中堅システムインテグレーターでSEとして働く後藤智彦。担当企業のシステムが大トラブルに見舞われ、緊急対応に向かった彼はそこで、先輩SEの五十嵐優一と出会う。後藤はトラブル対応に少しでも役に立とうと、自分ができることを探し始める。キャリアや未来に悩む若手ビジネスパーソン必読の物語です。(この物語はフィクションです)

イラスト:冬乃郁也
イラスト:冬乃郁也
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 五十嵐さんには休むように言われたが、素直に休むようなことはしたくない。

 技術的にできることが少ないと感じたぼくは、現状を整理することにした。プロジェクト管理では、ホワイトボードで状況を整理するが、サーバー室にはそんなものはない。カバンからA4の紙を取り出して並べ、そこにポイントとなるシステム構成図、IPアドレスやアカウント情報などのパラメーターを記載していった。さらに、トラブルの事象や調査でわかったこと、今後のToDo(すべき作業)をそれぞれ別のA4用紙に記載することにした。

 それと、サイバー攻撃の可能性を考えて、ネットワーク機器のログをすべて確認し、流れてくるパケットをキャプチャーして常時監視できるようにしておいた。そして流れているパケットをたまにチェックした。

 ぼくなりにトラブル対応の役に立ちたかった。

 しばらくすると、五十嵐さんは、肩や首を回し、両手を上に挙げて、伸びをした。

「さすがに、この環境でずっと作業していると疲れてくるな」

「ずっと作業していますからね。ぼくに何かできることありますか?」

「じゃあ後藤、解析を手伝ってほしい。大きく3つあって、ネットワーク機器のログ解析、サーバーのログ解析、最後にメモリーフォレンジックだ。だいたいのことはオレがやったんだけど、ダブルチェックも兼ねての作業だ。やるべきことは作業リストとして整理した。頼めるかな」

「ネットワーク機器のログは、ぼくもすでに見ているので、作業リストを基に確認します。サーバーのログ解析も任せてください」

「お、すでにやってくれていたのか。意外に頼もしいな」

 五十嵐さんの言葉は完全に上から目線だったが、それでも褒められたことがうれしかった。

「作業リストはここに入れた」

五十嵐さんが差し出したUSBメモリーを受け取ったぼくは、テキストエディターでファイルを開き、その内容を確認した。

ぼくは、五十嵐さんの作業リストに従って黙々と解析を進めた(イラスト:冬乃郁也)
ぼくは、五十嵐さんの作業リストに従って黙々と解析を進めた(イラスト:冬乃郁也)
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「ネットワーク機器のログとサーバーのログの解析はできますが、メモリーフォレンジックはあまり経験がないので、調べながらやります。少し時間をください」

 メモリーフォレンジックは動作中のサーバーのメモリーに保持されているデータの解析を意味し、動いているプログラムの挙動を調べられる。ぼくが知っているのはそれくらいで実際にやったことはなく、正直、五十嵐さんが作業リストに書いた指示の意味すらよくわからなかった。

 メモリーフォレンジックなんて、普通のSEはやれないというかやらない。だが、ぼくなりの強がりで、できないとは言いたくなかった。

「じゃ、私がメモリーフォレンジックをやりますよ」

 春村さんだ。

 え、まさか春村さんが?  保守業者のエンジニアなのにそんなことまでできるの?

 ぼくができなかったことを、平然とやってしまう。ぼくよりずっと年下なのに。なんとなく自分の立場がなかった。

 ぼくは、五十嵐さんの作業リストに従って黙々と解析を進めた。

「なあ、後藤。面白い話を聞かせてくれよ」

 五十嵐さんはパソコンで操作をしたまま、真面目な表情で言う。

「なんですか、急に」

「こういうときに、気が利いたトークができることも、SEとして重要だ」

 五十嵐さんは表情を崩して楽しそうに言った。だが、メモリーフォレンジックができなくて立場を失ったぼくへの優しさなのかもしれない。

 面白い話なら、がんばればできるかもしれない。しかし、ぼくは柔軟な性格ではなく、社交性にもたけているわけではない。それでも、五十嵐さんがせっかく気を利かせてくれたので、何か話さなくては……。

 ぼくはしばらく考え込んで、こう聞いた。

「五十嵐さんの血液型は何ですか?」

「それが面白い話か」

「いいじゃないですか。さあ、さあ」とぼくは迫った。

「言いたくない」と五十嵐さんは表情を変えずに作業を続けた。

「あ、ぼく、わかったかも。五十嵐さん、O型でしょ」

 五十嵐さんの痛いところを突いた面白い話ができたと思い、ついうれしくなった。

「……血液型占いなんて、当たらないもんだ」

「そうやってムキになるということは、O型ですね」とぼくは確信した。

「O型だったら、どうだっていうんだ。何か問題があるか?」

「システムは、正確さが大事です。プログラムでもサーバーでもネットワーク機器でも、1行でも間違えたら動かなくなります。A型が得意とする几帳面(きちょうめん)さが必要なんです」

「そういう後藤は、自販機でもお釣りを数えるA型か」

「あ、たしかにお釣りを数えます」

「細かい男は女にモテないぞー」

「モテるとかじゃなくて、SEとしての話をしているんです」

 血液型で人格が決まるなんてことは、論理的ではない。でも、あながち嘘とは言えない気もしている。それと、ぼくはA型であり、仕事への価値観が違うO型の五十嵐さんに、少し反発したい気持ちもあった。

「ぼくの妻が典型的なO型なんですけど、CDやDVDのケースと中身が合ってないんです。『あいみょん』のCDケースの中に、『ミスチル』が入ってるんです」

「それは大ざっぱな性格だな」

「『あいみょん』を聴こうとして、『あいみょん』のケースを開けるでしょ。でも、『ミスチル』が入ってる。普通は目的のCDを探すでしょ。でも妻は、まいっかという顔で、『ミスチル』を聴くんです。しかも楽しそうに。どう思います?」

「それって才能だろ。どんな状況でも楽しめる。そういう奥さんだから、後藤も幸せに暮らせているんじゃないのか?」

「そうかもしれませんが、ぼくもそのCDを聴くわけですから、ケースと中身は一致させてほしいなぁと。妻への唯一の不満ですかね」

「なんだよそれ。結局、のろけかよ。真面目に聞いて損したわ」

 五十嵐さんはあきれた表情を見せた。

「妻の話はさておき、SEであれば、仕事は丁寧にすべきだと思います。同期でO型の佐々木も、資料がグチャグチャです。エラーログが出ていても、『動いていればいい』と全く気にしません。SEとしてはどうなのか、とは思います」

「佐々木って、後藤の同期入社の中では、出世頭じゃなかったっけ」

「そうなんですよ。人事はどこを見てるんでしょう」

 佐々木の出世を好ましく思っていないぼくは、つい、不満を口にした。

 あれ、でも、五十嵐さん、会社辞めてるはずなのに、佐々木の人事情報までつかんでいる。なんでそこまで知っているんだろうか。

「まあ、いくら几帳面なA型がO型に対して怒ったとしても、O型は何とも思わないんだけどな」

「そこがさらにO型のイラつくところです」

 ぼくは佐々木のそういう態度を思い出し、本当に腹が立ってきた。

「でもな後藤、リーダーをやるならO型みたいな大ざっぱな性格のほうが向いてるよ。仕事の丁寧さはもちろん大事だけど、人を束ねる仕事では大ざっぱなくらいのほうがいい。細か過ぎると下のメンバーが嫌になる。それに、大規模なプロジェクトになると調整事項が増えてイライラも増える。ため込まないという点でも、多少雑に構えたほうがいい。お前なんかはむしろ雑にやるように心がけるくらいでちょうどいいんじゃないかな」

 五十嵐さんにそう言われると、返す言葉が見つからなかった。

(つづく)

▼本連載は左門至峰氏の小説『ぼく、SEやめて転職したほうがいいですか?』(日経BP、2023年6月19日発行)を著者の許諾の下で転載しています。本文表記は原則、書籍発行時の記述をそのまま掲載しています。

日経クロステック 2023年7月21日付の記事を転載]