新刊『 妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話 』の著者、編集Yこと山中浩之氏が日経ビジネス電子版で始めた連載「数字で縛ればやる気が逃げる」。自著の取材を振り返りながら、あれこれ考えを深めていくコラムを日経BOOKプラスでも転載させてもらうことになりました。とても面白い記事なのでぜひ読んでいただきたいのですが、せっかく「本の情報」を発信する当サイトですので、元記事には収録されていないオリジナルコンテンツとして、記事の関連箇所を書籍から抜粋して掲載します。本書の主人公たる相模屋食料の鳥越淳司社長と編集Yのテンポの良いやり取り。そこで明らかになっていく「数字の罠」とその飛び越え方。記事と共に、本の魅力もしっかりお伝えできれば幸いです。第6回は「数字の責任」について考えます。(日経BOOKプラス編集部)

 「繰り返しになりますが、数字は結果であって目的じゃないんですよ。そう考えると、先に工程をシンプルにすることで、すでに次の成長に欠かせないリソースが捻出できているんです」

 前回(「おとうふ屋のN字再建『まずやる気を削ぐことをやめましょう』」)は鳥越淳司・相模屋食料社長のこんな言葉で締めたが、「次の成長に欠かせないリソース」が何か、お分かりになっただろうか。

 企業の再建は、黒字決算、債務超過の解消という「数字」で進む。だからなのか、決算数字にダイレクトにつながる原価や人件費などにすぐ目が行ってしまう。しかし、それはすでに折れた従業員の気持ちをさらに砕くことにつながる。だから、働く人の「やる気」をへし折ってきた施策を止め、既存製品の品質を立て直すことで「プライド」を回復させ、それを売り上げに、そして決算数字につなげていく。

 そして一旦黒字化を達成し、働く人が「自分たちはやれる」と自信を取り戻したところで、いったん赤字になるのを覚悟して設備投資を行い、本格的な成長軌道に入れるのだという。「次の成長に欠かせないリソース」はここで利いてくる。と、ヒントを出させていただいたところで、正解は?

損益分岐点は計算方法より使い方

 さっさと答えを言ってしまうと、答えは「人」。「工程がシンプルになると、何より貴重な『人』が捻出できるんですね」(鳥越社長)

 「人が全然足りなくて、あれもこれもできない」というのは、どの会社、どの業界でも「あるある」だ。ましておカネがない再建中の会社ならば、人を増やすのも、設備投資も難しい。だが「ムダな工程をなくすと、これまでの半分の人数で済むようにできたりするんです」(同)。

 「大変だけど人手が足りないんだ。現状と同じ仕事を少ない人数でやってくれ」というなら、単なる現場の負荷増なので、社員のやる気の回復も、サービスや製品のクオリティー向上も見込みにくい。大事なのは、最初に「意味がない」、すなわち顧客のメリット、おいしさにつながっていない「ムダな仕事」を、現場の声を聞きながらバッサリ切っていく。そして現場でムダな仕事に貼り付けられていた人たちを開放して、何をやるか。

 「普通、どの会社に行っても経営層の皆さんがおっしゃるのは『損益分岐点をいかに引き下げるか』ですね。だけど『そんなのははっきりいってどうでもいいです』というのが自分の考えです。こう言うと、『この人、経営者なのに、損益分岐点を知らないのでは?』という目を向けられたりするんですよね(笑)」

 損益分岐点って、計算のやり方を知っている人はたくさんいるのに、使い方を知っている人はあまり多くない気がします、と鳥越社長は言う。

 連載では「数字で縛ればやる気が逃げる」という視点から、鳥越社長の経営、主に企業再建について見てきた。だが、このタイトルからして「数字なんてどうでもいい、ってことだな」という印象を与えたかもしれない。

 書籍の帯に入れたとおり、日本最大手の豆腐メーカー、相模屋食料(以下、相模屋)では「営業には売り上げ目標がなく、工場には損益責任がない」。数値そのものによる社員の、部署のコントロールを、できる限り遠ざけるマネジメントが行われている。

 だが、これは「鳥越社長は経営数字を見ていない」という意味ではない。

相模屋食料の鳥越淳司社長(写真:大槻純一)
相模屋食料の鳥越淳司社長(写真:大槻純一)

「数字の責任はすべて社長が取ります」

 「実は、数字の話をさせるなら、私はこの業界の中では一番強い、という自信があるんですね(笑)。数字を見ないとは言っていない。毎日、夜なべして見ています。だけど、社員のみんなは別に数字を気にしなくていいよ、そこは自分が考えてしっかりやるし、数字の責任はすべて社長の自分が取るから、安心して自分の仕事に集中してね、ということなんです」

 余談だが、この『妻の実家のとうふ店を……』の帯は最初「数字の責任は、すべて社長が取ります」という、鳥越社長のこの発言から取ったものだった。

 「最高責任者らしい、いい言葉じゃないか」と思っていたのだが、販売の切れ者Kさんから「Yさん、これを使いたい気持ちは分かります。分かるんですが、本来、社長が数字のすべての責任を取るのって、当たり前のことですよね?」と突っ込まれ、なるほど確かに、と、現状の「数字を追わないようにしたら、燃える集団になっちゃいました」に改めた。

 鳥越社長の話に戻ろう。

 「損益分岐点が、と先方が言い出したらですね、『損益分岐点って、どう使うか分かりますか。計算の仕方じゃなくて、使い方ですよ』と言います。たいていきょとんとされますので『これくらいの利益率がある新製品を出せれば目的の利益率にたぶんいけるな、と考えるために使うんです』と、私なりの正解をお話しします」

 損益分岐点とは言わずと知れた、売り上げと費用が一致する点のこと。再建中の会社ならば、普通は経費を引き下げるほうに目が向くものだが、「このくらいの利益率の新商品をこのくらい売れば」と、攻めるために使うのだという。

「この工程なら6人でいけるな」

 「そこで使う利益率とか売上高の数字そのものは、『たぶん』『だろう』でいいんですよ。そんなところでごりごり精度を上げても仕方ない。結局やってみるまでわからないですから。

 相模屋で新商品の開発・販売を長年やっているので、発売までにかかる時間や、その商品の売り先も含めて、全部のシミュレーションが脳内でざっくりできるんです」

 そして、これを提案すると先方から出てくるのは「新製品、いいですね。でもつくる人いませんよ」というリアクションなのだという。

 「これも再建会社あるあるです。だけど、前回もお話ししたように、たいていは意味のない仕事にたくさんの人が張りついているんですよね」

 だから鳥越社長はまずに工場を見に行って「どれくらいの人手が抽出できるか」の見当を付けておくわけだ。

 「エクセルを見る前に、やっぱり工場です(笑)。何を何人でつくっているのかを見る。安売りの商品のラインに15人付いていたな。あれはたぶんうちの工場だったら6人でいけるな、と仮説を立てる。15人から6人で9人減らせる。だけど、それをやるとたぶんこういう障害が出てくる、それを織り込むとまあ6人。じゃあ、こういう新商品をつくっていこう、これだったらたぶん4人でいけるな、あと2人には何をしてもらおうか、と、こんな具合です」

 これを「数字でまとめろ」と言われないのが、社長の特権ですねと鳥越社長は笑う。

 「ありがたいことに経営者なものですから、別に誰に説明をしなくてもいいといえばいいわけで(笑)。細かい数字が合っているかどうかはどうでもいい。『あれをこうすれば、だいたい2%損益分岐点が下げられるな』というのが感覚としてわかるかどうかが大事なんです。その都度計算していたんじゃ話にならないんですよ」

「数字に強い」という言葉の本当の意味

 「数字に強い」とは、「肌感覚を数値化できること」、という意味だろうか。

 「そうそう、暗算が速いとかじゃなくて(笑)。『もし、これをやったらどうなるかな』というシミュレーションを、脳内で数字を使ってざっくりできること、ですかね。実体験の数と、それを数字“も”使って振り返ることを重ねてきたので、やったらどんな数字になるか、精度は粗いけれどだいたいのところは事前に読めます。行けそうなら実行に移して、合っているかどうかはやった後で分析すればいい。私は自分で徹夜で検証しています。そしてダメだったら、さっさと方向を変える」

 おいしさに関係のないものをそぎ落とし、売れている商品に人と設備を集中していくことで、経営数字がよくなっていく。その間に社員のプライドが甦り、次の投資に向けた企画と人の準備が進んでいるわけだ。

 「普通は製造部分を圧縮しただけでは縮小均衡に陥っちゃう。それでもどうにかなるのは、相模屋に営業力があるからです。相模屋の営業マンが商品を売っていきますから、絞り込んだ製造ラインの稼働がどんどん上がっていくんですね。

 いらない設備を捨てて、人の配置を替えて、同時に仕入れの商品や原料の交渉もして、もっとローコストでできるようにして、営業力で販売を上げていく。繰り返しになりますけれど、黒字化の目的は数字じゃなくて、『何をやってもダメだ。刀折れ矢尽きた』と感じていた社員さんたちに『やればできる』という自信を持ってもらうこと。その自信を持つことで、一度下に潜れるんです」

 それが図中の、N字の右下がりの線だ。

 「経営数字的には償却負担などで沈むのを覚悟の上で、ここで設備投資をがんがん行います。工場だけではなくて、社員の福利厚生、細かいことですが作業用の白衣とか、あと食堂とかトイレとか、玄関とかですね。そちらもがんがんと、社員の気持ちがアガることなら惜しまず投資する。

 『いつ赤字に戻るか分からないのに、玄関やトイレの改修に1500万円とかかけている場合なんですか』という人もいましたけど『トイレが汚くて仕事ができるか』と(笑)。お金を掛けてもその分、仕事をきっちりやってもらえばいいわけです」

 そして、例えば石川サニーフーズの「おだしがしみたきざみあげ」(「数字上は非効率」を削るだけなら経営者はいらない)で紹介したような、おのおのの企業の特徴を生かした新製品が生まれ、意味のない仕事から放たれた人がその生産に当たり、ますますやる気を取り戻して、成長軌道に本格的に入っていく、というわけだ。

「おだしがしみたきざみあげ」は、グループ会社の石川サニーフーズの元・主力商品を応用してつくられた累計出荷数6000万パック突破のヒット商品。常温保存でき下味も付いているのでそのまま料理に使える
「おだしがしみたきざみあげ」は、グループ会社の石川サニーフーズの元・主力商品を応用してつくられた累計出荷数6000万パック突破のヒット商品。常温保存でき下味も付いているのでそのまま料理に使える

 数字の責任はすべて社長が取る、というのは、当たり前ではあるが、「責任を取る」というのは「正しい改善策を打つ」ということだろうから、「数字に強い」経営者が言うのでなければ建前に聞こえる言葉でもある。「数字に強くない」経営者は、数字で縛る経営しかできない、ということかもしれない。

【日経BOOKプラス限定公開】
本記事に関連する箇所を書籍『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』から抜粋してお届けします(61~67ページ)。当該部分は第2章の中盤、前回抜粋箇所の続きです。数字を読む力を自ら徹底的に鍛えたからこそ、数字の呪縛に頼ることなく現場のやる気を引き出し、自在の策を打てる── 。編集Yとの軽快なやり取りの奥にくっきり浮かび上がる鳥越社長のすごみ、ご堪能ください。

損益分岐点の正しい「使い方」

鳥越:工程がシンプルになると、何より貴重な「人」が捻出できるんですね。「人が全然足りなくて、あれもできない、これもできない」と言われていた会社であっても、ムダな工程をなくすと、これまでの半分の人数で済むようにできたりするんです。

── へえ。とはいえそのあたりは、「再建会社に行くとまず出てくる」数字に強くてコストにうるさい管理系の人たちが、把握しているんじゃないんでしょうか。

鳥越:実は、数字の話をさせるなら、私はこの業界の中では一番強い、という自信があるんですね(笑)。管理系の方々の話で最初に出てくるのは、ご指摘のように損益分岐点がどうしたとか、コスト構造が、とかの話なんです。

── 現状のコストをいかに切り詰めて、損益分岐点を引き下げるか、という。

鳥越:そしてそれって実はどうでもいいんです。

── どうでもいいですって?

鳥越:損益分岐点が、とか言い出したら「損益分岐点ってどう使うかわかりますか。計算の仕方じゃなくて」と言います。たいていきょとんとされますので「これくらいの利益率がある新製品を出せれば日的の利益率にたぶんいけるな、と考えるために使うんです」って、私なりの正解をお話しします。

新製品のシミュレーションを脳内で

── 損益分岐点を引き下げるために、新商品の投入を考えるんですか。それってアリなんだ。

鳥越:利益率とか売上高の数字そのものは、「たぶん」「だろう」でいいんですよ。そんなところでごりごり精度を上げても仕方ない。結局やってみるまでわからないですから。

 相模屋で新商品の開発・販売を長年やっているので、かかる期間や売り先も含めて、全部のシミュレーションが脳内でざっくりできるんです。で、次に出てくるのは「新製品はいいけどつくる人手が足りません」という声です。再建する会社はたいていそうなんです。

── なるほど。

鳥越:でも、さっきお話ししたようにたいていの場合は、意味のないことにたくさんの人が張りついているんですよね。

 コストが何パーセントとかのエクセルを見る前に、やっぱり工場を見ておくことです。まず何を何人でつくっているのかを考えるんですよ。「さっき見てきたら、安売りの商品のラインに5人付いていたな。たぶんうちの工場だったら6人でいけるな」と仮説を立てる。そして、15人から6人で9人減らすときに、たぶんこういう障害が出てくるだろうな、ということもわかっているので、それを織り込んだ上で、たとえば6人減らすことにして「じゃあ、こういう新商品をつくっていこう、これだったらたぶん4人でいけるな、あと2人には何をしてもらおうか」と。ちなみに新商品の開発自体はお手の物です(笑)。

── なるほど、それが「損益分岐点の使い方」なんですか。既存のコスト削減や売上増だけじゃなくて、新製品に開発・製造のリソースをどう捻出して、どう売ると、損益分岐点をどのくらい下げられるか、と。これは数字だけ見ていてはできませんね。

鳥越:これを「数字でまとめろ」と言われればまとめられますけれども、ありがたいことに経営者なものですから、別に誰に説明をしなくてもいいといえばいいわけで(笑)。細かい数字はどうでもよくて、「あれをこうすれば、だいたい2%損益分岐点が下げられるな」というのが感覚としてわかるかどうかが大事なんです。その都度計算していたんじゃ話にならないんですよ。

── そんなこと言われたらぐうの音も出ない。

「数字に強い」とは、感覚を数値化できること

鳥越:「数字に強い」というのは、計算ができることじゃなくて、感覚を数値化できるかどうかであって、それが合っているかどうかは後で分析すればいい。私は自分で夜なべで検証しています。そしてもしダメだったらさっさと方向を変える(笑)。

 そんなふうにして、おいしさに関係のないものをそぎ落とし、売れている商品に人と設備を集中していけば、黒字化が達成できる。たとえば京都タンパクは、製造しか触っていない段階で黒字になったんですよ。

── へえ?

鳥越:普通は製造部分を圧縮しただけでは縮小均衡に陥っちゃう。それでもどうにかなるのは、相模屋に営業力があるからです。相模屋の営業マンが商品を売っていきますから、絞り込んだ製造ラインの稼働がどんどん上がっていくんですね。

── なるほど。

鳥越:いらない設備を捨てて、人の配置を替えて、同時に仕入れの商品や原料の交渉もして、もっとローコストでできるようにして、営業力で販売を上げていく。というのが基本なんですけど、京都タンパクの場合は製造に手を入れるだけで黒字化しちゃったので、ということは、まだまだ収益化できる可能性があるわけです。

── 営業力の秘密も伺いたいですね。でもその前に、営業に手を付けなくても黒字化できちゃったというのは、商品が良くなったので売上高が伸びたから、ということですか。

鳥越:ちょっと違います。京都タンパクの場合は売れる商品は出ましたけれども、月商でいくと私が行った当時より2割以上、下がりました。

── あら、減っちゃって。

鳥越:かなり下がっています。つまり、何かが売れるというよりは、元々のムダが多過ぎた。それを全部省いて、「おいしさと品質と安定生産」の3つだけをやっていけば、黒字化までいけたということですね。

── 最初の黒字化は、一度縮むことで達成されるわけでしたね。

鳥越:そうです。繰り返しになりますけれど、黒字化の目的は数字じゃなくて、「何をやってもダメだ。刀折れ矢尽きた」と感じていた社員さんたちに「やればできる」という自信を持ってもらうこと。その自信を持つことで、一度下に潜れるんです。

黒字化できたら、どんと投資して赤字に

── N字の、右下がりの線ですか。

鳥越:経営数字的には償却負担などで沈むのを覚悟の上で、ここで設備投資をがんがん行います。工場だけではなくて、社員の福利厚生、細かいことですが作業用の白衣とか、あと食堂とかトイレとか、玄関とかですね。そちらもがんがんと、社員の気持ちがアガることなら惜しまず投資する。

 「いつ赤字に戻るかわからないのに、玄関やトイレの改修に1500万円とかかけている場合なんですか」という人もいましたけど「トイレが汚くて仕事ができるか」と(笑)。ある再建中の会社の元社長の方からは「鳥越さんは、社員がお客さんだと思ってるんですね」と言われました。そうかもしれません。でもその分、仕事をきっちりやってもらえばいいわけです。

── 金融機関の人は「黒字化したら、それでいいんじゃないか」と考えがちとおっしゃいましたが、そういうふうに考える人は社員の方にもいそうですよね。また攻めに出てずっこけちゃったら、と。

鳥越:います、います。その不安を抑えるためにも、まず「黒字化できた」という自信と「働く環境がどんどん良くなっていく」という実感が必要なわけです。でも、なにより、「一度赤字に戻っても、その後で勝てる」と思える戦略を、ちゃんと示せるかどうかが大事です。

(次回に続く)

日経ビジネス電子版 2023年11月24日付の記事を転載、一部情報を追加]

「前年比」「利益率」などの数値目標がない会社が「失われた20年」で売上高23億円から400億円に急成長している。2012年に「ザクとうふ」で話題を呼んだ相模屋食料だ。率いるのは当時雪印乳業の「営業マン」だった鳥越淳司社長。普通の会社員が会社を燃える集団に変えていった20年間を、本人の言葉で語ります。

山中浩之(著)、日経BP、1870円(税込み)

●本書の内容をさらに詳しく知りたい!という皆さん、日経BOOKプラスにて「はじめに」と「もくじ」も公開しております。