12年働いた中堅システムインテグレーターをやめようと決心していたSEの後藤智彦。担当企業の緊急トラブル対応に出かけた彼はそこですご腕の先輩SEの五十嵐優一と出会う。深夜の休憩室で五十嵐は後藤に、日本のシステム開発の大きな問題点を指摘する。(この物語はフィクションです)

イラスト:冬乃郁也
イラスト:冬乃郁也
画像のクリックで拡大表示

「後藤は、いや、日本のSEは、もっと肩の力を抜いて、適当にやったらいいと思う」

 そう言った五十嵐さんの言葉に、ぼくは若干、反発してしまう。それこそが、「肩の力を抜いていない」ということなのかもしれない。

「五十嵐さん、その『適当』って言葉が、ぼくは理解できないんです。たしかに、リラックスしてやることは大事だと思います。でも、設定を1行間違えただけでもシステムは止まってしまいます。バグがあっても、大きな問題になります」

「たしかにそうだ」

「であれば、おのずと真剣になります。全力で、かつ、集中して仕事をすべきだと思うんです。適当なんて気持ちには、なかなかなれません」

「なるほどね」

 五十嵐さんは頭をポリポリかきながら、「若いなー」とつぶやいた。

 その時、ぼくのスマホが鳴った。服部課長からのメッセージだった。サーバー室で泊まることを伝えた返事が、今ごろ届いたのだ。飲み会が終わった帰りのタクシーで、やっと気づいたのかもしれない。

『後藤くん、今日はそっちに行けず、悪かった。五十嵐さんは頼れる人だから、いろいろと相談に乗ってもらえ』

 謝っているとはいえ、自分は何もせず、人に仕事を押し付ける。本当に無責任だ。

 ため息をつくぼくに、五十嵐さんはフフッと笑った。

「服部課長か?」

「ええ。……まったく。服部課長は、『鈍感力』でいったら、わが社でナンバーワンですよ」

「ハハハ。あの人は昔からそうだからな」

「ほんと、その通りです」

 ぼくは服部課長のことを思い出して、また腹が立ってきた。

「ところで、後藤、質問していいか」

「はい、なんでしょう」

「さっき、バグがあったらということを言っていたけど、システムにバグがあったら駄目か?」

「駄目に決まっているじゃないですか」

「バグがあるシステムを売るのは駄目か?」

「バグをつぶしてから売るべきです」

「じゃあ、バグをゼロにできるか?」

「それは……」

「後藤が言っていることは矛盾してないか? バグがゼロにはならないまま、現実的には売ってるんだろ」

 ぼくは返事に窮した。苦し紛れに、「バグがない完璧なシステムを求めて何がいけないのですか?」と強がってみたが、五十嵐さんの質問に答えていない。

 五十嵐さんは顎をなでながら言った。

「日本のシステムは必要以上に完璧さを求める。でもな、海外のシステムやソフトは、バグや不具合もよくある。不具合があっても、『サービスパック』なんて、オマケするかのようなネーミングで、バグ改修のソフトを提供する」

「海外製品は品質がずさんですよね。日本では考えられません」

「だけど、オレはそのやり方に賛成なんだ」

 ぼくが言葉を発しようとすると、「まあ、聞け」と五十嵐さんは手で制してきた。

 春村さんも、うなずきながら五十嵐さんを見ている。先ほどから黙ってはいるが、五十嵐さんの話を興味深く聞いている様子だ。

イラスト:冬乃郁也
イラスト:冬乃郁也

「オレも、日本の品質重視を否定しているわけではない。当然、100%の品質が理想だ。しかし実際には、100%はあり得ない。そもそも99%の品質を99.9%にするにはばく大な作業量とコストがかかる。そこまでの品質向上が本当に必要なのか、甚だ疑問なんだ」

「でも、そこをやるのが日本人なんじゃないですか」

 100%を要求する佐原部長と同じことを言っている。口に出してから自分の矛盾に気が付いた。

「新型コロナ対応でも、一時期ゼロコロナを求める声が上がったな。でも、それは現実的には得策でないことを世界が学んだ。システムでも同じさ。完璧を求めることは無駄が多い」

「それはそうですが……」

「バグがあろうが、システムというのは、IT革命と言われるくらいに貢献してきた。システムは止まるもの。機械は壊れるもの。人間は間違えるもの。だから、システムに不具合は絶対に出る。バグがあったら、直せばいいだけだ。システムを作る側も利用する側も、そういう前提でシステムと向き合ったほうがいい」

「100%の品質を求めないということですね?」

「そうだ」

「そういうマインドになりますかね?」

「考え方を変えるだけだろ」

「でも、システムを作る側には、『バグがあっていい』『適当でいい』と言われればメリットが多いですが、システムを使う側にはデメリットしかありませんよね?」

「そんなことはない。コストメリットが出る」

 あ、そうか。たしかにそうだ。発注側の企業にとっては、不必要な品質以上に大事かもしれない。

「いいか後藤、システム開発において、『いいかげんなシステム』と言えば怒られるが、『根幹となる部分以外は、適当でいい』という考えにしたとしよう。そうすると、システムの開発費は半分、ときに10分の1くらいにまで下がる。例えば、日常業務のツール化なんて、大部分がワードやエクセルのマクロでカバーできる。フリーのプログラマーに作らせたら、10万円くらいで結構いいものができる」

「ワードやエクセルの基本機能でも、かなりいろいろできますしね」

「ところが、例外処理をできるようにするとか、エラー処理をきちんとさせるとか、基幹システムとリアルタイムの連携などという点にこだわる。さらに、バグなしのシステムを要望する。結果的に費用が恐ろしく高くなる」

「10万円で作れるツールが、一気に何百万円のシステムになりますよね」

「そう。しかも、作る側は徹底的なバグつぶしはもちろん、ほとんど使わない機能まで作りこむ。そして、少しでも不具合が起こったなら、徹底的に怒られる。一体、誰が得をしているんだろうか」

「そう言われてみれば……。誰も使わない機能を必死で作るのって、むなしくなります」

「それに対して、フリーのプログラマーに頼んだツールというのは、信頼性で劣るから、たまに動かないこともある。でも、そんなときには、そのプログラマーに来てもらえば、すぐに直してくれる。『システムはいいかげんであるべきだ』という価値観を持つこと、それが企業にとってもSEにとってもウィンーウィンになる」

「完璧を求めなくてもいいと考えると、作る側の精神的な負担も減ります」

「その通りだ」

 五十嵐さんは優しい表情でほほ笑んでくれた。

 妻の『仕事のこととか、いろいろと聞いてみたら?』という言葉を思い出した。カバンには退職願が入ったままだが、五十嵐さんの仕事に対する価値観を、もっともっと聞いてみたくなった。

(つづく)

▼本連載は左門至峰氏の小説『ぼく、SEやめて転職したほうがいいですか?』(日経BP、2023年6月19日発行)を著者の許諾の下で転載しています。本文表記は原則、書籍発行時の記述をそのまま掲載しています。

日経クロステック 2023年7月26日付の記事を転載]