起業、楽天イーグルスの立ち上げ、ヤフーでPayPay立ち上げなど数々の事業を成功させてきた小澤隆生氏。スタートアップでも、大企業の新規事業立ち上げでも、投資家としても大きな成果を残してきた。その半生や事業のフレームワークを作家の北康利氏が新刊『 小澤隆生 起業の地図 』にまとめた。今回は発行記念の書き下ろし4回連載の3回目で、吉田松陰と起業家の共通点について紹介する。

『小澤隆生 起業の地図』に掲げた「おざーんの法則」は、稀代の起業家小澤隆生の生き方を見ていて(きっと彼はこれらを起業成功の法則としているんだろうな)と感じたものを筆者が18項目抽出したものだが、中でも小澤は「先人に学ぼう」「本を読み、人の話を聞こう」という法則を格別なものとしている。

 実際、小澤はよく本を読む。その愛読書の筆頭が司馬遼太郎の『 世に棲む日日 』(文春文庫)だ。先日も小澤は神職の装いに身を包み、山口県の松陰神社を公式参拝している。松下村塾の建物の中に入って宮司の話を聞き、松陰の手書きの遺書(『留魂録』)の実物や刀を見るなど、魂が震える体験をした。
 彼の松陰愛は筋金入りだ。

『世に棲む日日』の冒頭は、
――長州の人間のことを書きたいと思う。
 という文章から始まっている。
 吉田松陰と高杉晋作という、アドレナリン出しっぱなしの革命児の物語を、あえて静謐(せいひつ)で荘重(そうちょう)な書き出しで始める。それは国民作家司馬遼太郎のお家芸である。
 吉田松陰と高杉晋作に共通しているのは、現代の起業家にも必要な狂気と新奇性に対する猛烈な好奇心を持っていることだ。

静岡県下田市にある吉田松陰像(左) 写真:haruna23/stock.adobe.com
静岡県下田市にある吉田松陰像(左) 写真:haruna23/stock.adobe.com
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吉田松陰は国禁を破る革命家だった

 そもそも吉田松陰が最も愛した漢籍は『孟子』であり、彼はその中の「至誠而不動者未之有也」という一節を解説書『講孟箚記』の中で「至誠にして動かざる者は未だ之れ有らざるなり」と翻訳し、長州の若者の血を一気に沸騰させた。

 しかし『孟子』は易姓(えきせい)革命について記述された革命の書である。遣隋使、遣唐使の時代、『孟子』を積んだ船は海に沈むと言われたほどの禁忌の書なのだ。

 新時代にそぐわない古い体制なんてぶっ潰してしまえという革命家吉田松陰は、黒船が来ても他の者とは行動が違った。
 遠目に見物しているだけではなく、夜陰に紛れて小舟を近づけ、黒船に乗り込んでアメリカに渡航しようと試みた。鎖国下のわが国の国禁を犯そうとしたのだ。

 幸いにもその時は獄に下されただけで死罪にはならなかったが、こういうなめた行いをする人物を幕府は許さなかった。井伊直弼の安政の大獄でやり玉に挙がり、伝馬町牢屋敷に入れられた吉田松陰は刑場の露と消える。
 死を覚悟した彼は獄中で『留魂録(りゅうこんろく)』という遺書を書き残し、革命を後進に託した。

 そこにはこんな言葉が書かれている。
――死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし
 見事な狂気である。この彼の激しい檄は後輩たちの心を揺り動かし、明治維新という大業をなさしめた。

 だが狂気を維持していくのは難しい。
 この吉田松陰の熱によって一大革命拠点となった長州が、その後この国で最も多くの首相を輩出し、今や日本随一の保守王国となっているのは皮肉なことだ。
 現代の起業でも狂気は必要だ。それは不連続な成長を促していく。

 その狂気を大企業になっても維持するのは難しいが、楽天やヤフーはそうしたある種の狂気を維持している稀有(けう)な集団だろう。
 それはトップのキャラクターにもよるのだろうが、小澤隆生のような起業家を次々とM&A(合併・買収)で取り込んでいった成果である気がしてならない。

『小澤隆生 起業の地図』では、小澤は自分が起業した会社を最初は楽天に、楽天を退職後に起業した会社をヤフーに売却し、その都度、楽天とヤフーでも大活躍した。本書は起業の楽しさを語るだけでなく、スーパーサラリーマンとして大企業の中で歴史に残る事業を興す喜びにも触れている。

若手起業家に圧倒的に支持される小澤隆生。その生き方に困難を乗り越え、事業を成功させるフレームワークを学ぶ。白洲次郎、渋沢栄一、松下幸之助、稲盛和夫など偉人の伝記ベストセラー作家である著者が描く、小澤隆生氏の行動を追体験できる物語です。

北康利 著/日経BP/1870円(税込み)