日経BPの専門誌の編集長およびラボの所長約50人が今後注目すべき技術を100件選定、専門記者が解説する『 日経テクノロジー展望2027 世界を変える100の技術 』が発刊。本コラムでは「日経トレンディ・日経エンタテインメント!」の澤原昇・総編集長が「もっと知りたい」と注目する技術について、記事を執筆した専門記者に話を聞きます。第3回は「宇宙データセンター」についてです。
宇宙にデータセンター建設? 米ビッグテックの野望
澤原昇(以下、澤原):新刊『日経テクノロジー展望2027 世界を変える100の技術』の中で、気になるトピックについて専門記者に聞く企画、第3回は「宇宙データセンター」です。「ついにデータセンターが宇宙に行くのか」という気もしますが、まず「宇宙データセンターとは何か?」というところから聞かせてください。
内田泰(以下、内田): 宇宙データセンターについてはさまざまな考え方があります。米スペースXや米グーグルといったビッグテックは、データセンターをそのまま宇宙に持って行くことを計画しています。宇宙空間でAI(人工知能)学習や推論処理もやってしまおうという話です。
日経クロステック&日経エレクトロニクス編集委員
一方、日本国内のプレイヤーが示している定義は少し異なります。彼らが考えているのは、地球低軌道上でAIなどを含む計算処理をするという構想ですね。現在、地球観測衛星は取得したデータを電波によって地上に送っています。ただし、データを送れる時間は、人工衛星が地球を1周する約90分のうちの10分程度しかありません。一方、人工衛星が宇宙で取得するデータ量は、カメラの高解像度化などによって急速に増加しており、データ解析の即時性などが問題になっています。
澤原:「ビッグテックはデータセンターを宇宙に持っていこうとしている」という話でしたが、宇宙は太陽光発電の効率が地上よりも高いというメリットがあるからですか。
日経トレンディ・日経エンタテインメント!総編集長
内田:スペースXもグーグルも今の地上のAI需要がさらに肥大化すると予測しています。そうした中で、計算上、地上で生み出す電力では足りないと考えているのです。さらに最近は米国などでもデータセンター建設に対する反対の声が多く、土地の問題、冷却水として確保する水資源の問題もあります。宇宙に行けば1日のうち80〜90%は太陽光を受けられる軌道があるといわれているので、そこに大型の太陽電池を搭載したAI衛星を大量に配備すれば、AIの計算処理に十分な電力を獲得できるという計算です。
実現への障壁はロケット輸送費
澤原:こうした構想自体はいつごろから盛り上がってきたのでしょうか。
内田:NTTとスカパーJSATが合弁会社のSpace Compassを立ち上げたのが2022年です。そのときに宇宙コンピューターネットワークを使って、データセンターをつくる構想を発表しました。おそらく、大企業がこのような構想を掲げたのは、これが初めてだと思います。
一方、ビッグテックでは2025年、グーグルが「プロジェクト・サンキャッチャー」を発表しました。これはグーグル独自のAIチップと太陽電池パネルを搭載した小型衛星群を光衛星通信で接続して、宇宙データセンターを構築するというものです。そして、2026年8月にはスペースXが「スターマインド」を発表し、米NVIDIAもスペースXと提携すると発表しました。宇宙データセンターは遠い将来の構想だという見方が一般的でしたが、一気に実現性が見えてきたのはビッグテックが参入してきてからのことです。
ただし、スペースXのスターマインドは最大100万基のAI衛星を配備するという壮大な構想で、この実現は同社が現在鋭意開発を進めている世界最大のロケット「スターシップ」の商用化が大前提となっています。
澤原:「どこにどうやって資材を積んでいくの?」という問題があるわけですね。
内田:「ロケット輸送が巨大化して、コストが安くなる」というのが宇宙データセンター実現の前提条件です。グーグルの試算では低軌道までの輸送コストが1キロ当たり3万円程度にまで下がると、宇宙空間での太陽光発電による電力調達がコスト的に釣り合うようになるそうです。今、スペースXの主力ロケット「ファルコン9」の輸送費が1キロ当たり約30万円なので、10分の1にコストが下がれば採算が取れるというわけです。
澤原:輸送費の問題があるのですね。
内田:はい。スペースXの株価はスターシップが商用化すれば、また上がると予想しています。
澤原:なるほど。そもそも「データセンター不足」ということですが、全世界的に不足している状態なのでしょうか。
内田:そうですね。AIはビジネスパーソンだけではなく、今後は誰もが日常的に使うようになると思います。そうなると需要がより高まり、電力が不足するのは目に見えています。
澤原:生成AIのビッグテックは赤字でも、「まだまだ行くぞ」という感じですよね。
内田:行くでしょうね。まだまだ圧倒的に伸びるという予測です。加えて、ロボットなどのフィジカルAIは実社会ではまだほとんど稼働していません。稼働が本格化すれば、フィジカルAIのデータ処理もすごいことになります。
澤原:なるほど。宇宙データセンターは荒唐無稽な構想ではなく、あり得るレベルの話なのですね。
内田:そうです。かなり本気ですよね。やっぱりスペースX、グーグル、NVIDIA、ジェフ・ベゾスのブルーオリジンと、大規模投資が入っているので。ただ、実現するにはスターシップの成功と、データセンターが放出する熱をどう処理するかの問題があります。
澤原:宇宙空間だと熱を逃がせないですよね。
内田:そうなんですよ。なんせ宇宙には、大気がありませんから。AI半導体が放出した熱を冷却水などでラジエーターへ運んで、ラジエーターを介して赤外線として宇宙空間へ放熱しなければなりません。
国際宇宙ステーション(ISS)にもラジエーターがあります。スペースXの「AI1」というAI衛星にはめちゃくちゃ大きなラジエーターと太陽光パネルがついていて、世界最大規模の衛星になっています。
澤原:でも、よく考えたら宇宙空間は排熱に向きませんよね。宇宙とデータセンターは相性が悪そうですが。
内田:そうなんですよ。けれども、力技でやってのけようというわけです。イーロン・マスクは「まったく問題ない」と言っています。そもそも、「AI1」は高さ30メートル、横幅75メートルと衛星としてはかなり大きいです。しかも地球低軌道は少し大気があるため、設計寿命は最大でも5年しかありません。これらの衛星群を100万基並べて5年ごとに交換するという前提条件がある中で、やってのけようというのは、日本の企業のスケールでは全く出てこない発想ですよね(笑)。
宇宙データセンター事業、日本の強みは光通信
澤原:宇宙データセンター関連で、日本企業が活躍する余地はありますか。
内田:日本の企業は衛星同士をつなぐ光衛星通信、つまり光通信技術に強みを持っています。これまで衛星間の通信には電波が使われてきましたが、宇宙業界では今まさに光に置き換わるトレンドが押し寄せています。現状、光衛星通信を商用ベースで日常的に運用している企業はスペースXのみといわれていますが、他社がこの技術を搭載した衛星を配備し始めています。
宇宙データセンター構想では、多数のAI衛星を光衛星通信で接続・連携させて大きなコンピューターとして機能させます。このとき、電波より高速で遅延も少ない光通信が不可欠になります。この分野ではトップクラスの技術をNTTなどが持っています。NTTは次世代情報通信基盤構想「IOWN(アイオン)」の光通信技術を宇宙に転用するので「宇宙用IOWN」と言っていますね。
光衛星通信には非常に高度な技術が求められます。宇宙空間で何百キロ、何千キロも離れた場所を秒速7~8キロという超高速で飛行する衛星同士が光通信をするためには、超高精度に位置を合わせる必要があるからです。さらに軌道が違えば、速度も違うので、それらを合わせるのは大変なわけです。ただ、そのあたりの技術的なギャップを埋めるための光の技術は日本が持っています。
澤原:「宇宙用IOWN」は知りませんでした。NTTはもう宇宙まで行ってしまったんですね。ただ、今まだ宇宙データセンター自体は実証実験も何もされていないですよね?
内田:ほとんどありませんね。ただ、2025年11月に米国のスタートアップ企業のStarcloudがNVIDIAの最新GPU「H100」を搭載した衛星「Starcloud-1」を打ち上げました。軌道上でもちゃんと使えるか、AIの推論ができるかをテストしています。
26年からいろんな実証実験が始まる予定です。NVIDIAは27年に実証実験をして、27年末からAIを量産し、大規模なコンステレーション(衛星群)をつくると。グーグルもプロトタイプを27年の初めに打ち上げる予定です。宇宙データセンター用のAI半導体には放射線耐性が不可欠です。地上と比べて大量の放射線が飛び交う宇宙空間では、高性能な半導体ほど放射線による悪影響を受けやすいためです。今までは放射線耐性を持ったFPGAというプロセッサーの一種を使っていたのですが、それだと計算処理が遅いです。
そして、めちゃくちゃコストが高い(笑)。そのため今はCOTS(Commercial Off-The-Shelf)と呼ばれる地上の民間で使われている先端半導体を宇宙でも使おうとしています。宇宙に持っていって放射線の影響でエラーが出ても、そのエラーを補正するような仕組みを入れたほうが早いという考えです。
グーグルも先端TPUの放射線耐性テストをしているし、NVIDIAもRubinというGPUでプラットフォームをつくり、それをスペースXのAI衛星に載せようとしています。スペースXは自社でAIチップを開発すると同時に、NVIDIAのプラットフォームも使っています。それらが使えるかどうかが、大規模な宇宙データセンター構想にとって非常に重要です。使えないとなると、高くて遅いFPGAを使わなければなりませんから。
澤原:なるほど。ここまで聞いていると、宇宙データセンターはそんなに遠くない話なのですね。
内田:そんなに遠くないですね。スペースXのホームページを見ると、月面に電磁砲のような「マスドライバー」という発射装置を置き、燃料を使わずに月面で製造した衛星を打ち上げ、月周回軌道にAI衛星のコンステレーションをつくるという構想も出しています。もっと遠い深宇宙にもAI衛星を飛ばすと。月に関していえば、「アルテミス計画」では2030年ごろから月面基地の建設が始まりますね。
澤原:内田さんの話を聞いていると、5年後にすごい世界が訪れるんじゃないかという気持ちになります(笑)。宇宙データセンターはビジネス面でのインパクトもあるということですよね。
内田:スペースXは宇宙にデータセンターをつくるほうが、将来的には地上よりもコストが安くなると考えています。そうすればAIの計算単位ごとに売るという目算も分かりますよね。
宇宙での開発が進む先に生まれる、記者注目の次のサービス
澤原:最後に内田さんが宇宙データセンター以外で、最近注目していることは何ですか?
内田:宇宙空間に衛星が100万基も飛ぶようになれば、デブリ問題がかなり深刻になるという話もあります。そうしたスペースデブリの回収や衛星の寿命延長を手がける、日本企業のアストロスケールホールディングスに注目しています。彼らが取り組んでいる「軌道上サービス」では、高速で宇宙空間を飛行するデブリのような物体に近づいていって相対静止し、捕獲するという高難度の技術が求められます。この技術において世界の先頭を走っているのがアストロスケールです。その証左が、米軍や英軍からもミッションを受注していることです。
内田:同社が取り組んでいる衛星への燃料補給サービスなどが実用化されれば、これまで“使い捨て”が前提だった衛星の設計ががらりと変わります。低軌道における衛星の寿命は、大気摩擦の関係で最大5年といわれていますが、燃料を補給できればそれが10年とかに延長する可能性があります。
これまで低軌道に高機能な大型衛星がほとんどなかったのは、コストが高く、5年の寿命では採算が取れないからです。これが寿命延長できるようになると、設計がものすごく変わります。
澤原:スペースデブリの回収や軌道衛星を運用するための事業が現れるなんて、SF漫画の世界ですね。しかも、意外と自分が生きているうちに見られそうだと思うと、夢が広がります。
人物写真/尾関祐治 文/三浦香代子 構成/馬本寛子(日経BOOKプラス)
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