行動経済学の世界的権威で、2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・H・セイラー米シカゴ大学経営大学院特別教授。人々により良い行動の選択を促すツール、「ナッジ」を提唱し、世界で行動経済学ブームを巻き起こした。書籍『 世界最高峰の経済学教室 』(広野彩子編著)から、相田みつを氏への共感、ナッジとは何か、ナッジの具体的な応用などについて語ったインタビューを2回にわたり掲載する。今回は前編(インタビューは2009年、21年に行った)。

相田みつを氏の言葉をモットーに

セイラー氏 日本に来て、すぐ相田みつを美術館を訪れた。もちろん初めての経験だ。彼の残した書の言葉は実に素晴らしく、心を打たれた。印象に残ったのは、“しあわせはいつもじぶんのこころがきめる”というフレーズと、“にんげんだもの”だ。行動経済学に通じるものがある。

 相田さんが存命だったら、きっと次の共著者になってもらった。本気だ。感動して、思わず「相田みつをTシャツ」まで買ってしまった。相田さんの人に対する洞察は、伝統的な経済学とは全く違う発想だ。今後は、私もこの『にんげんだもの』をモットーにしようと思う。講演でも、スライドで彼の言葉を引用させてもらった。

 セイラー氏の「みつを愛」はTシャツだけにとどまらなかった。書も購入して研究室のドアに張ったと後に話していた。では、相田みつを氏の言葉のどのような点が“行動経済学的”と感じたのだろうか。

セイラー氏 展示されていた書の言葉を見て、相田みつをさんは行動経済学者だったに違いない、とさえ思った。伝統的な経済学では、人は合理的で、常に最適な選択をすると仮定して理論を構築してきた。経済学に登場する「人」は、常に感情に振り回されず、とても抑制が利いて判断を間違えず、飲みすぎて二日酔いになることもない。

 だが、行動経済学が考える「人」は違う。感情に振り回されることもあるし、しょっちゅう判断を間違える。時には飲みすぎて二日酔いになる。人間には「心」があるのだから、仕方ない。まさに「にんげんだもの」だ。

 だから、伝統的な経済学が仮定する「人」はおそらく、人類ではないのだ。合理的で、頭が切れて、常に「効用」を「最大化」できる「エコン類」とでも言うべき、「人類」以外の別の生き物なのだ。相田みつをさんの詩は、行動経済学が想定する「人類」を、実にうまく表現している。

リチャード・H・セイラー氏(写真:陶山勉)
リチャード・H・セイラー氏(写真:陶山勉)
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リチャード・H・セイラー 米シカゴ大学経営大学院特別教授
1945年、米ニュージャージー州生まれ。1974年、米ロチェスター大学で経済学の博士号取得(Ph.D.)。米コーネル大学、米マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院などを経て1995年から現職。行動経済学の研究で2017年にノーベル経済学賞を受賞した。著書に『行動経済学の逆襲』(早川書房)、『セイラー教授の行動経済学入門』(ダイヤモンド社)、『NUDGE 実践 行動経済学 完全版』(日経BP)などがある。

「ナッジ」とは何か

 経済学が前提とする「エコン類」と人類の違いを明確にして、豊富な事例と共に行動経済学について分かりやすく書かれたキャス・サンスティーン氏との共著『Nudge(ナッジ)』(邦訳は『 NUDGE 実践 行動経済学 完全版 』遠藤真美訳/日経BP)。ナッジの意味についてセイラー氏の説明を直訳すると「ひじで軽くつつく」といったニュアンスであった。

セイラー氏 私たちの言うナッジとは、「選択アーキテクト(choice architect)」のする仕事を指している。

 「選択アーキテクト」とは、望ましい意思決定を促す方向に人を「ナッジ」するようなデザインや仕組みなどをつくる者のことである。セイラー氏はさらに具体的に説明する。

セイラー氏 では説明しよう。想像してほしい。例えば、シカゴ大学で私が働いているビルは、3階から5階までが広い吹き抜けの階段でつながっている。部屋から廊下に出れば、その気になれば各フロアの様子が分かるし、声だって聞こえる。薄暗い非常階段や密室状態のエレベーターを使わなくても、別のフロアの人に気軽に声をかけることもできる。フロアが違っても互いに近くにいるような感覚を持つことができ、話しかけやすい雰囲気なのだ。

 結果として互いにその吹き抜けの階段を上り下りすることになり、交流がより活発になる。これをわざと狙って設計した人がすなわち選択アーキテクトだ。そして、そう仕向ける吹き抜け階段の構造、すなわち「ナッジする仕組み」が「選択アーキテクチャー」だ。

 また、大学のカフェテリアでは、メニューをつくる人と、その料理をディスプレーする人が両方いる。メニューをどのような順番で見せ、どうやってなるべく健康に良いものをたくさん食べてもらうかを計画することが「ナッジする」ことだ。

 カフェテリアの陳列の順番が学生の食事の選択に影響を与えるとしよう。仮に最初と最後が選ばれやすいというならば、デザートをディスプレーの最初や最後に持ってきたりはしないだろう。この順番を決める人が「選択アーキテクト」で、順番が「選択アーキテクチャー」だ。学生が大学でバランスの良い食事をするためには、食事の内容を決める人だけでなく、ディスプレーする順番を決める人も重要なのだ。

 別の例も紹介しよう。シカゴ大学から我が家までの通勤途中の車道 Lake Shore Drive には、危険なカーブがある。そこで、カーブになると、幅が狭くなるように線が引いてある。走っている時にこれを見ると、自分がとてもスピードを出しているように錯覚し、思わず減速する。減速を強制しているわけではないのだが、安全のためそうするように誘導する。このデザインもナッジ、ということだ。もちろん、「スピード落とせ」などの警告も掲げてあるのだが、錯覚を見せる線が一番効果的だ。

 注意を促された本人に「管理されている」という感覚はなくても、実際はある程度管理されているというわけだ。これをセイラー氏は当時、「リバタリアン・パターナリズム」という言葉で表現した。

強制でも自由放任でもない第3の方法論

セイラー氏 リバタリアンは、われわれの文脈では「選択の余地を残す」といったニュアンスだ。パターナリズムは、もともとは親が温情的に子のやり方を選ぶ、という感じの意味で、ある意味選択を強制するニュアンスがあるが、われわれからすれば「手助け」の意味でしかない。ある程度手助けしながら自由にさせる。選択の余地を残したまま、なるべく望ましい方向へ誘導していくわけである。これがリバタリアン・パターナリズムの意味するところだ。

「料理長のお任せコース」のような感じ

 より良い意思決定に向けて、強制はしないが、そちらがより良い(一般的なリスクが少ない)と認識できるよう手助けするという意味である。セイラー氏らは論文発表後、数多くの批判にさらされたが、この意味は「ナッジ」そのもの。つまりナッジは、リバタリアン・パターナリズムの社会実装ツールなのである。

セイラー氏 決して強制はしない。子供に、体に良いから豆腐をたくさん食べさせたいと考えたとしよう。例えば豆腐に「ミッキーマウス豆腐」と名付けたら、子供は喜んで食べるかもしれない。相手が人類ではなくて「エコン類」だったら、豆腐がミッキーマウスだろうが何だろうが全く関係ない選択をするかもしれないが、人類が相手の場合はこういうシカケが実に効果的だ。何にせよ重要なのは、ふさわしい専門家を雇い、危険を避けるための適切な選択肢をつくり上げることだ。

 日本料理店には、「料理長のお任せコース」というのがあるだろう? あのような感じを想定してほしい。選ぶほうとしては、細かいところはよく分からないけれど、それでもなるべく自分で吟味して意思決定をしたい。だから、ひとまず専門家が知恵を絞っていくつかの選択肢を用意し、そこから選んでもらう。

 私は日本料理が好きなのだが、料理長のほうが私よりずっと日本料理について詳しいのは当たり前で、ある程度お任せしたほうが安心だ。その意味で、リバタリアン・パターナリズムに基づくやり方は「お任せコース」の提示にとてもよく似ている。

一番なくすべきは「自信過剰」バイアス

 政策への応用はすでに見られているナッジだが、ビジネスへの応用についてはどうだろうか。

セイラー氏 個人の意思決定に関わることだけでなく、企業戦略の意思決定においても、この考え方を取り入れると大変効果的だ。私はビジネススクールで企業経営における意思決定のあり方についても講義している。そこでは、どうして人は意思決定を間違えるのか、を教えている。一番重要なのは、自信過剰を取り除くことだと繰り返し教えるようにしている。そのための最大のアドバイスは、「(客観的な)予測をきっちり把握せよ」というものだ。

 例えば、シカゴ大学が優秀な教授を他大学から引っ張ってこようとしているとしよう。優秀な人だから当然、シカゴ大学だけではなくて米スタンフォード大学や米ハーバード大学、米ペンシルベニア大学ウォートン校といった名だたる学校からお声がかかっている。

 そこで同僚に、「あの教授がシカゴ大学を選んでくれる確率はどれくらいかね?」と聞くと、なぜか「8割方OKだ」と答える。「4校のトップスクールからオファーがあるのに、8割かい? 根拠は何なの」と聞くと、「うちが一番いい学校だからだ。それに面接でも、シカゴが一番好きだと言っていたからね」と言う。

 「じゃあ、君が求職中でスタンフォードからオファーが来たら、相手にどう言うの」とまた聞くと、「そりゃあ、もちろんスタンフォードが一番好きだと答えるね」と。

 つまりそういうものだと分かっているくせに、そんな理由だけで毎回、8割方大丈夫だと皆が自信を持ってしまう。自信過剰に陥っているわけだ。

 そして4分の1の確率でたまたまその人がシカゴに来れば、同僚たちの「自信過剰」が正当化されてしまう。だからそんな時に私は、「じゃあ賭けをしよう。君は8割だな。私は4分の1だ」と言ってみる。冷静な意見が提示されたところで、はっと自分のバイアスに気付くわけだ。

 このように、意思決定をする時には、自信過剰からくるバイアスを取り除くことが大変重要なのだ。ビジネススクールでも、「常に上司に対して違った意見を述べられるような環境づくりをすることが大切だ」と学生たちに助言している。実際、失敗した政治家や経営者は、おおむね過去に、こうした助言に耳を貸そうともしないタイプの人たちだった。

ナッジの政策への応用例

 次に、セイラー氏は、政策にナッジが応用された例をいくつか紹介した。確定拠出型貯蓄プランの加入の仕組みと、選択パターンの設計だ。プランで提供されている選択肢から選ぶか(オプトイン)、あるいは初期設定を加入にし、加入しない場合はあえて選ぶ仕様にするか(オプトアウト)だ。初期設定を自動加入にし、不要な場合にわざわざ書類を提出する方式に変更した結果、プランへの加入者が大幅に増え、90%を超えたケースもあったという。

 セイラー氏の工夫の1つは、「Save More Tomorrow(明日はもっと貯[た]めよう)」というキャッチフレーズを考えたことだったという。初めて実行されたのは1998年である。

セイラー氏 人が昇給するたびに、プラン加入に招待する。オプトアウト方式によってすぐに加入する人が増え、拠出率が高まり、貯蓄率が増えた。Save More Tomorrow のネーミングは、もっと将来について自己コントロールしてほしいことからつけた。このプランを最初に採用した企業では、年金資金への拠出率が3倍になった。今は全米中でこの仕組みが使われている。私は政策当局に、経済学者だけでなく心理学者の助言も聞くようにとアドバイスした。

 一般読者向けの本を書いたのは今回が初めてだったが、多くの国で翻訳されて、幸いに好評を博した。大変報われた感じがした。相田みつをさんがご存命だったら本当によかったのに、残念だ。

現代経済学のトップスターたちが語る、最先端の「知のワンダーランド」

ノーベル賞受賞経済学者からその有力候補者まで。『日経ビジネス』経済学担当記者が世界トップクラスの著名経済学者にインタビュー、併せて研究内容・背景を解説。現代経済の課題、その解決を目指す経済学の最前線の動向をビビッドに伝えます。

広野彩子編著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)