12年働いた中堅システムインテグレーターをやめようと決心していたSEの後藤智彦。緊急トラブルの対応現場で出会ったすご腕の先輩SEの五十嵐優一と共に徹夜でトラブル対応にあたる長い夜。後藤は五十嵐に促されて「自分がSEとしてナンバーワンになれる領域」を考え始める。(この物語はフィクションです)

イラスト:冬乃郁也
イラスト:冬乃郁也
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 トラブル対応という最悪な状態でここにやってきた。だが、思いもよらぬ貴重な時間を過ごすことになった。SEとして、また、人生の師として多くの知見を持った五十嵐さんの話を聞ける。そして、SEとしての方向性を見失っていたぼくに、今後、どうすればいいかという指針を提供してくれている。ありがたいことだ。

「いいか後藤、繰り返しだが、得意なことをするのが、人生を無難に生きる方法だ。だが、圧倒的な勝者になろうと思ったら、得意というレベルではなく、心から好きな仕事をしなければいけない」

イラスト:冬乃郁也
イラスト:冬乃郁也

「ぼくの場合、ITの仕事がまあまあ得意で、結構好きです。得意なことも好きなことも、似たように感じますが、違うのでしょうか」

「得意なものが嫌いになることは、あまりない。広島の黒田選手がどうだったかはわからないが、野球がすごくうまいけど、野球が大嫌いなんてあり得ないだろう。だから、得意であれば、好きというのは誰もが持つ感情だ」

「言われてみれば、その通りです」

 実際、音痴なぼくはカラオケが嫌いで、人より上手な将棋は楽しい。人間誰しも、得意なことは好きなはずだ。

「大事なのは、心底好きかどうかだ。『得意な仕事』というレベルでは、寝る間を惜しんでとか、土日を全部つぶして仕事はできない。好きで、好きで、ご飯を食べるのを忘れるくらい好きな仕事に取り組めるかだ」

「でも、ほとんどの人は、そこまで好きなこと、夢中になることを見つけられないと思います」

「たしかにその通り。その通りなんだがな」

「そこまで好きなことがないぼくは、具体的には、何をすればいいんでしょう」

 ぼくの素直な疑問だった。

「SEというか、ITの世界はいいぞ」

「ぼくたちの仕事、ですね」

 五十嵐さんが、ちょっと誇らしげにうなずく。自分の仕事を、楽しんでいるのがよくわかった。

「まずは、何も考えずに、真剣にやってみな。真剣にやればやるほど、面白くてたまらなくなってくる。例えば、プログラムにはまる人が多いけど、新しいものを考える喜び、それができ上がる喜び、作ったものが動く楽しさ、自分が知らない新しい技術を身に付ける面白さ、そんな無限の可能性に魅了されるんだ」

「でも、社内にプログラムを書いている人はたくさんいますけど、そんなふうに面白くてたまらないと感じている人は、少ないと思いますよ」

「それは、仕事としてやらされてるからだ。しかも作りたくないシステムをだ。誰だってプログラムが嫌いになる」

「たしかに。それはあるかもしれません」

「それと、年齢を重ねるとともに、純粋なプログラマーから設計業務を任されるようになる。『設計』という響きはかっこいいが、打ち合わせやスケジュールなどの調整業務だけやって、部下や外部ベンダーに技術的なところを丸投げしている場合もある」

「ぼくも最近、そうなっています」

「それってもったいなくないか?」

「たしかに、調整能力の向上に反比例して、技術力が落ちている気がします」

「後藤は、調整業務を心底好きになれそうか?」

「いや、絶対にないです」

「それに、調整業務をいくら極めても、本当に稼げるエンジニアにはなれない」

 そのことは自分でも気づいていた。開発職において、転職の際の募集要件にあるのは、各種の技術要素にどれだけ精通しているかだ。例えば、マイクロソフトだけでもMicrosoft 365、Azure、Exchange Onlineなど様々なソリューションがある。開発言語も、昔はCとJavaができれば通用したが、今ではそれぞれの用途に主流の言語が複数ある。JavaScriptのWebプラットフォームに限ってもReact.jsやNext.jsなどいろいろある。いい条件の転職先がないのは、結局、自分の持っている技術力の不十分さが原因でもある。本当に技術に精通していれば、いい条件の転職だっていくらでもあるはずだろう。

「五十嵐さんが言われる通り、エンジニアなんだから、技術力は必須ですよね」

「当たり前の話だ。もちろん、仕事では役割があるから、調整業務をほったらかして技術的な仕事に専念するわけにはいかない。部下や外部ベンダーに任せることも必要だ。だけど、もっと自分でやっていいはずだ。プログラムに限らず、サーバー、ネットワーク、データベースのエンジニアだろうが、本当に優秀なやつは、全部自分で実装できる。しかもその質が非常に高い。ベンダーに丸投げしても仕事は回るけど、好きだから自分でも手を動かすんだ」

 まさしく新庄がそんな感じだ。任せるところは任せるが、コアなところは絶対に自分で手を動かす。今や社内で誰も追いつけない技術レベルにいる。だから、セキュリティーのコンテストも予選を勝ち上がり、アメリカの本選に参加できるんだ。

「五十嵐さん、ぼくもがんばってみたいです」

「いいと思うぞ。新たなチャレンジというのは、失敗したって失うものは何もない」

「少し恥をかくくらいですね」

「失敗した話って、飲み会のネタになる。大失敗なら武勇伝だ。それと、再挑戦者という輝きを持つことになる。いいことだらけだ」

 五十嵐さんは考え方が常にプラス思考だ。だからチャレンジができるし、人間的な魅力も高い。

「それに、IT業界の場合、自分を高めて結果を出すことで、莫大な収入を得ている人もいるからな」

「夢がある世界ですね。わくわくします」

「業界の頂点に立っても、たいした収入が得られなかったら残念だ。けど、IT業界はそうじゃない。IT長者という言葉があり、実際、世界の長者番付にマイクロソフトのビル・ゲイツやアマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾスなどのIT業界の大物が軒並み名を連ねる。お金がすべてではないとはいえ、稼げる業界というのは非常に魅力的だ」

「はい」

 そうなんだ。それほど深い理由で飛び込んだわけではないが、恵まれた業界で仕事ができる。ありがたいことだ。

「IT業界だけでなく、芝居や音楽、スポーツ、将棋といったあらゆる分野で、同じことが言える。頂点を極める人は、その道を心から愛していて、その情熱が彼らを大成功へと導く」

「ぼくの場合、ITの仕事をそこまで好きになれるかわかりません。でも、きっと楽しいだろう。そう思ってやってみようと思います」

「そうそう。それでいい。好きとか嫌いとかは、湧き上がってくるものだ。無理して好きになろうとしなくてもいい。オレはやらされる仕事が大嫌いだった。その反動もあってか、自分がやろうと決めた仕事というのは楽しくてたまらなかった」

(つづく)

▼本連載は左門至峰氏の小説『ぼく、SEやめて転職したほうがいいですか?』(日経BP、2023年6月19日発行)を著者の許諾の下で転載しています。本文表記は原則、書籍発行時の記述をそのまま掲載しています。

日経クロステック 2023年8月31日付の記事を転載]