウスウォッシュ、頭痛薬、せっけん、シャンプーなどの必需品に仕入れ値ギリギリの安値をつけ、お客を集めることでした。こうした商品をお買い得品として新聞で広告し、店内に高く積み上げれば「本当に安い」と評判になります。その上で、他の商品で30%の利益を取るのです。

 このため、その時々の集客に役立つ売れ筋商品選びに頭を使うことになります。ある店長は当時をこう振り返っています。

「サムは私たちに、毎週レポートを提出させたが、それには必ず『一番の売れ筋』を書かなくてはならなかった。そうやって、売れる商品に注目することを教えた」


 ウォルトンは特定の商品を大量に仕入れて、人目を引くように演出するのが得意であり、楽しみにもしていました。普段の売り場に置いていてはあまり売れない商品が、見せ方を変えるだけで飛ぶように売れたのです。

 例えば、ある日オハイオ州のマレーという会社から、シーズンの終わりに芝刈り機を1台175ドルで売るつもりだが買わないか、という問い合わせがありました。ウォルマートで447ドルで売っていた商品です。そこで、ウォルトンは200台を買い取ることを即決しました。相手はびっくり仰天していたようですが、その芝刈り機を1列25台、8列にして店の前に並べると、一台残らず売り切れたそうです。

 また、大量のムーンパイ(チョコレート菓子)を、バニラ、チョコレート、キャラメル味などに分けて陳列すると、それがまた飛ぶように売れました。

 これこそ創業時からのウォルトンのやり方であり、集客のための成功要因でした。ジャパネットたかたの高田明前社長のようなマーケティング・センスを持っていたのでしょう。「自分の店には、よく目を見開いて観察し、重点販売の工夫さえすれば、爆発的に売れて大きな収益につながる商品がいっぱいある」ということをウォルトンは店長たちに教えました。こうした努力が、床面積当たりの売上高を劇的に伸ばしていったのです。

「常識」より「何が正しいか」にこだわる

 当時の地方の町では、ウォルマートへ行く以外にあまり娯楽がありませんでした。屋外に商品を山積みにして大売り出しをしたり、客寄せに駐車場でバンド演奏やミニ・サーカスをやったりすることがカーニバル的な雰囲気をつくり出し、多くの人々を集めたのです。「月夜の狂乱大セール」は、閉店時間後に始まり、夜中の12時まで続きました。その間、数分ごとに新しい特売品がアナウンスされたのです。

 娯楽が多くなった現在では、こうしたやり方はもはや過去のものとなりましたが、地方都市で育ったウォルマートは、地域の住人にワクワク感を提供することに何よりもエネルギーを注いだのです。

 ウォルトンの息子のロブは当時を思い起こしてこう語っています。

「土曜日のベントンビル中心街は、特別楽しい場所でした。父はいつも歩道に立ったり、時には道路に出て何かをやっており、いつも人だかりができていました。サンタクロースが来たり、パレードを見たのもその場所です。子供の私には、週末はサーカスの日かお祭りのようなもので、土曜日が大好きでした。私は歩道でポップコーンの係をしました。こうして商売に参加していたわけです」


 ウォルマートの集客に寄与したもうひとつの仕組みとして、全店長を集めて実施する、土曜日の早朝の「反省会」があります。この反省会が、実質的な仕入れ会議でもあり、営業企画会議にもなりました。

 反省会の目的は、全員に現状を知ってもらい、どこが間違っているかを認識してもらうことです。ウォルトン自身を含めて、大きなミスを犯した場合は、原因について全員で話し合い、どうやってミスを正すかを考えました。そうやって翌日にはまた前進していったのです。セブン-イレブンが毎月2回実施しているオペレーション・フィールド・カウンセラーの会議と似ています。ウォルトンは業界の「常識」にとらわれず、ソクラテスのように「何が正しいか」に徹底してこだわったのです。

 当初は土曜朝の時間を仕事に取られることに関して、ウォルトンの妻のヘレンはじめ、多くの人が反対したといいます。しかし、ウォルトンは小売業を職業として選んだからには、土曜日に働くのは当然であると考えました。多くの人が反対することが、実は成功要因になるということがビジネスの世界ではよくあります。これもそのひとつでしょう。

時代を10年先取りする

 次に、ローコストの事業構造を確立しようとしたときに、まず考えるのがスケールメリットの活用です。ところが、企業が成長するためには、様々な壁を乗り越えなければなりません。

 ウォルトンは、ウォルマートの店舗数が拡大していく過程で、それを管理するための技術を学ぶ必要があることに思い至りました。各店舗における商品回転率をリアルタイムに把握することができれば、資本を効果的にお金に換えることが可能になります。いつどんな商品を仕入れるか、売価はいくらにするか、どのくらい値引きするかなどをタイムリーに判断し実行できるからです。

 そこで、ウォルトンはIBMの学校に行き、ロジスティックのためのシステムについて学びました。1960年代半ばのことです。このタイミングが絶妙でした。ウォルトンはコンピュータ時代の到来を10年先取りすることができたのです。もしウォルトンの動きが遅ければ、他社がチェーンストアの世界において帝国を築いていたかもしれません。

 また、ウォルトンはローコスト・オペレーションを確立する上で、物流センターと物流システムの統合が必要であると考え、幹部を連れて、先進的な物流センターを導入した企業の見学に出かけました。その一方で、200万ドルも個人で借金を抱えていたウォルトンは、実際に投資するとなると急に慎重になりました。10万平方フィートの物流センターが必要だという現場に対して、ウォルトンは6万平方フィートに値切ろうとしたこともありました。こんなところでもディスカウント魂が発揮されたわけです。

 こうした資金制約の壁を克服するため、ウォルトンはウォルマートの株式を公開する可能性について真剣に考えるようになりました。そして、コロンビア大学のロー・スクールを卒業し、法律事務所で働いていた息子のロブを弁護士として雇うことにしました。また、投資家を集めては、競争のない小さな町に進出するウォルマートの出店戦略について話し、そこにどれほど大きなビジネス・チャンスがあるかを熱心に語りかけました。

 こうして上場を成功させ、資金制約から解放されると、ウォルマートはいよいよ積極的な出店戦略を推し進めるようになりました。多くのチェーンストアが年間5〜6店出店する程度だったのに対し、ウォルマートは年間50店も出店していったのです。

 大手の同業他社が、大都市のメトロポリタンエリアから他のメトロポリタンエリアへとジャンプしていくのに対して、ウォルマートはターゲットとしたエリアに集中出店し、飽和状態になるまでひとつの商圏を攻略してから、次のターゲットへカバーを広げるという戦略をとりました。そして、州から州へと地図を1枚ずつ塗り潰すように全国へ拡大していったのです。

 こうした出店戦略は、管理や物流の面でコストメリットがあっただけでなく、ウォルマートの認知度を高め、広告費を節約することにもつながりました。大規模なディスカウントストア出店のニュースは、田舎では口コミですぐに伝わったのです。それどころか、人々は自分の町にもウォルマートが来るのを待ち望むようになったといいます。

 ウォルトンは自ら小型飛行機を操縦して、店舗間を往復したり、空から出店に適した立地を探したりしました。まだグーグルアースなどない時代です。ここでもウォルマートは他社に10年先行していました。上空からは交通の流れ、町や市街の発展状況、競合店の場所まで確かめられるからです。そうやって、その市場に見合った出店候補地を買収していったのです。

『私のウォルマート商法』の名言
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