冷戦時代、米国務長官などとして中国やソ連、世界中の首脳や政府高官と激しい交渉を繰り広げた伝説のネゴシエーター、ヘンリー・キッシンジャー氏。彼の並外れた交渉術について、世界屈指の交渉学のプロたちが分析・解説する『 キッシンジャー超交渉術 』(ジェームズ・K・セベニウス、R・ニコラス・バーンズ、ロバート・H・ムヌーキン著、野中香方子訳、日経BP)。私たちはそこから何を学び、どう生かせばよいのか。交渉学協会理事長を務める田村次朗・慶應義塾大学法学部教授の「解説」を紹介する。

【解説】
キッシンジャーの交渉術から日本人が学ぶべきこと

田村 次朗(慶應義塾大学法学部教授、交渉学協会理事長)

 偉大な業績を上げた人物の評伝、伝記はいつも興味深いものだ。困難な状況の中で、時に苦悩し、時に対立を乗り越え、問題を解決するエピソードに私たちは心動かされる。時には、何か大切な教訓を得ることもある。しかし、評伝や伝記で描かれた人物像は、多少の美化や誇張を免れないし、時間の経過に基づいてエピソードが紹介されるため、読みやすくはあるが、その人物の行動や発想を客観的に評価することが難しいという欠点がある。

 本書は、そのような評伝や伝記ではない。本書は、キッシンジャーという偉大なネゴシエーターの交渉スタイルを客観的に解明することを目的として書かれているビジネス書、Kissinger the Negotiator:Lessons from Deal making at the Highest Level の訳本である。著者たちは、世界的に有名な交渉学の研究機関であるハーバード大学交渉学研究所(Program on Negotiation at Harvard Law School)を拠点として活躍する交渉学の研究者である。いわば交渉学のプロである彼らが分析するのが、国家安全保障問題担当大統領補佐官、そして国務長官として冷戦時代に、中国、ソ連そして世界中の首相や政府高官との激しい交渉を繰り広げた伝説のネゴシエーター、キッシンジャーだ。これだけでも本書が、いかに興味深いかがわかるだろう。

 そして本書は、キッシンジャーの交渉を政治学や外交史の観点ではなく交渉学の観点から、キッシンジャーの優れた交渉力の背景にある、その基本的な考え方や交渉手法の特徴を的確に抽出している。しかし他方で、キッシンジャーの交渉スタイルの限界(その秘密主義傾向など)や彼の交渉の失敗にも冷静な分析がなされているところも忘れてはならない。この、本書のバランスのとれた分析によって、キッシンジャーの交渉戦略が本人の卓越した才能にのみ依存するものではなく、きわめて論理的・合理的な現実思考に基づいて構築された確固としたフレームワーク、方法論に裏打ちされていることが明らかになった。

「キッシンジャー流交渉術」活用の三つのポイント

 ところで、本書では「最終章」の中で、キッシンジャーの交渉術を15の教訓としてまとめている。そこで、ここでは、最新の交渉学(対話学)の研究、特に最近注目されている人間の限定合理性、ヒューリスティックの関係性などを踏まえ、もう少しコンパクトに、キッシンジャーの交渉スタイルから私たちが交渉の実践の中で活用することができる三つのポイントを紹介したいと思う。

 第一のポイントは、いかなる交渉であっても明確な戦略目標を持つことの重要性である。単に合意できればいい、あるいは売り上げを上げることができればいい、という戦略なき交渉は、交渉ではなく単に「売っただけ」「買っただけ」にすぎない。どのような場面でも交渉では、交渉によって実現したい未来(戦略目標、ゴール、あるいはミッションなど)を明確に描き、それに向けて交渉計画を立案しなければならない。第1章から第3章におけるローデシアとの交渉の中で、キッシンジャーは、冷戦の敵であるソビエトに南部アフリカを支配させないこと、そのため白人の少数支配によって不安定な状況にあるローデシアに民主的な黒人多数支配政権を樹立すること、さらに人種間戦争を回避すること、という戦略目標を立案し、この目標を達成するにはどのような交渉が必要かというバックヤードの分析に基づいて交渉計画を立案している(35ページ)。キッシンジャーの交渉の特徴は、この明確な戦略目標の設定にある。交渉において戦略ほど重要なものはない。そして戦略的交渉とは、この明確な戦略目標から始まるのである。なぜ交渉が必要なのか、そして自分が何を目指し、実現したいと考えるのか、常に考えることがあらゆる交渉において有益だ。

 第二のポイントは、キッシンジャーの交渉計画が交渉相手の選択肢を減らしていく戦略だという点である。たとえば、ローデシアとの交渉について見てみよう。ローデシアの当時の白人政権であるイアン・スミス首相にとって、黒人の多数支配を受け入れることはまったく魅力のない提案だった。キッシンジャーは、単に圧力をかける、あるいは相手を懐柔するという戦術ではなく、当時の国際情勢を分析してさまざまな利害関係者を巻き込んだ。たとえば、隣国であり人種差別政策を採用する南アフリカ、そして黒人が政権を握るアフリカ諸国、さらには旧宗主国の英国を巻き込み、ローデシアを孤立させ、黒人多数支配を受け入れる以外の選択肢を封じていく。このあたりの手腕は見事というほかない。

 ただし、キッシンジャーも万能ではない。本書は、彼の失敗についても分析する。それは意外にも、彼がノーベル平和賞を受賞したベトナム和平交渉だ。キッシンジャーは、北ベトナムとの交渉を有利に展開するため、ソ連との関係が悪化していた中国に接近し、北ベトナムへの軍事的関与を削減させることに成功し、さらにソ連との間でも、当時西ドイツとソ連との間の懸案だった東方条約の批准を材料に、巧みな交渉でソ連による北ベトナムへの軍事的関与を削減させようとする。まさに北ベトナムの選択肢を減らそうという交渉戦略だ。しかし、歴史は皮肉である。北ベトナムをめぐる交渉は、歴史的事実を見れば失敗した。その原因を本書は詳しく分析しているので(第6章)、ぜひ参照されたい。ただし、交渉相手の選択肢を減らしていくキッシンジャーの戦略それ自体は、きわめて有効である。

 第三のポイントは、キッシンジャーの現実主義、そして交渉前に行うその徹底した事前準備である。適切な戦略立案の前提には、現状に対する正確な認識(状況把握)が不可欠である。キッシンジャーの交渉力の源泉の一つは、彼の現実主義思考であることは本書でも再三、指摘されている。他方、現実主義と対極にあるのは次のような二つの発想だ。それは、交渉をパワープレイ、すなわち交渉相手に対して力の優位性を駆使していかに勝利するかを目指そうとする「神学者」的発想と、いかなる状況でも相手との満足のできる合意ができるはずだと信じる「精神科医」的発想である(118ページ)。パワープレイに陥る交渉者は、説得・交渉戦術を駆使して相手を追い込むか、それがうまくいかない時は力を行使して恫喝することになる。これに対して精神科医は、ひたすら楽観的だ。どんな相手とでも交渉可能だと考え、力の行使を否定する。しかし、この二つのアプローチは、現実の複雑さを無視した考え方だ。

 キッシンジャーの現実志向は、交渉学におけるBATNA(Best Alternative to a Negotiated Agreement)、すなわち、万一合意できなかった時の代替案の検討と同様、交渉成立・不成立の場合における双方の利益・不利益を常に見積もり交渉計画を立案する考え方と親和性が高い。合意・不合意のメリット・デメリットを現実主義に基づいて冷静に推論し、分析する能力こそ、私たちを「神学者」や「精神科医」の罠から救ってくれるのである。

当たり前に見えて実践が難しいズームイン、ズームアウト

 本書は、これ以外にも、キッシンジャーの卓越した交渉スキルをいくつも紹介している。たとえば、本書では、言葉での説得にのみ依存した交渉を避け、交渉全体を見通すというズームアウト、そして目の前の交渉相手にズームインして傾聴し、相手との信頼関係を醸成するという双方の視点の大切さが繰り返し語られる。これだけ聞けば当たり前のようにも思える。しかし、この当たり前を着実に実行できる人間はほとんどいないのも現実だ。この点、本書は、キッシンジャーの具体的な経験や歴史的交渉場面が多数登場する。読者は、まさにキッシンジャーの視点にズームインし、そして交渉学の観点からズームアウトしながら本書を読むことで、キッシンジャーの教訓をより深く理解できるようになるだろう。

 ところで、本書には、キッシンジャー、そして彼の交渉相手である政府首脳たちが、困難な状況の中でどのような決断をし、そして彼らがどのようなリーダーシップを発揮したのかについても、興味深いエピソードが多数紹介されている。またキッシンジャー自身が、国務省の官僚たちとの間で繰り広げた権力闘争、そしてキッシンジャーの交渉マネジメントの本質である秘密主義、集中管理、交渉全体を一人で管理する「個人プレー」が、大きな成果を上げたと同時に、蚊帳の外に置かれた同盟国や関係者の怒りを招くという負の結果を生み出したことなどが、第13章で詳しく紹介されている。このように、本書は交渉学だけでなく、リーダーシップについても多くの示唆を得ることができるという、ある意味、非常に「お得な」本である。

交渉学は日本人の精神性にフィットする

 ところで、私事ではあるが、本書を読みながら、30年ほど前、ハーバード・ロースクールに留学した時に、故ロジャー・フィッシャー教授の交渉学の講義を履修した当時のことを思い出した。その時の講義は、日本の法学教育とは一線を画す、まさに「目からうろこ」の授業だった。そこでは、法律家としていかに依頼人のために問題を解決するのかという視点から、座学ではなく、模擬交渉やディスカッションに参加しながら学ぶことが重視された。今で言うアクティブ・ラーニングの手法である。私にとって、日本の法学教育とはまったく異なるこの授業に触れたことは、その後、研究者として法学研究に取り組む上で、大きな転換点になった。その時、私が交渉学の面白さ、奥深さだけでなく、身に染みて実感したのが、リーダーシップの重要性である。

 交渉学の授業では、自分の目的や理念を遂行するために、利害関係者といかに適切な対話を継続するか、すなわちリーダーシップがいかに重要かについても、具体的な事例を通じて学ぶことができた。そこで最も重視されたのは、交渉を取り巻く利害関係者の複雑な力学を知ること、そしてフィッシャー教授が繰り返し述べていた「賢明な合意(Wise Agreement)」を実現するための粘り強い対話の継続である。法学教育の本質である問題解決、そこで行われる対話の重要性は、弁護士だけでなく、あらゆるビジネス・パーソン、そして、あらゆる分野のリーダーが身につけるべき教養と言えるのではないか。そう考えて、私は慶應義塾大学で教壇に立ち、交渉学や組織におけるグループ・ダイナミクスを含んだ「対話学」のプログラムを実施している。また、ハーバードの留学からかなり時間がたったが、現在もハーバード大学で国際交渉学プログラムのインターナショナル・アカデミック・アドバイザーとして共同研究を続けさせていただいている。故フィッシャー教授から受けた教えを、少しでも日本の学生たちに還元したいという思いを常に抱きながら。

 実は、本書もその分析の基礎としている交渉学は、日本人の精神性にとてもフィットする考え方だ。それは、交渉学が目指す「賢明な合意」とは、近江商人の「三方よし」そのものだからである。自分の利益だけでなく、交渉相手の利益に配慮しつつ、私たちを取り巻くさまざまな関係者たち(世間)の満足も目指そうとする発想こそ、日本人が大切にしてきた三方よしの精神だ。私たちは、この三方よしという良き精神と、交渉学という論理を身につけ、不確実性の高まる世界の中で対話を続けなければならない。そのためにも、困難な交渉の中で真摯に取り組み続けたキッシンジャーの交渉スタイルから、私たちは深く学ぶべきである。

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