日経BOOKプラスは主要企業を対象にアンケートを実施し、経営者自身が感銘を受けた「座右の書」について聞いた。経営者はどのような書籍から学び、どのような視点を養ったのか。ビジネス書から歴史小説、科学・技術書、哲学書まで、多岐にわたるジャンルからの回答が寄せられた。今回は「経済・社会・技術など、経営マクロ環境を学ぶ本」を、主なコメントとともに紹介する。( アンケートの調査概要と回答者一覧はこちら ) 写真:buritora、Alfons/stock.adobe.com

経営者が経済・社会・技術など、経営マクロ環境を学ぶ本を読むのは、企業が「自社では変えられない外部要因」に強く左右されることを理解しているからだ。世の中の大きな変化の流れを体系的に捉えることで、単なるニュース対応ではなく、中長期の構造変化を前提に戦略を設計できる。また、トレンドが一過性か構造的かを見極める判断軸を持つことができ、自社の存在意義やビジネスモデルを継続的に問い直す視点も得られる。
三菱ガス化学・伊佐早禎則社長「新規事業の創出を考えていた時期に、付箋でいっぱいにして読んだ本」
『野生化するイノベーション 日本経済「失われた20年」を超える』清水洋著、新潮選書
三菱ガス化学の伊佐早禎則社長が選んだ一冊は、清水洋著『野生化するイノベーション 日本経済「失われた20年」を超える』だ。伊佐早社長は「著者は日本の経済停滞の原因を“イノベーション不足”と位置づけ、企業の硬直化や人材の流動性の低さが成長を阻害していると指摘しています。弊社の新規事業の創出の難しさを認識しました」という。
本書は、イノベーションをヒト・モノ・カネといった経営資源の流動性という観点から考え、経営学、経済学、歴史学での研究の知見を解説。「イノベーションが野生化する」というメタファーを使って、イノベーションやそれを支える新しいアイデアや技術が人間のコントロールを超えて、あたかも生きているようにビジネス・チャンスに向かって動き出していくという側面に光を当てている。
「研究所長として企業の研究・新規事業創出についていろいろ考えて、他社のインタビューとかを行っていた頃に読みました。付箋でいっぱいで、今も読み返すと懐かしいです」(伊佐早社長)
リョーサン菱洋HD・中村守孝社長「歴史をたどりながら、現代社会の事象と自分を見つめ直すことができる」
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出文庫
リョーサン菱洋ホールディングスの中村守孝社長が「歴史をたどりながら、現代社会で生じているさまざまな事象と、その渦中にある自分自身を見つめ直すきっかけを与えてくれる書籍」として選んだのが、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』。
ホモ・サピエンスはいかにして文明を築き、世界を制覇したのか。人類の誕生から狩猟採集社会、農業革命を経て、歴史の統一に至るまでを描き、新たな技術が人間の行動や社会をどう変えてきたかを学べる一冊だ。
「ハラリの視点は、近著『
NEXUS 情報の人類史
』(河出書房新社)にも通底しています。人類(ホモ・サピエンス)の歴史そのものや、人類が生み出し、やがて人間に取って代わる存在として語られるAIなどのテクノロジーを、『苦しみを取り除く』どころか、むしろ苦しみを増幅させてきたものとして捉える前提に立っています。その上で、幸福とは何か、生きる意味とは何かを問いかけてくれるのです」(中村社長)
KPPグループHD・坂田保之社長「世界の貧困を終わらせるという、強い意志とリーダーシップに感銘を受けた」
『貧困の終焉』ジェフリー・サックス著、ハヤカワ文庫
国際開発の第一人者ジェフリー・サックスが、貧困根絶への具体策を示した世界的ベストセラーが『貧困の終焉』だ。
KPPグループホールディングスの坂田保之社長はこう語る。「著者は経済学者として、多くの国のリーダーや財務相・保健相らと行動を共にし、地球の偽らざる実態を認識してきました。その経験を踏まえ、2025年までに貧困を終わらせるというリーダーシップが示されており、強く感銘を受けました」。
坂田社長が初めて本書を読んだのは、ジャカルタ勤務時代だ。「当時のインドネシアはアジア通貨危機からの復興途上にあり、汚職撲滅、テロとの戦い、初等教育の充実、開かれた市場による対内投資誘致を進めるなかで、貧困が目に見えて減少していました」。
そして「その後に赴任したインドでも同じ光景を目にし、この本に書かれていることが着実に現実化していると実感しました。一方で、活気にあふれ成長するアジアの若い国々と、当時沈滞していた日本との差を痛感せざるをえませんでした」と振り返る。
KPPグループHD・坂田保之社長「社会が自由を守り続けるには不断の努力が必要だと教えてくれる一冊」
『自由と国家 繁栄する国 衰退する国』ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン著、ハヤカワ文庫
KPPグループホールディングスの坂田社長が推すもう一冊は、2024年にノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグルとジェイムズ・A・ロビンソンによる『自由と国家 繁栄する国 衰退する国』(『自由の命運 国家、社会、そして狭い回廊』を改題)。世界的ベストセラー『国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源』の著者コンビによる作品だ。
本書は、自由と繁栄を維持できる国がなぜ少ないのかを「国家」の強さと社会の力のバランスから解き明かす。古代ギリシャ、建国期のアメリカ、現代中国やシリアなどを例に、国家権力が社会によって適切に制約される仕組みを築いた国だけが、自由と繁栄を保てると論じる。
坂田社長は「人間社会が自由をどう獲得し、または獲得できず、いかに容易に失ってしまうかを描いた本です。自由は実にはかなく、それを守り続けるには不断の努力が必要です」と語る。さらに「今、世界中で自由が失われかねない不安定な状態にあります。改めて本書を読み返し、脆弱な自由を守ることの難しさと、決してそれを放棄してはならないという思いを新たにしました」と振り返る。
マクセル・中村啓次社長「数ある組織力向上の提言において、非常に新鮮な内容の一冊」
『幸福学×経営学 次世代日本型組織が世界を変える』前野隆司、小森谷浩志、天外伺朗著、内外出版社
マクセルの中村啓次社長が「仕事上で様々な組織改革を求められていた時期と重なり、大変良い視座を与えてもらいました」と振り返る一冊が『幸福学×経営学 次世代日本型組織が世界を変える』(前野隆司、小森谷浩志、天外伺朗著)。「幸福学」を経営に生かし、社員の幸せと業績向上を両立させる新しい日本型経営の姿を、実例とともに示した書籍だ。
中村社長は「働き方改革では労働時間短縮やタイムマネジメントが中心となりがちななか、『組織の生産性は、従業員満足度よりも従業員幸福度と相関がある』という内容が新鮮でした」という。
「従業員満足度は、地位財(地位、モノ、カネ)といった周囲と比べられるものによる幸福に深く影響される一方、非地位財(自由、自主性、社会への帰属意識などの心的要因)による幸福度が高い社員は、創造性や仕事の効率が高く、結果として組織の生産性が上がるという内容は、数ある組織力向上の提言において非常に印象的でした」(中村社長)
住友生命保険・高田幸徳社長「企業としてだけでなく、社会全体のウェルビーイングに想いをはせられる」
『ウェルビーイング』前野隆司、前野マドカ著、日経文庫
住友生命保険の高田幸徳社長が選んだのが、『ウェルビーイング』(前野隆司、前野マドカ著)。「当社は時代の先駆者として『ウェルビーイングに貢献する保険会社』としてのビジネスモデルを確立し、日本、世界の人々の幸せにもつなげていきたいと考えています。経営を行う上で、まさに座右の書と言っても過言ではないと感じています」。
本書は、ウェルビーイングの意味・定義をはじめとして、「ウェルビーイングに注目が高まってきた学問的・社会的理由」「世界の研究動向」「企業や地域・家庭におけるウェルビーイング」など、幅広い分野の最新の情報が、平易な形で解説されている。
「企業としてだけではなく、地域・家庭も含めて、ウェルビーイングのために何を心掛けるべきかなど、周りの人、世の中の人々のウェルビーイングにまで、想いをはせられる一冊だと感じており、折に触れて読み返しています」(高田社長)
文・構成/南浦淳之(日経BOOKプラス編集)





