プリファード・ネットワークスの富永朋信氏が、“ぐうの音も出ない”ほどマーケティングについて理解できる考え方をまとめた最新刊『 人がモノを買うしくみを言語化する “知ったかマーケター”からの脱却 』より、今回は「ターゲティング」について一部抜粋してお届けする。商品やサービス開発の起点となるターゲティングだが、あなたは腹に落ちるまでその概念を理解できているだろうか? [日経クロストレンド 2025年11月28日付の記事を転載]
そもそもターゲットとは何か?
ターゲットは、マーケティングを行う中でとても重要な概念であるといわれている。実際、商品開発やコミュニケーション施策を設計する場合、それらを誰に向けて行うのかを設定し、設定した人物像に準拠していくのが筋の良いやり方とされる。
果たして、それは本当だろうか。また、ターゲットと一口にいうが、それは一体どんなことを指すのだろうか。そこで今回は、そもそもターゲットとはどんな概念なのか、どんな目的で、どんな考え方を使えばいいのかについて深く考えていきたい。
思考実験として、すべての人間の頭上にデジタルサイネージが装着されていて、そのサイネージに、その人が欲しているものが表示される世界を考えてみよう。通常の世界にはそんなものはもちろんないので、これはあくまで仮の話である。
さて、誰が何を欲しているかはわからない。何が欲しいか、という気持ちは心の中にあり、そして人の心は私秘的なもので見ることができないからだ。
しかし、この思考実験の世界では、誰が何を欲しいか明示されているため、すべてのブランドの見込み客を疑いの余地なく見分け、同定することができる。
この世界で、ターゲットの定義を「自ブランド名がサイネージに表記されている人」として、マーケティング施策を展開することはできるだろうか。少し考えればわかるように、これはもちろんできない。自ブランドがサイネージに表記されている人がどこにいるかわからないため、コミュニケーションの取りようがないからだ。
また、自ブランドがサイネージに表示されている、ということは、この人はすでに自ブランドを認知していることになる。だが、ブランドのことを知らなくても、そのブランドが提供できる価値や便益を知れば、欲しいと思ってくれる人も世の中には大勢いるはずだ。つまりターゲティングとは、製品開発・コミュニケーションなどの対象を絞るため、自ブランドの商品・サービスを欲しいと感じている、またはそうなる可能性がある、コミュニケーション可能な人を定義することである。
もう一つ。大前提として、ターゲットを決めるということは、製品開発やコミュニケーションにおいて、「対象を絞ることは正しいことである」という含意がありそうだ。このベースにあるのは、次のような考えだろう。
- マーケティング原資に制限がある中、いろいろなところに分散投資をすると虻(あぶ)蜂取らずになる。
- 一般論として、例えばファミリーレストランよりもイタリア料理店といった方が、専門性を感じられて魅力的に思えるし、シチリア料理店といえばさらにそれが強まりそうだ。ターゲットについてもこのように絞ることにより、特定の利用目的や利用シーンとの結びつきができ、想起に残りやすくなる、ということが期待できそう。
これら2つについては、直感的に納得できるのではないかと思う(しかし、書籍『人がモノを買うしくみを言語化する』ではこの点に懐疑的な態度で論証を進めていく)。
では、これは実際のところどのように進めればいいのだろうか。
ターゲティングの階層(1):コンセプチュアルターゲット
筆者はターゲットを決める場合、3つの階層に分けて考える。1つ目は、ブランドコンセプトや商品仕様を決めるために設定するターゲットである。ここでは「コンセプチュアルターゲット」と呼ぶことにする。
ブランドコンセプトや商品仕様を決めるとは、どのようなことだろうか。例えば、自動車のコンセプトや仕様を決める場合を考えてみよう。
自動車はコストをかければ良いものがつくれるだろうが、価格が高いと購入できる人が限定されてしまう。また、運転が好きでレーサーのような走行を好む人と、安全を第一に考える人とでは、要求される設計仕様は異なってくる。車の形状や内装のデザインなども、家族構成・生活様式などによって好みが違ってきそうだ。
もし、レーサーのような走行を好む人向けの高性能エンジンを搭載し、家族旅行を好むファミリー向けのボディーと、洗練された都会的なデザインを好む人向けの内装を組み合わせた車を開発したらどうだろう。おそらく、各パーツのレベル・完成度が高くても、全体としては誰のどういう目的に合わせた車なのか、わからなくなるに違いない。
こうした事態を避けるためには、誰か一人の顧客の視点で、製品のすべてを吟味し、この人はどんな好みで、何を喜ぶのか、といったシミュレーションを基に、開発を推し進めていかなければならない。この「誰か一人の顧客」がコンセプチュアルターゲットだ。
前述したような目的で定めるターゲットなので、その価値観や好み、趣味などが言語化されており、どんな場面でどんな選好をするのか想像できるような人物像を描くことが必要だ。具体的には、ジェンダー・年齢・居住地・趣味・友人関係・職業・収入・信条などを緻密に決め、現実感があり体温を感じられるような設定が求められる。
ターゲティングの階層(2):コミュニケーションターゲット
ターゲットの3階層、2つ目はマーケティングコミュニケーションのターゲットとなる、「コミュニケーションターゲット」だ。
マーケティングコミュニケーションに当たっては、広告アプローチなら、どんなメディアのどのようなコーナーで実施するか選定しなければならない。PRアプローチにしても、同じようにどこで露出を狙うかという戦略を構築する必要がある。
その構築に当たっては、マーケティングコミュニケーションを届けたい人物像を言語化し、それらの人物が接しているメディアやコーナーを選ぶ、という順をたどる。オウンドメディアで発信したり、インフルエンサーを起用したりする場合も、どのような人物に情報を届けたいか、ということから逆算して発信内容をドラフトしたり、起用するインフルエンサーを決めたりする。ここでいう人物、人物像がコミュニケーションターゲットである。
では、コミュニケーションターゲットはどのように決めればよいのだろうか。原則、というか論理的な正解としては、コンセプチュアルターゲットと同じ準拠集団に入っている人物になると筆者は考える。
準拠集団とは「個人が信念・態度・価値を決定する場合や行動指針を求める場合などに、判断の根拠を提供する社会集団」のこと。コンセプチュアルターゲットと同じ準拠集団に属する人物や人物像については、彼または彼女が属していると思われるコミュニティや、持っているであろう価値観、採っているであろうライフスタイルなどをとっかかりにして言語化していくことになる。
マーケティングには横文字や略語が数多く登場するが、その中で最も重要なものとして「STP」がある。ご存じの通り、これはセグメンテーション・ターゲティング・ポジショニングの頭文字を取ったもので、この中のセグメンテーションは、主としてコミュニケーションターゲットを決めるための調査・検討作業である。すなわち、消費者を特定のブランドの視点から見て、重要な基準や物差しで分類し、いくつかの集団に分けた上で、そのターゲットは例えば「アクティブ自己向上派」だ、といった具合にコンセプチュアルターゲットの準拠集団を言語化していくわけだ。
準拠集団が言語化できたらコミュニケーションターゲットは一丁上がり、というわけにはいかない。「ターゲットとは何か?」を言語化したときに考察したように、(コミュニケーション)ターゲットとは、コミュニケーションできる必要があるからだ。
このためには、彼ら・彼女らが普段どのようなメディアに接しているか、どのようなコンテンツに触れているか、という視点で広告の出稿先やインフルエンサーを選んでいかなければならない。メディアやインフルエンサー側は「うちの局のこの番組は『アクティブ自己向上派』向けです」などと、ブランド側に都合のいいタグづけなどしていないからだ。
デジタル広告のターゲティングも、ブランド視点で定義したコミュニケーションターゲットの属性とズバリ合うとは限らない。そのため、コミュニケーションのメディアや場所の選定に当たっては、コミュニケーションターゲットを決めた上で、広告代理店やPR会社などのパートナーと一緒に、オーダーメードでやっていくしかない。
これはしっかりやると相当な手間がかかるが、サラリと流れ作業でこなしても、それらしいポートフォリオができてしまうので注意が必要だ。これから露出していこうとしているタッチポイントが、本当にコミュニケーションターゲットとの接点であるのかどうか、きちんと吟味すべきである。
ターゲティングの階層(3):プロモーションターゲット
ターゲットの3階層、3つ目は「プロモーションターゲット」である。
マーケティングコミュニケーションは、ブランドが想定するコミュニケーションターゲットに向けて発信し、ブランドの良さを伝えてポジショニングを確立したり、そこまで至らなくても流暢性を高めたりして消費者の心の中のなじみをつくり、想起集合に入れるようにするために行う。
つまり、コミュニケーションターゲットに向けて行うのが原則だが、一方で商品やサービスを購入してくれるのは、コミュニケーションターゲットだけとは限らない。ストイックで意識の高い、都心住まいの女性に向けて開発された低カロリーのお酒を、健康を気にする中年男性が購入することだってあり得るのだ。
多くのブランドが、新発売期やリブランド時、決算期などに売り上げを下支えするためにプロモーションを行う。その内容は増量キャンペーンだったり、値引きだったり、バンドル販売だったり、懸賞だったりと多岐にわたるが、この告知がコミュニケーションターゲットのみにしか行き渡らないと機会損失が起きる。
それを避けるため、プロモーションを行う際は、コミュニケーションターゲットよりもその範囲を広く取り、買ってくれる可能性がある人全員に告知が行き渡るようにしたい。具体的には、リテールとの協議の上で、店頭媒体を用いて告知したり、チラシに掲載してもらったりするほか、自社サイトの活用や、顧客データベースがあるなら電子メールなどで告知するなど、できるだけ広いスパンで行うべきである。
以上、ここまで筆者はターゲットを決める場合は、
- コンセプチュアルターゲット
- コミュニケーションターゲット
- プロモーションターゲット
の3階層に分けて設定して議論を進めてきたわけだが、図表2-1に示した「目的」にある、
- ブランドコンセプト開発
- ブランドコミュニケーションの対象を絞る
- なるべく広くプロモーションを届ける
の「ブランド」「コミュニケーション」「プロモーション」の3つはそのまま大きなマーケティング本部の中に設定された、サブチームの内の主要な3つという感じがしないだろうか。
そうすると、このような整理を共有することなく、漫然と「ターゲット」という言葉を使ってコミュニケーションしていると、まったく違う概念・スパンを指しているのに、話が食い違ったまま進行してしまう、などという恐ろしい事態が起きないとも限らない。読者におかれては、ターゲットを設定する場合は、くれぐれも3つの概念を峻しゅん別べつして扱い、的確に運用されることを切望する。
富永朋信(著)、日経BP、2200円(税込み)


