行動経済学の世界的権威で、2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・H・セイラー米シカゴ大学経営大学院特別教授。人々により良い行動の選択を促すツール、「ナッジ」を提唱し、世界で行動経済学ブームを巻き起こした。書籍『 世界最高峰の経済学教室 』(広野彩子編著)から、ナッジが受け入れられるまでの苦労、ナッジの正しい活用法とその注意点などについて語ったインタビューを掲載する。今回は後編(インタビューは2021年に行った)。

前編「 セイラー教授 『にんげんだもの』の行動経済学

「王様は裸だ」と叫び続けた

 近年は、政策やビジネスに生かせるツールとして行動経済学が一般社会で注目を浴びる一方、その科学としての妥当性に強く疑義を唱える動きも出てきた。

 セイラー氏は「人間は非合理的で、しばしば選択を誤るものだという考え方が経済学界で認められるまで40年かかった」と回顧。ナッジは善意に基づくべきだとの原則を強調した。

セイラー氏 私たちの基本的なアプローチは、人々がやりたいと思うことを、より簡単にできるよう仕組みを設計することにある。ナッジは、人々が自分たちの暮らしを良くする選択に導くよう、民間の組織や政府が取り組むべきことだ。

 伝統的な経済学では、「人間は合理的で、自分の利益を最大にするような選択や行動ができる」ことが前提とされてきた。セイラー氏は自らの論文や『実践 行動経済学』(現在は『 NUDGE 実践 行動経済学 完全版 』[遠藤真美訳/日経BP]が販売中)をはじめとする啓蒙書で、それに「ノー」を突きつけてきた。

セイラー氏 アンデルセン童話では、1人の少年だけが「王様は裸だ」と真実を語った。ほかのみんなは何も言わず、何も着ていない王様の服を称賛した。とても危険なことである。歴史上、人々が群集心理に従うことで、非常に悪い結果を招いたことはたくさんある。時には小さな子供が「ノー」と言い続けなければならない状況があるのだ。

 私は経済学界でまさに童話の少年のような存在だった。伝統的な経済学者が言う人間は、非常に合理的で感情に任せて判断したりせず、とても頭が良く、間違えないことが前提だった。それに対して私は「いや、人間は(不合理で感情的でよく間違える)ただの人間だ」と指摘し続けた。

 約40年前、私がそうした論文を書き始めた時、経済学者たちは私のことを頭がおかしくなったと思ったようで、実に不評だった。自分は童話の少年のようだとよく思った。もしかしたら自分のほうに問題があるのかと考えたりもした。

 ほかの全員が王様の服を褒めていたら、ひょっとして私だけ何か問題があるのだろうかと考えてしまうだろう。そうでなければ、自分以外の全員に何か問題があるのか、と。私たちの考えが認められるまでに、とても長い時間がかかった。

 だが40年の間に経済学はすっかり様変わりした。行動経済学の分野で仕事をしている若い経済学者がたくさんいる。真実を叫ぶ小さな少年が増えたのだ。とはいえ、ナッジは行動経済学がカバーする考え方のほんの一部である。現在世界中、何百もの国や都市で(ナッジの社会実装に取り組む)いわゆる「ナッジユニット」が活動している。あまりに多すぎて、それぞれが何をしているのか、私にはもはや把握しきれないくらいだ。

リチャード・H・セイラー氏(写真:陶山勉)
リチャード・H・セイラー氏(写真:陶山勉)
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リチャード・H・セイラー 米シカゴ大学経営大学院特別教授
1945年、米ニュージャージー州生まれ。1974年、米ロチェスター大学で経済学の博士号取得(Ph.D.)。米コーネル大学、米マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院などを経て1995年から現職。行動経済学の研究で2017年にノーベル経済学賞を受賞した。著書に『行動経済学の逆襲』(早川書房)、『セイラー教授の行動経済学入門』(ダイヤモンド社)、『NUDGE 実践 行動経済学 完全版』(日経BP)などがある。

 世界で最初のナッジユニットは、2010年に英国で設立された「行動インサイトチーム(BIT)」である。自動車税の支払い手続きを済ませた後に臓器ドナー(提供者)への参加登録を促し、ドナーを増やす取り組みであった。また、日本の環境省にも「日本版ナッジ・ユニット」がある。

 2022年11月にロンドンに出張し、英国のナッジユニットを訪問した。その後も大変うまくいっている様子だった。ナッジには「選択アーキテクト」、つまりナッジするためのツールをつくる設計者が必要だ。国にはそれぞれ固有の法律があり、立法府、行政府、裁判所の意思決定に基づく。誰が何をすべきかについて経済学者の意見を聞く者はまずいない。

ナッジは善意に基づくべきだ

セイラー氏 事前に危険があることを知らせておき、あとは好きにさせればよしとするのがナッジの考え方である。それは善意に基づくべきだ。もちろん、ナッジですべての問題を解決できるわけではない。時には厳しい制限を課さなければいけない政策課題もある。

 私たちは新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を経験したが、日本は米国よりはるかに厳しいルールに従っていた。どの国も(対処の仕方が)違っていたのだ。政府は自国でどのような政策が最善か決定するために存在している。どの政策がベストかは、いまだに分かっていない。

 (行動の自由と感染抑制には)トレードオフの関係がある。アジアの多くの地域では、人々の自由はより少ない代わり、病気にかかる人も亡くなる人も少なかったと思われる。しかし、適切なトレードオフが何かについては経済学者が決めることではない。大統領や首相はそれを決めるために選ばれるのである。

 ともかく私たちにできることは、政府がどのような政策を採用しても使えるツールをつくり、手助けをすることだけだ。事前に危険があることを知らせておき、あとは好きにさせればよしとするのがナッジだ。繰り返すが、それは善意に基づいているべきだ。

 昨今は企業も、ナッジをビジネスに活用できないか興味を持っている。いわば収益を目的とするナッジである。これは、現在のセイラー氏から見て好ましいことなのだろうか。

セイラー氏 今回、インタビューの時間を思い出すためのリマインダーを自分宛てに送ったが、これはセルフナッジだ。アシスタントもリマインダーを私に送信してくれた。ナッジが、まずはそうした個人の自己管理ツールとして使われるのが、私たちの望みだ。

 朝、時間通りに起きられるように目覚まし時計をセットする、クレジットカードの支払いを忘れないように、銀行口座からの自動引き落としを活用する-―。このように、私たちは多くを記憶する必要がない世界を望んでいる。

 ナッジをビジネスに応用しようとする動きは非常に活発だ。私の知る限りだが、米アマゾン・ドット・コムは約400人の経済学者(取材時)を抱え、利用者がウェブサイトにアクセスするたび、彼らがその行動データを使って実験している。稼ぐためであり、かつ、より良いサービスを提供するためでもある。

 そしてそのこと自体に問題はない。それによって良いサービスを提供できているからこそ、多くの消費者から支持されているわけだ。

 しかし私たちは、人の行動を変えるためのあらゆる努力を「ナッジ」と呼びたくはない。もしあるお店が、歯磨き粉や電化製品をもっとたくさん買ってもらう最適な方法を見つけるための実験をしたとしたら……それは「善意のナッジ」ではなく、「稼ぐためだけのナッジ」だ。しかも消費者の利益になるとは限らない。

 良いことではない目的にもナッジは使えてしまう。だから、私はいつも本にサインを求められると、「Nudge for good(善意のナッジを)」とサインすることにしている。

ブレグジットは悪い見本

 善意が、向けられた側にとってはありがた迷惑、あるいは大きな障害になるようなこともある。セイラー氏はそうした例の1つとして、2016年の国民投票において展開された、英国のEU(欧州連合)離脱における離脱派のキャンペーンを挙げる。

セイラー氏 たとえ本人は善意からであっても、それが良いナッジであるとは限らない。例えば、英国がEUから離脱したブレグジットという出来事があった。個人的には、あれは非常に悪い政治判断だったと思う。ブレグジットのキャンペーンを展開した人たちは、行動経済学に基づいたある言葉を思いつき、使った。「Take Back Control(主導権を取り戻せ)」だ。

 人は基本的に負けず嫌いで、失うことを嫌う。「取り戻す」という言葉を使うと、何かを失ったという意味になる。また人はコントロールすることが好きでもあるから、「Take Back Control」という3つの単語で伝えると、われわれは(EUのせいで)何かをコントロールする力を失ったので、政策変更でそれを取り戻そうという理解になる。

 ブレグジットのキャンペーンは実に非論理的だったと思う。ブレグジット以後、英国が以前より自己管理できるようになったわけではない。むしろEU加盟国のパスポートではなくなったため、(英国と欧州大陸を隔てる)海峡を渡った先で長い行列に並ばなければならなくなった。つまり悪気がなくても、このようなことは起こってしまう。

大きすぎる問題にナッジは向いていない

 ナッジをもっと大きな社会課題の解決に使うことはできないのだろうか。例えば、二酸化炭素(CO₂)の排出削減など地球環境の保護には、外交上の交渉や産業界の技術革新は当然として、人々の行動変容も促す必要があるだろう。ここにはナッジを使えないだろうか。

セイラー氏 気候変動問題をナッジだけで解決することはできない。問題が大きすぎる。気候変動対策で一番大事なのは、(炭素税の)額をきちんと設定することだ。世界中のすべての経済学者が、ある種のカーボンプライシングを課すべきだという意見でおおむね一致している。問題は、そう考えているのが経済学者だけだということだ。炭素税は政策としてきわめて不人気なのだ。

 米国では最近(2022年)、国民に電気自動車(EV)や太陽光発電などを奨励する法案がバイデン政権下で可決された。しかし補助金の話はあっても、税金については一切言及がなかった。燃料をたくさん使う車には税金をかけられるし、燃料を使わない車には補助金を出せる。しかし、片方(補助金)のほうがより政治的に実現可能性が高いからだ。

 炭素税の金額が適正である必要がある。大きな変化は、産業全体で起こさなければならない。消費者の行動変容も確かに重要だが、いまやどう発電し、どう物を動かしていくかが肝だ。製品や食料をどう輸送するのか。企業は料金に反応する。クリーンな方法より汚染する方法のほうにコストがかかるなら、企業も重い腰を上げるだろう。

 とはいえ、ナッジのようなやり方を使った政策を展開する余地はある。例えば、ピーク時に電気料金が高くなる設定にすることだ。米カリフォルニア州で猛暑が続き、電力会社が十分に供給できるかどうか心配になった時、地域の全員に「緊急事態です。サーモスタットの温度設定を上げ、エアコンの使用を控えましょう」というテキストメッセージを送ったところ、とてもうまくいった。

 あえて人々に注意喚起して「みんなが同じ不安定な状況にありますよ」と伝えたわけである。電気が止まるのは誰だって嫌なものだ。皆が数時間程度なら少し不愉快な思いをしてもいい、と言えたら一晩中停電することはなくなる。停電よりましである。

現代経済学のトップスターたちが語る、最先端の「知のワンダーランド」

ノーベル賞受賞経済学者からその有力候補者まで。『日経ビジネス』経済学担当記者が世界トップクラスの著名経済学者にインタビュー、併せて研究内容・背景を解説。現代経済の課題、その解決を目指す経済学の最前線の動向をビビッドに伝えます。

広野彩子編著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)