プリファード・ネットワークスの富永朋信氏は2025年9月、新著『 人がモノを買うしくみを言語化する “知ったかマーケター”からの脱却 』を発刊した。長年にわたる実務経験の末にたどり着いた、"ぐうの音も出ない"ほどマーケティングについて理解できる考え方をまとめた1冊だ。今回はその中から、「ポジショニング」について一部抜粋してお届けする。[日経クロストレンド 2025年10月16日付の記事を転載]
マーケティングの中で最も大切な概念を1つ挙げてほしい、と聞かれたら、あなたは何と答えるだろうか。筆者なら「ポジショニング」である。ポジショニングは古典的とも言っていい考え方であるが、今でも最重要だと筆者は考えている。
では、ポジショニングとは何だろう。「顧客の心の中のある場所を占める」「(従って)顧客の中で自社ブランドにかかる認識をつくっていくことである」というような、何とはなしの理解とともに、よく見かける2軸4象限のマトリクスで、自社と競合をマッピングしているチャートを思い浮かべるのではないだろうか。
今回は、マーケティングにおいて最重要な概念であるポジショニングについて、「ぐうの音も出ない」ほどわかっていただくことを目標に、人間の認識や心の機序の観点から、説明していきたい。
「なじみがあるから買う」という意思決定
あなたは、コンビニで水やお茶といった、品質の差を感じにくい商品を選ぶときに、どうやってブランドを選ぶだろうか。このように問われると、いろいろな理屈をつけて説明したくなる。だが、一番自然な答えは「何となく見聞きしたことがあるものを手に取る」「なじみのあるものを手に取る」といったところだろう。
そんなことはない、自分は必ず選好の根拠を持って選んでいる、という人もいるかもしれない。しかし、そんなあなたでも、例えば韓国や北欧など、パッケージの文字が読めない国で食品やそして飲料、日用品などを買うとき、選ぶのに苦労したという経験はないだろうか。この苦労の理由は、見聞きしたことはあっても、一つ一つのパッケージにはなじみがないような商品を手に取るという選択が難しいからではないだろうか。
このように、なじみがあるものを好んで選ぶことを、心理学では「人は流暢性が高い選択肢を選好する」と表現する。「流暢性」という言葉は、それこそなじみが薄いかもしれないが、「英語を流暢に話す」というのと同じ意味の「流暢」であり、心にスムーズに入ってくればくるほど、流暢性が高いということになる。
これを逆から捉えれば、自社ブランドの流暢性を高めれば、店頭で手に取ってもらえる可能性が上がる、ということになる。
もう一つみなさんに伺おう。あなたが企業に勤めるビジネスパーソンであるとして、オフィス周辺でランチを食べる食堂やレストランは、何軒くらいあるだろうか。この問いはもちろん、どこにオフィスがあるかによって答えのバリエーションは大幅に異なってくるわけだが、筆者のケースを話してみよう。
筆者が務めるオフィスは、東京駅に近い大手町にある。ご存じかもしれないが、大手町にある多くの高層ビルは、地下でつながっている。それらの地下は大抵食堂街になっているので、地下通路を通じて何百というレストランにアクセスできることになる。
であれば、さぞかしいろいろな場所で昼食を楽しんでいるのかと思いきや、そうでもない。せいぜい選択肢は4~5件といったところである。マーケティングを生なり業わいとしており、What’s new?を求める好奇心を持ち合わせているべき者として、これは由々しき事態のようだが、背後には次のようなメカニズムがあると思われる。
筆者が現在のオフィスで仕事を始めたのは6年前である。出社初日のランチタイム、自分が務めるビルの地下街に降りた。そこで、とあるラーメン店が目に飛び込んできたので、入ってみた。翌日のランチタイムも、同様な感じで別のカレー店に入る。その翌日はそば屋、さらにその翌日は天ぷら屋、そのまた翌日はパスタ屋さんという具合に、勤務初週のランチタイムを過ごしていった。
それ以降、ランチの選択ではこの5件が有利になる。筆者の中に、一度訪れたことによる“なじみ”ができているからだ。どこで食べようか、と食堂街に降りたとき、行ったことのある飲食店は不明要素が少ないこともあり、選択されやすい。
このようにして、初動で経験した5件とそれ以外の店との差は、どんどん広がってくる。そのうち食堂街に降りなくても、「今日のお昼はあそこにしよう」などと思い出し、選択するようになる。そうなると、食堂街を歩きながら吟味・比較することも少なくなり、さらに前述の5件が選ばれる傾向が強まっていく、という次第。
さて、最初に紹介した「コンビニで水やお茶などを選ぶケース」と、次に紹介した「オフィス近辺でランチの場所を選ぶケース」では、どちらもなじみがある=流暢性が高いものが選好される、という点では同じだが、そのレベルが異なっている。前者は、店頭で商品を見て、「あぁそうそう、これはよく見る」「これは飲んだことある」などという感覚が励起されるもので、いわば実際の商品をヒントとして、そのブランドを知っていたことを思い出すようなメカニズムである。
一方、後者は、5つの飲食店に何度も訪れることにより、「昼食といえば○○」という結びつきが筆者の心の中に生まれ、特段それらの店の前に行かなくても、自動的に思い出される状況になっている。
ここまでの考察で見えてきたことは、「人はなじみがあるものを選択する」という購入のメカニズムである。
何かを買う・選ぶときに、なじみを感じたり思い出したりすることを「想起」といい、想起される選択肢を総称して「想起集合」と呼ぶ。この想起のうち、コンビニの水やお茶のように、ヒントをきっかけになじみを感じるタイプの想起を「助成想起」と呼び、お昼のレストランのようにノーヒントで自動的に思い出してもらえる状態のタイプを「非助成想起」または「純粋想起」と呼ぶ。
流暢性を上げる効果的な方法
顧客が何らかの選好を行うとき、その想起集合に入るためには、換言すればブランドの流暢性を上げるためには、どうすればいいだろう。
流暢性は接触頻度に比例して上がるといわれている。それに関連した用語で「ザイアンス効果」という言葉を聞いたことがあるだろうか。例を挙げて説明しよう。
職場に新しい上司が来たとする。もちろん、あなたはその上司と良好な関係をつくりたい。そこで月60分の時間を〝投資〟することにした。この60分の使い方について、あなたなら次の2つのうちどちらを選ぶだろうか。
(1) 毎日3分、挨拶プラスアルファ程度の話をする
(2) 月に一度60分、1 on 1(個別面談の)ミーティングを設定する
これは具体的にどんな話をするかにもよるので、一概に正解はこうだとはいえないが、一般的には投資効果が高いのは前者である。なぜなら、流暢性は接触頻度に応じて上がり、上司の心の中におけるあなたへのなじみは会うたびに上がっていく、と考えられるからである。この接触を繰り返すうちに好感度が上がる現象をザイアンス効果と呼ぶ。
ちなみにザイアンス効果により“蓄積”されるのは、正確には好感度ではなく流暢性である。従って関係値の出発点がネガティブな場合は、マイナスの印象や評価が強化されることになる。そのためみなさんがこの作戦を採用する場合は、やみくもに接触回数を希求するのではなく、まず最初の関係を好感ベースで構築することに留意したほうがいい。
一般的なマーケティング業務の中でもフリークエンシー(広告への接触頻度)という概念で、流暢性の強化は議題に上がることが多い。テレビCMのフライトパターンを組み立てる際、スリータイムリーチ(同じ広告メッセージがターゲット視聴者に最低3回は当たるようにメディアバイイングすること)などの方法を採ることがあるが、これもある程度の接触回数がないと十分ななじみが形成されず、想起集合に入れないという考え方によるものだ。
1度目の接触による認知変容は0→1であり、2度目以降は原則そうではないことから、近ごろはとにかく1度目の接触を増やす=リーチを重視する、という考え方を主張するケースが多いように見受けられる。そしてこの考え方は、マーケティング資源投下の原則としては理にかなっているように思える。しかし、人の心の機序に、なじみがあることにより選好されるというメカニズムがビルトインされている以上、マーケティング施策をリーチに全振りして、流暢性の蓄積を軽視するのは極端過ぎると筆者は考える。
マーケティングメッセージに接触した人にどの程度認知・記憶されるかは、そのメッセージのインパクトによる。ただ、そのインパクトも絶対的なものではなく、同時期にその人が接触した他のメッセージとの関係性による相対的なものである。このことから消費者との接触回数は何回担保すればよい、と定理化することはできないが、ブランドを手に取ってほしい消費者の純粋想起に上がれるようにフリークエンシーを設計することは、古くて新しい、重要なテーマである。
(次回に続く)
富永朋信(著)、日経BP、2200円(税込み)

