ジャーナリストで東京科学大学リベラルアーツ研究教育院特命教授の池上彰さんと同大学の学生・卒業生らが開催している「池上読書会」。2026年3月15日の読書会は『会社は「本」で強くなる マネーフォワード 全社で取り組む「読書経営」』が題材となり、ゲストとして、膨大な読書経験を持つマネーフォワード総合研究所長・瀧俊雄さんらも参加しました。当日の様子を3回にわたりリポートします。今回は、参加メンバーが本書の感想を述べあい、議論した模様をお届けします。
選ぶのは「すぐには役に立たない本」
池上彰さんが「池上読書会」で取り上げる本は「すぐには役に立たない」「東京科学大学の学生が選びそうにない」ことを基準にしている。
「ところが、『すぐには役に立たないはずの本』が『読書経営』として会社の経営に役立つという。面白いタイトルだな、と思って書店で手に取ったときはマネーフォワードの本だとは知りませんでした。読んでいくうちに池上読書会のことが取り上げられていて驚きました」(池上さん)

この日、池上読書会のメンバーの吉住遼さんがマネーフォワード総合研究所の研究員であることから、マネーフォワード本社を会場にした読書会が実現した。参加者はマネーフォワード総合研究所長・瀧俊雄さんをはじめ、東京科学大学の学生と卒業生、マネーフォワードの社員ら13人。一人ひとりが『会社は「本」で強くなる マネーフォワード 全社で取り組む「読書経営」』を読んだ感想を発表するところから会が始まった。
最初に心に残ったフレーズとして紹介されたのが「問いの流通」という言葉だ。マネーフォワードでは経営陣から現場の社員まで、「問いを持ち、本を読み、実践し、対話する」ことで個人と組織の両方が成長していく文化が根づいている。
本書では「“問いの流通”を、縦に横にと滑らかにする役割を読書が担っている」と説明されており、参加者の1人は「問いが流通する大前提として、他者が立てた問いを重要なこととして受け入れる姿勢が必要だと感じました」と述べた。
本書で述べている「読書経営」を自社で取り入れる際も、リーダーにはメンバーの意見を受け入れる謙虚さが必要であり、それなくして読書経営は成り立たない。「そう考えると、本を読むという行為は他者が立てた問いを謙虚に自分の中に取り入れるという行為そのものなので、ひたすら読書を続けていけば謙虚さが身につき、結果的に読書経営に結びつくのかもしれません」という分析もされた。

また、マネーフォワードの選書リストのように、その会社で読まれている本、読むべき本を公開すると「会社と社員のミスマッチが減るのでは」という意見もあった。「自分は企画職なので、会社から読むように言われるのは組織論などの本が多い。すぐに役に立つ本で、読書というよりは業務知識という感じ。選書リストにはその会社らしさが表れると思います」
「問いの流通」「問いを立てる力」については印象に残った参加者が多く、「本書では、問いを立てること、メモを取ること、実行に移すことの大切さについても言及されています。自分はおろそかになっていた」という声も。
「普段、電車で本を読むのでメモが取れない」という悩みに対し、池上さんは「ミスしたコピー用紙を用意しておくといい」とアドバイスした。「コピー用紙の裏紙を折りたたみ、しおり代わりに本にはさんでおくんです。そして電車の中で気になる部分があったら、メモをする。そうすると後から見逃すことがなくなります」(池上さん)
読みっぱなしにしないために
読書会をする企業はあるが、マネーフォワードでは「読みっぱなし」にしないための工夫がされていることに対し、「読書をチーム、問いを組織で素早く共有し、深掘りする。これが組織を強くし、経営を進めていくうえで非常に重要だと感じました」という声があがった。
ただ、同じ本を読むことで「共通言語ができ、コミュニケーションがスムーズになる」一方、「玄人化しすぎて、内輪の議論になってしまう怖さがある」「思考や価値観が同質化するのでは」という懸念もあった。
これに対しては、「だからこそ、問いを立てて読むことが必要なのでは」という意見も。「問いを立てると本との対話が始まる。さらに、この本をどう読むかという自分との対話も深まる。そして、その問いを他者と共有することで、他者との対話につながる。もしかしたら、思考が同質化するのは問いを持たずに読み、『面白いよね』『賛成だよね』という感想だけを共有している状態かもしれません。『私はこう思ったけれど、あなたはこう思ったんだね』という違いを見つけると相互理解が深まると思います」

マネーフォワードで一番読まれた小説は
続いて、『会社は「本」で強くなる』に掲載されているマネーフォワードで取り上げている本について、「AI(人工知能)関連の書籍が多いのは社風だと感じた」という感想や「小説やエッセーは取り上げないのか」という質問があった。吉住さんによると、かつて『 一九八四年[新訳版] 』(ジョージ・オーウェル著/高橋和久訳/ハヤカワepi文庫)を取り上げたことがあったという。
「ただ、基本的には仕事に役立つ読書が中心。やはり経営の本などが多いですね。小説は社内のSlackに『こういう小説が好きだ』と投稿する文化があります」(吉住さん)。「小説も現代を知るために役立ちますし、いい触媒になります。ちなみにここ半年間、社内で一番読まれているであろう小説は『 イン・ザ・メガチャーチ 』(朝井リョウ著/日本経済新聞出版)です」(瀧さん)
また、マネーフォワードでは取締役や執行役員が集まる「経営合宿」があり、そこでも課題図書が出る。「『 HIGH OUTPUT MANAGEMENT(ハイアウトプット マネジメント) 人を育て、成果を最大にするマネジメント 』(アンドリュー・S・グローブ著/小林薫訳/日経BP)や『 NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX 』(リード・ヘイスティングス、エリン・メイヤー著/土方奈美訳/日経ビジネス人文庫)などイケてる企業の組織論を読むことが多いですね。ただ、1冊すべてではなく、2~3章分を指定される場合が大半です」(瀧さん)

マネーフォワードでは「今すぐ役立てようとして、サプリのような読書に偏らない」をモットーにしているが、こと経営層に関しては「強サプリ」のような読み方をするときもあるという。「すぐにフレームワークを共有して、そのうえで何か違和感がないか、何を持ち帰ったのかを話すようにしています。そのため、どうしても経営合宿の課題図書は実学寄りになります」(瀧さん)
池上さんも『イン・ザ・メガチャーチ』を読んでいた。いわゆる「推し」の気持ちが、フィクションによって分かるという経験をしたと話した。「問いを立てるという読み方をしていると、小説でも、自分だったらこの局面でどうするかなどと考えながら読むようになりますね」(池上さん)
本を読むには体力がいる
池上さんは丸善丸の内本店など複数の書店に毎週足を運び、どの書店のどの棚に何があるか熟知しているため、「新刊が出るとすぐに分かる」という。「そのため滞在時間が短くてすむんです。丸善丸の内本店1階にはビジネス書が並んでいる。そこを見るだけで、大手町や丸の内のビジネスパーソンが何に関心があるのか、ビジネス界のトレンドは何かが分かります」(池上さん)
そのようにして書店を巡り、「すぐには役に立たない」「東京科学大学の学生が選びそうにない」本を発掘する。「本を読むには体力がいる。だんだん体力が落ちてきているからこそ、あえて池上読書会を設定し、書評欄の連載を持ち、必ず本を読まなければならない状況に自分を追い込んでいます」(池上さん)
問いを立て、本を読むには体力がいる。
池上さんは次のように述べて読書会を締めた。「今日の読書会はマネーフォワード本社で行ったためか、好意的な感想が多かったですね。関係者がいるところでは忌憚(きたん)のない意見は言いづらかったのかもしれませんが、読書会をさらに良くするには『こういう本の読み方でいいのか』と、あえて苦言を呈する姿勢が必要になるときもあります。読書会は回数だけでなく、改善を重ねることで質が向上します」
読書会の終了後には、
「全員が同じ本を読んでいるからこそ、年齢や所属組織に関係なく、密なコミュニケーションが成立した」
「読書会では同じ本を読んでいるのに、人によって刺さる部分がまったく違う。自分がスルーしていた一文が、隣の人にとっては核心となる。本は『読む』だけでなく『語られることで完成する』のかもしれない、と思った」
「読書会での対話を通じて、自分の好みの枠を超えた読書がいかに大切かを実感した。今後は心地良さから外れた分野の本に挑戦していきたい」
といった感想が寄せられ、参加者にとって学びの多い時間となった。

文/三浦香代子 写真/鈴木愛子
宮本恵理子著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)
