12年働いた中堅システムインテグレーターをやめようと決心していたSEの後藤智彦。緊急トラブルの対応現場で出会ったすご腕の先輩SEの五十嵐優一と語り合い後藤は仕事への前向きな気持ちを取り戻す。すべてが終わって帰り支度をする中で、後藤はなぜ五十嵐の仕事がうまくいくのか考える。(この物語はフィクションです)
ぼくは、五十嵐さんの仕事がなぜうまくいくのかを、帰り支度をしながら考えていた。
その要因として、技術力、顧客志向に加えて、高いコミュニケーション能力が寄与していると感じた。トラブルで怒られている状況で、次の提案をしてそれを受け入れてもらうなんて、なかなかできない。それに、顧客の強い押しに対して、引くところは引く。
加えて、ぼくや春村さんのような年齢が離れた人に対しても、上から目線ではなく、くだらない話で楽しませてくれる。
「五十嵐さんの一番の武器はコミュニケーション能力だと思います」
「そうかな?」
「はい、コミュニケーション能力って、技術力と違って正解がないと思うのですが、SEにとって大事な能力だと改めて思いました」
五十嵐さんは大きくうなずいて、そうだそうだと言わんばかりに親指を立てた。
春村さんは、くすくす笑う。もう、五十嵐さんの性格にも慣れたみたいだ。
「言われ尽くしたことだが、SEに求められる最も大事な能力は、コミュニケーション能力だ。それさえあれば、技術力なんてちょっとしかなくても仕事が回ってしまう」
「そう思います」
「逆に、コミュニケーション能力がないやつは、卓越した技術があっても、それを相手に伝えることすらできない。結局は宝の持ち腐れになる」
「ぼくは技術力だけで勝負したかったんです。その固定観念が駄目だった気がします」
「その程度の技術力でか?」と五十嵐さんは厳しい。
「そんなことないと思いますよ」
春村さんが笑顔でフォローしてくれた。
ぼくたちは身支度を終わらせ、受付で挨拶をした。つい、笑顔になる。
そして、顧客のオフィスを出てエレベーターに向かった。
ぼくは、五十嵐さんともっと話をしたかった。だから、オフィスを出たあとも、歩きながら話を続けた。
「ちなみに五十嵐さんは、どこでコミュニケーション能力を鍛えたんですか?」
五十嵐さんは、よくぞ聞いてくれた、という表情を見せる。すぐに答えを言わずにもったいぶり、「聞きたいか?」という表情を浮かべる。
エレベーターの下矢印のボタンを押したあと、「え、早く教えてくださいよ」とぼくは急かした。
すると、五十嵐さんは得意げな顔をした。
「学生時代の合コン」
あー、余計なことを聞いてしまった。ぼくは、がっくりとうなだれた。
そこからエレベーターの中で、五十嵐さんの合コンの話が始まった。春村さんも、今度は苦笑いだ。
「いいか、合コンは、初めて会う女性と、会話を盛り上げる必要がある。制限時間はわずか2時間ほど。これって、めちゃくちゃ難しい。それを毎週やっていたら、コミュニケーション能力も高まるってわけだ」
「毎週ですか?」
「週3のときもあったかなぁ」
五十嵐さんは、まるで中学生のように無邪気な笑顔を見せる。
エレベーターを降り、地上に戻ってきた。春村さんは眼鏡をはずし、外の風を受けて、スッキリしたような顔をしていた。
「五十嵐さん、ちなみに、今のこの時間、クラウドを使っているんですよね。五十嵐さんの会社が契約しているクラウドサービスですか?」
「そうなんだ。結構な費用が発生しているから、あとでお前の会社に請求するよ」
会社のルールで、先に決裁を受けないと費用の支払いはできない。しかし、その固定観念で仕事を進めると、顧客のシステムは正常に動作しないままになってしまう。五十嵐さんは常に柔軟に物事を考え、どうやったら顧客が喜ぶか、それだけを考えている。社内処理のルール違反なんて、服部課長に事情を説明して、本気でやれば何とでもなる。
「五十嵐さん、ぼくがその社内処理をやっておきます」
「おう、頼んだ」
五十嵐さんが笑顔を返してくれた。五十嵐さんに「頼んだ」と言われると、なんだか誇らしい気分になる。
ビルの外に出たぼくたちは、太陽のまぶしさに手を顔を覆いながらも、外に出られた喜びに浸った。
「風が気持ちいいな」
「徹夜明けの体に染みますね」
「サーバー室、寒かったですから」
「本当ならビールでも飲みたいところだが、眠いし、帰って寝るか」
「はい、そうしましょう」
ぼくは妻にLINEを送った。
『あと30分くらいで家に着く』『五十嵐さん、最高な人だった』
「がんばってくれたみんなにコーヒーくらいごちそうするよ」
そう言って五十嵐さんは近くにあった自販機を指さし、「あれだけど」と笑った。
五十嵐さんは1000円札を入れて、「さあ、好きなのを」と言った。ぼくと春村さんはそれぞれ自販機のボタンを押した。
お釣りが出てくるが、五十嵐さんはそれを数えている。
「え、五十嵐さん、O型のくせに自販機のお釣りを数えるんですか?」
「オレ、O型なんて一言も言ってないぞ」
「え、もしかして、A型ですか?」
「悪いか」
「全然わかりませんでした」
「血液型の話になると、いつも悪口を言われる。『あなたは自己チューだから絶対にB型だ』とか、『A型だ』と言っても『再検査したほうがいい』とか」
「それはひどいですね」
そう言いながらも、ぼくでも同じことを言うと内心思った。
「それだけじゃない。『あなたみたいにガサツでA型ってあり得ないから、血を入れ替えて血液型を変えたほうがいい』とまで言われた。本当にイラっとするんだ」
それで血液型は言わなかったのか。まあ、ぼくの気持ちは晴れ晴れとしていて、そんなことはどうでもよかった。
「ぼく、今の会社でがんばりますが、仕事はきっちりやりながらも、少しだけ大ざっぱさを持つようにします」
五十嵐さんは引き締まった表情で、ぼくに「グッ!」と親指を立てた。
(つづく)
[日経クロステック 2023年9月11日付の記事を転載]


