ネットに情報があふれ、AI(人工知能)による自動化が進む時代だからこそ、確かな知識を効率良く得られ、考える力と問いを立てる力を養える「本」の役割が重要になっています。こうした本の力を人材育成と組織づくりに最大限活用しているのが、クラウド会計や家計簿アプリなどを展開するマネーフォワードグループです。同社は、創業13年で売上高が500億円超、社員数が2810人にまで急成長しました。いったいどのような取り組みをしているのでしょうか。マネーフォワードグループCHO(Chief Human Officer)の石原千亜希さんと、同社の取り組みをまとめた書籍『会社は「本」で強くなる マネーフォワード 全社で取り組む「読書経営」』(日本経済新聞出版)の著者でノンフィクションライターの宮本恵理子さんが登壇したトークイベントの模様を3回に分けてお届けします。第3回のテーマは、さまざまな本の読み方や本の価値について。

※このイベントの動画は こちら からご覧いただけます。

さまざまにある「読了」の定義

ノンフィクションライター・宮本恵理子さん(以下、宮本) マネーフォワードの皆さんはお忙しいのに、いつ本を読んでいるのか、疑問に思っていました。そこで、『会社は「本」で強くなる』の取材時にいろんな方に聞きました。その回答が多様で、「読了」の定義も人によってバラバラだったんです。斜め読みでも最初から最後まで目を通せば読了という人もいれば、耳で聞く「耳読」でも読了という人も。一字一句追いかけることだけが正解ではないことを教えてもらって、読書って自由なものなんだなぁ、と気づきました。

マネーフォワードグループCHO・石原千亜希さん(以下、石原) 私は6歳の子どもがいるので、家事や育児の合間と通勤時間に耳読することが多いですね。AmazonのAudibleやiPhoneの読み上げ機能を使って、1.5倍とか1.8倍くらいの速度で聞いています。読み上げ機能は片言な感じでやや聞きづらいんですが、聞きづらいからこそ耳をそばだてて、ちゃんと聞こうとするんですよね。その分、理解と思考につながる気がします。

宮本 耳でインプットしたものをどう自分にしみ込ませるのか、何か工夫はありますか。

石原 私は、本や人の話を聞いていいなと思ったことは、PCやスマホに作った「いいなと思った置き場」みたいなものに置いているんですね。耳読していいなと思ったことも、そこにストックしています。それで、朝会や定例会などでスピーチをするときにその置き場を見て、今回はこの話と自分の意見をセットにして話そう、というふうに活用しています。

石原千亜希さん(右)と宮本恵理子さん。イベントは東京・日本橋兜町の「Book Lounge Kable」で行われた
石原千亜希さん(右)と宮本恵理子さん。イベントは東京・日本橋兜町の「Book Lounge Kable」で行われた
石原千亜希(いしはら・ちあき)
マネーフォワード 取締役執行役員 グループCHO(Chief Human Officer)、DEI(Diversity, Equity & Inclusion) 担当
2012年に有限責任監査法人トーマツに入所し、2015年に会計士登録。2016年に株式会社マネーフォワードに入社し、IPO(新規株式公開)準備などに携わる。株式上場後は経営企画部長・IR(投資家向け広報)責任者として、海外公募増資、東証1部への市場変更、サステナビリティプロジェクトの立ち上げなどに従事。2021年に人事に主務を移し、同年よりPeople Forward本部 本部長として人事制度改定プロジェクトなどを主導。2023年、CHOに就任。

宮本恵理子(みやもと・えりこ)
インタビュアー、ノンフィクションライター、編集者
1978年、福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP)入社。『日経WOMAN』編集部、新雑誌開発などを経て、2009年末より独立。AERA『現代の肖像』、NewsPicks『仕事の哲人』、Business Insider Japan『ミライノツクリテ』、日経ビジネス電子版『僕らの子育て』など、人物ドキュメンタリーの取材執筆を積極的に行う。個人向けオーダーメイドの本づくり「家族製本」やインタビュー&ライティング講座を主宰。

宮本 なるほど、ちゃんと実態につなげるんですね。これは取材を通じて実感したことでもありますが、マネーフォワードは本当にアウトプット重視ですよね。研修で議論した本についても、その感想を研修の時間内に書く。1週間以内に提出してください、ではないんですよね。

石原 はい。その時間内で、本によるリフレクション(内省)とネクストアクションを書いて提出する、というところまでやっています。

宮本 ちゃんと自分事にして、さらに「こういう行動につなげる」という宣言までがマネーフォワードにおける読書なんですね。

石原 放っておくと、人ってやりませんからね(笑)。ネクストアクションを書いてもらうことで実現性が高まるので、心地良い強制力になっているかなと思っています。

本には多くの知識と情報が詰まっている

宮本 改めて、企業の成長と「読書経営」の結び付きについて、感じていることを教えてください。

石原 本って、著者が数年、数十年、あるいは生涯をかけて培った知識や経験が詰まっているものですよね。それを1000円~3000円で買えるというのは、実はすごくコスパがいいと思います。当社の創業者でCEO(最高経営責任者)の辻庸介もよく言っていることで、先人たちが試行錯誤をして、そこから編み出した経営手法や思考法を手に入れられる本は安価である、と。当社は創業13年の若い会社ながら急成長していて、多くの企業が経験されたこととはやや違う道を進んでいる側面があります。そういう意味で、ユニクロ1号店の開業から10年で上場したファーストリテイリング会長兼社長の柳井正さんの本や、世界の最先端を行くGAFAMのトップの本はとても参考になります。

宮本 『会社は「本」で強くなる』の取材時に、辻さんが本には多くの知識と情報が詰まっているから、とても切実な思いで選書をしているとおっしゃっていました。

石原 これからAI(人工知能)の進化と浸透によって大きな変化が予想されますが、それでも変わらない本質は必ず残るに違いありません。それを教えてくれるのが本だと思っています。

読書意欲が自然とわく環境

日経BOOKプラス編集部 このトークイベントをオンラインで視聴されている方から、石原さんに質問が届いています。「読書会で、その日の課題図書やジャンルに詳しい人が独走してしまう『知識マウント』はどう防ぎますか。お互いに感じたことをフラットに安心して共有できる読書会にするために、工夫していることがあれば教えてください」。

石原 基本的に、読書会は、その本を読んで気づいたことや考えたことを発表する場にしていて、知識量を問う場にはしていないので、知識マウントを課題に感じたことはありません。もっとも、同じ会社の社員とはいえ考え方は人それぞれなので、会の冒頭で、「相手の意見を否定しない」「ちゃんと人の話を聞きましょう」といったルールを投影したり、ファシリテーターが会の主旨を説明したりといった工夫は有効だと思います。

「本は著者が生涯をかけて培った知識や経験が詰まっています」と話す石原さん
「本は著者が生涯をかけて培った知識や経験が詰まっています」と話す石原さん

日経BOOKプラス編集部 こちらからも質問させていただきます。マネーフォワードの社員の中には、普段あまり本を読まないという方もいると思います。読書を促すような取り組みは何かあるのでしょうか。

石原 会社のカルチャーを理解してもらうために全員必読としている、辻の著書『 失敗を語ろう。 「わからないことだらけ」を突き進んだ僕らが学んだこと 』(日経BP)以外は、当社で行っている読書会は基本的に有志によるもので、読書をしたくない人を強制的に参加させる、といったことはしていません。社内チャットで自分が読んだ本をお薦めする場合も、全員必読というふうには書きません。業務上必要な知識がまとまった本を個別に薦めることはありますが、それ以外は各人の自由です。いやいや読んでも身にならないですからね。

 大事なことは自ら進んで読んで、そこで身になったことを楽しく発信することだと考えています。だからこそ、読書っていいもんなんだな、という楽しさが伝わって、私も読んでみよう、というポジティブなサイクルが回るのでしょう。

宮本 強制ではないというのは、ある意味厳しいような。自ら学ぼうとする人はどんどん成長していけますが、そうでない人にはそういう結果しか出ませんから。マネーフォワードは、辻社長を筆頭に、リーダーの方々が常に楽しく読書体験を見せていく文化があるから、社員の皆さんもいい意味で巻き込まれていくんでしょうね。オフィスの環境も、共有スペースに本がたくさん並んでいて、自然と読む気にさせられると思います。辻社長の執務室も本の山ができていますよね。

石原 たまに社長の執務室に行ったついでに、「これ、1週間借ります」と言って借りたりしています。

宮本 まるで図書館じゃないですか(笑)。そんなふうに、自然と本に手が伸びる環境であることも本好きが増える一因かもしれませんね。

最近読んで良かったお薦めの本

日経BOOKプラス編集部 最後に、お2人のお薦めの本を教えてください。

石原 『 パラドックス思考 矛盾に満ちた世界で最適な問題解決をはかる 』(舘野泰一、安斎勇樹著/ダイヤモンド社)をお薦めしたいと思います。仕事に限らず、日常生活でも二者択一だとうまくいかないことがたくさんありますよね。そのとき、必ずどちらかを選ぶのではなく、2つをうまくブレンドできるといいんですが、言うはやすしで、実行するのはとても難しい。そこを深掘りしていくような本で、気づきや学び、共感できることも多々あり、この話はどこかで引用したいな、と思いながら読みました。

 この本を読んだきっかけは、少し前から「パラドキシカル・リーダーシップ」というキーワードを目にする機会が増え、詳しく知りたいと思ったことでした。私は人事を担当しているので、人のマインドはどう動くのか、成長のきっかけとなる気づきはどう生み出すか、といったことがテーマになった本が好きです。

 もっとも、自分の好みだけで選ぶと偏るので、人がお薦めしている本をあえて何も考えずに買うこともあります。直近の例を挙げると、『 2030 半導体の地政学(増補版) 戦略物資を支配するのは誰か 』(太田泰彦著/日本経済新聞出版)はまったく未知の世界でしたが、印象に残っています。

宮本 知り合いが薦めている本があると、買いたくなりますよね。それで読んでよかったのが『 「人の器」の磨き方 リーダーシップ・コーチングと成人発達理論による人間力の変容プロセス 』(加藤洋平、中竹竜二著/日本能率協会マネジメントセンター)です。著者の1人の加藤洋平さんは成人発達理論の専門家で、もう1人の中竹竜二さんは元早稲田大学ラグビー部監督として知られる方。発達というのは子どもだけがするものだと思いきや、実は成人になってからもするそうです。特に、自分の「器」を段階的にどうやって成長させるといいのか、という話が面白いと思いました。

 あともう1冊、昔から好きな詩人の『 茨木のり子全詩集 新版 』(宮崎治編/岩波書店)です。茨木のり子さんは昭和後期から平成にかけて活躍された方で、『自分の感受性くらい』という詩がすごく有名な方です。AI時代だからこそ、感受性は高めておきたい、という自分への誓いを込めて買いました。全詩集なので分厚く、貼函(はりばこ)と布クロス装という愛蔵版のような造本なので、正直値は張ります。それでも買ったのは、「持っていると豊かな気持ちになれる本」だから。理屈抜きの喜びがこみ上げてきます。

『「人の器」の磨き方』を紹介する宮本さん
『「人の器」の磨き方』を紹介する宮本さん

文/茅島奈緒深 写真/鈴木愛子

クラウド会計や家計簿アプリなどを展開するマネーフォワードは、創業13年で売上高500億円超、社員数2810人にまで達している。急成長を支える「本」活用の秘訣を、辻庸介グループCEOから現場の社員まで徹底取材。全社に根づく「読書文化」を明らかにする。

宮本恵理子著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)