プリファード・ネットワークスの富永朋信氏は2025年9月、新著『 人がモノを買うしくみを言語化する “知ったかマーケター”からの脱却 』を発刊した。長年にわたる実務経験の末にたどり着いた、"ぐうの音も出ない"ほどマーケティングについて理解できる考え方をまとめた1冊だ。前回に引き続き、マーケティングの重要な概念である「ポジショニング」の深掘り解説を一部抜粋してお届けする。 [日経クロストレンド 2025年10月30日付の記事を転載]
「良いから買う」という意思決定
前回の「『ポジショニング』って何だ? マーケティングで最も大切な概念」で見てきたように、マーケティングにはブランドに対してなじみをつくり、それによって選好されるような認知変容・態度変容を起こす、という大切な役割があることがあることがわかった。しかし、マーケティングの役割はそれだけだろうか。
なじみがあるから買う、だからなじみをつくる、という考え方では、原則としてフリークエンシーに勝るブランドが競争に勝つことになる。接触頻度=(購入できるメディア総量+投下できるPR施策総量)=マーケティング予算規模の多寡、ということになるので、それだと規模に勝るプレーヤーが常に勝つように感じられる。しかし、実際の市場では必ずしもそうなっていない。なぜなら「なじみがあるから選好する」以外にも購買のメカニズムがあるからだ。
そこで次に考える購買のメカニズムは、「良いから選好する」というものである。いい換えれば、本章の主題であるポジショニングとは、この「良いから」というときの「良さ」を設計するための技術である。
さて、良いから買うとは具体的にはどういうことだろう。前回に引き続き、コンビニで水を買うケースと、ランチの場所を決めるケースで考えてみよう。水の場合は棚に並んでいる他の水と、ランチの場所の場合は他のレストランや食堂と比較してから、特定のブランドを選んでいるのではないだろうか。
そうではない、という向きもいらっしゃるかもしれない。自分は特定のブランドを一途に指名買いしている、というような買い物では「比較して選ぶ」という表現は当たらない。しかし、このような購買は「好きだから買う」という別のメカニズムとして、今回は取り上げないこととする(※書籍では別の章で解説しています)。ここからしばらく考える「良いから買う」については、「何か比較対象があり、それと比べて良いから買う」という購買のありようについて深掘りしていきたい。
「比べられることができる」ということ
「良いから買う」は、「比較対象と比べて、良いから買う」であることが見えてきたが、では比較対象と比べて良いから買うとは、一体どういったことなのか。ここで思考実験として、スーパーマーケットを題材に、比較して良さを吟味するという行為について考察してみたい。
スーパーマーケットを比較する場合、その比較対象はスーパーマーケットとして認められなければならない。当たり前のことを禅問答しているようだが、これを言語で示すのは存外難しいのではないだろうか。
コンビニ、ドラッグストア、ホームセンターはすべて小売りチェーンだが、明らかにスーパーマーケットとは異なる。スギ薬局やカインズをスーパーマーケットとして他のスーパーと比較することは、直感的にあり得ない。そう考えると比較が成立するためには、その対象となるブランドすべてに共通するポイントがある、ということになりそうだ。
スーパーマーケットの共通点とは、例えば次のようなものだろう。
- 店舗内の外周に青果から始まる生鮮売り場があり、旬や新鮮さのシグナルを出している
- 加工食品・日配食品・総菜の品ぞろえが豊富
- 日用雑貨が当座のニーズを満たせる程度には品ぞろえされている
- 客が自らカートやカゴを使って商品を選ぶ、セルフピック方式である
- 会計は買い物動線の最後で、全商品同時に集中して行う
- チェーンオペレーション(本社で品ぞろえや棚割〈値づけや商品配置〉を決め、店舗はそれを展開すること)により、効率や規模の経済を追求している
- 価格が安い
これらのどれかが欠落したら、その店はスーパーマーケットとは認識されない可能性がある。こうした共通点は、自社の比較対象、つまり競合と自社が同じ土俵に立ち、比べられるための要件、いわば“ライセンス”のようなものだ。
競合に負けない独自性と差別性
ここまでの考察で、比較され得るようになるため=競争に加わるためには、何が必要かという考え方が整理できた。では、その競争に勝つためには何が必要だろうか。それは「このポイントは競合に絶対負けない」という独自性・差別性である。この独自性・差別性が顧客にとって重要であればあるほど、そして競合との差が大きければ大きいほど、ブランドの強みとなり、競争を優位に展開できる。
スーパーマーケットであれば、次のような独自性・差別性が考えられるだろう。
- 牛肉の品ぞろえが良く、各店舗で希少部位やA5ランクなどの高品質な商品を販売している
- 価格がどこよりも安い
- サステナビリティを徹底し、トレーサビリティの可視化やフェアトレード商品の積極導入、店舗屋根部への太陽光パネルの設置などを推進している
- 接客が良く、この人がいる店で買いたいと感じられるコミュニケーションができている
切り口はもちろんこれ以外にもたくさんあるが、こうした要素が差別性の候補になり得るわけだ。
米P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)出身のマーケターの方々がよく使うフレームワークにPoP(Point of Parity)とPoD(Point of Difference)がある。PoPとは「競合と比べられるための要件」のことで、PoDとは「独自性・差別性」を指す。これに、そもそも競合は誰かを加えた3要素(競合/PoP/PoD)を言語化することにより、ポジショニングは非常に明確に可視化することができる。そこに2軸のマトリクスは別段必要ない(図表1-1)。
いかがだろう。いったんこの整理を理解すると、ポジショニングという概念の解像度がグッと上がったのではないだろうか。
「競合」は顧客の来店目的で異なる
しかし油断してはならない。この整理の出発点となっている「競合」は誰かという概念が、意外に複雑だからだ。
再びスーパーマーケットを例に考えていこう。筆者は2008年から16年まで、西友でマーケティング本部長を拝命していたので、その西友を題材としてみる。
早速だが、西友の競合はどこか。直感的にはイトーヨーカドーやイオンといった名前が浮かぶだろう。少し詳しい方なら、それはGMS(総合スーパー=食品・日用品だけではなく衣料品なども扱っているチェーンのこと)の話であり、食品や日用品のみを扱っている西友については、ライフやサミットが競合である、と答えてくださるかもしれない。
このような直感は、競合という概念を「同じような商品を取り扱っている」「商圏が近い」という考え方で捉えた上で、具体的にブランドを選定しているものである。
他方、西友各店の店長からしてみたら、このような競合概念はあまり役に立たない。立地によって商圏を分け合い、戦っているスーパーは異なっており、それぞれの店にしてみたら、まさにそれらが競合になるからだ。
それなら、最も重要な視点である顧客の立場からすると、西友の競合はどこになるのだろうか。その答えは、顧客の来店目的によって異なる。筆者が同社在籍時に行った調査によると、スーパーマーケット・GMSへの来店目的は大別して17種類あり、これらの目的のことを「ショッピングミッション」と呼んでいた。
代表的なショッピングミッションは「夕食準備」だ。この調査によると、どのチェーンでも全購買の約35%程度を占めていた。
2番目のショッピングミッションはチェーンにより異なっていたが、その比率はどのチェーンでも全購買の20%程度を占めていた。主だったところとしては、「ディスカウントハント(安くなっているものを買いに来る)」や「トレジャーハント(珍しいものを探しにくる)」、「Quick&Easy(すぐ食べるために食べ物と飲み物を一品ずつ買う)」などだ。そして、これら2番目のショッピングミッションがそれぞれのブランドの個性となり、顧客視点で見たチェーン間の差異を説明しているように思われた。
ちなみに3番目以下のミッションとしては、「Heavy&Bulky(まとめ買い)」「(家庭内在庫が無くなったものの)補充」などがあった。順位は下の方だったが、「衣料品を買いに」というものもあった。
ショッピングミッションを起点に競合を考える
ここで、ショッピングミッション(=顧客の来店目的)ごとに、西友の競合がどこであるか考えてみよう。
最も代表的なショッピングミッションである夕食準備については、直感的に感じられる競合、すなわち他のスーパーマーケットチェーン、例えばイオンやライフなどではないかと思われる。では、2番目の「ディスカウントハント」「トレジャーハント」「Quick&Easy」の場合はどうだろう。
ディスカウントハントという視点で競合を探すと、特売が強力なスーパーやEDLP(エブリデー・ロー・プライス=毎日安売り)で、そもそもの価格帯が安いスーパーという競合像が浮かぶ。オーケーやロピアなどがその筆頭である。
一方、トレジャーハントの視点だと、スーパーマーケットという枠を超えて、ドン・キホーテや東急ハンズのようなチェーンが思い浮かぶ。「珍しいお酒を」という具合に特定のカテゴリーに焦点を絞ると、やまやのような酒類量販店もその範はん疇ちゅうに入ってくる。つまり、トレジャーハントという買い物目的でポジショニングを整理する場合は、自社(=西友)が一般的に属していると直感されるスーパーマーケットの範囲で競合を設定すると、競争の構造を見誤ることになるのだ。
Quick&Easyのケースも同様である。小売りチェーンの中で「食べ物・飲み物を一品買う場所」といえば、スーパーマーケットではなくまずコンビニが想起される。さらにいえば、ファストフードにおける購買行動もまさにQuick&Easyである。トレジャーハント同様に、このショッピングミッションも、スーパーマーケットの範疇で競合を記述することはできない。
こうしてみると、同じ西友でも、その来店目的によって競合/PoP/PoDは異なることがわかる(図表1-2)。いかがだろう。直感的に「西友の競合はイオンやライフなど」としていたのとは、かなりそのランドスケープが異なって見えるのではないだろうか。
筆者がいろいろな企業で見聞きした経験からすると、多くのマーケティング部署では、この直感的に競合を決め、それをベースにポジショニングを設定する、ということが行われているように思われる。しかし、本来であればここで思考実験したように、ブランドの利用理由「など」を網羅的に書き出し、それらに対してブランド戦略にのっとってプライオリティをつけ、その上でどのポジショニングを採択するのか決定すべきである。
富永朋信(著)、日経BP、2200円(税込み)



