「能力」以外で企業が社員を評価し、組織を運営することは可能なのか。組織開発を専門とする勅使川原真衣氏と考察を深めていく本連載をもとにした書籍『「働く」を問い直す』が誕生した。それを記念し、ジャーナリストの浜田敬子氏との対談を行った。前回(参照:氷河期世代によく売れた「○○力」特集 元編集長が気づいた矛盾)、能力を評価しようとするのではなく、その人の持ち味を把握し、組み合わせることの重要性について語った。今回は、いま職場にいる人たちで組織づくりを行う秘訣を、事例によって解き明かしていく。

(写真=稲垣 純也)
(写真=稲垣 純也)

いまいる人を生かす工夫

浜田敬子氏(以下、浜田氏):私が「AERA」の編集長をしていたとき、30人くらいの編集部だったので、メンバーそれぞれの持ち味を掛け合わせる組織づくりが比較的自然とできていました。いまいる人をどうやって生かすか。どうしたら気持ちよく、より働きやすく、楽しく働けるのか。人が足りなかったので、得意なことをやってもらうしかなかったんです。そういう意味では、同じように少ない人数で回すしかない中小・零細企業では、「能力主義」ではなく、結果的に持ち味を生かす組織運営をしているところもあると思うんですよね。

勅使川原真衣氏(以下、勅使川原氏):それはまさに組織開発の先端事例ですね。組織開発とは呼んでいないとしても、少なくない会社で以前からやりくりしてきたことが、実は組織開発だった、ということは十分にあり得ます。

浜田氏:人手不足などで状況が厳しくなっている職場は、そうやって持ち味を生かして工夫するしかない。一方で、能力主義で頭が凝り固まった職場だと、人が足りなくなってくるにつれて上司の部下に対する当たりが強くなっていく場合もありそうです。どんどん二極化していくのかもしれません。

 うまく工夫している例としては、リクルートワークス研究所の機関誌「Works」の2025年10月発行の号で紹介した、宮城県に本社を置くティ・ディ・シー(TDC)があります。社員60人程度の規模ながら、金属などをナノレベルで研磨する技術を持つメーカーです。人を育てるための投資として、かなり高額な精密測定器を導入しているんです。職人さんの勘と経験に頼るのではなく、若手のスキルを測定器で数値化しているので、自分がこれからどうやって技術を習得していけばいいかが分かる。こうした取り組みのおかげで、下請けから脱却でき、長時間労働もなくなり、小惑星探査機「はやぶさ」の部品を作れるようになった。

勅使川原氏:前回の「スキルを数値などで評価する」という話に通じますね。精密研磨という職人技の世界でも、どれくらいで一人前になれるのか道筋を示せるというのは大事です。

浜田 敬子(はまだ・けいこ)氏
浜田 敬子(はまだ・けいこ)氏
ジャーナリスト。1989年に朝日新聞社に入社。99年から「AERA」編集部。記者として女性の生き方や働く職場の問題、また国際ニュースなどを中心に取材。米同時多発テロやイラク戦争などは現地にて取材をする。その後、「AERA」初の女性編集長に就任。2017年、朝日新聞社を退社し、世界展開するオンライン経済メディアの日本版「Business Insider」を統括編集長として立ち上げる。22年よりリクルートワークス研究所の機関誌「Works」編集長(25年10月末で退任)。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)、『男性中心企業の終焉』(文春新書)(写真=稲垣 純也)

浜田氏:若手を採用するための文句として「当社では速いスピードで成長できます」と打ち出している企業は多いですよね。これは、何年でこんなスキルが身に付いて、給料がいくら上がります、などと具体的に言うべきなんですよね。

勅使川原氏:経営者は、「事前にそんなこと具体的に言えない」とおっしゃるのですが、できることはありますよね。

浜田氏:学歴や職歴ではなく、スキルを基に選考する「スキルベース採用」という手法も出てきていますが、どう思いますか?

勅使川原氏:入り口としては、職務要件(ジョブ)を明らかにするインセンティブを持たない「メンバーシップ型」よりよほどいいと思います。ただ、スキルベース採用も事前に職務要件を明らかにする必要がありますし、入社時に習得しておくべきスキルと、入社後に研修などで習得するスキルを分けておかなければなりません。何より、入社してからもその達成度をきちんと評価しなければ、継続的なスキルアップをサポートできません。入り口だけ「スキルベース」とうたっていても、中身がメンバーシップ型とあまり変わらなかったら意味はないですよね。

 また、「リスキリング(学び直し)」がうまく進まないと言っている企業も多いのですが、達成度(成果)をどう評価するか決めていないからですよね。

浜田氏:曖昧だから、みんなリスキリング迷子になっている。数十ものeラーニングのコースを提供して、業務時間外で勉強しろと。その先に給与が上がるかどうかも分からないのであれば、やる気になんてならないですよね。

勅使川原氏:成果をちゃんと決めなければ、ただでさえ忙しいのに、さらに訳の分からない新しいことをやるなんて、頑張れませんよ。

リスキリングすごろく

浜田氏:曖昧ではないリスキリングの例としては、2023年に「Works」の取材でドイツに行き、フォルクスワーゲンで話を聞きました。電気自動車が主流になるにつれ、従来のエンジンのエンジニアなどが、電池やソフトウエアのエンジニアになるために、リスキリングをしなければなりません。そのため、70以上もの「未来のジョブ」が具体的に決められていて、そこに至るまでの“路線図”が用意されていたのです。

 “路線図”では、どこからどこに行くまでに何十日かかる、ということも明らかにされていました。なんだか、すごろくみたいで楽しいんですよ。

勅使川原氏:リスキリングすごろく、いいですね(笑)。

浜田氏:私が話を聞いた社員の方は、もともと工場のラインで車軸の検査をしていたけれど、「すごろく」にチャレンジして、いまは開発中の車の安全性における認証を得るための書類を作成する仕事に就いているそうです。「責任は重いけれど、やりがいを感じている」と言っていました。

勅使川原 真衣(てしがわら・まい)氏
勅使川原 真衣(てしがわら・まい)氏
1982年横浜生まれ。東京大学大学院教育学研究科修了。BCGやヘイ グループなどのコンサルティングファーム勤務を経て、独立。教育社会学と組織開発の視点から、能力主義や自己責任社会を再考している。2020年より乳がん闘病中。著書に『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)、『働くということ』(集英社新書)や『職場で傷つく』(大和書房)、『格差の“格”ってなんですか?』(朝日新聞出版)、『学歴社会は誰のため』(PHP新書)、編著に『「これくらいできないと困るのはきみだよ」?』(東洋館出版社)がある。最新刊は『「働く」を問い直す』(日経BP)(写真=稲垣 純也)

勅使川原氏:日本企業では、そうやって社内で労働移動の道筋が示されること自体、とてもまれだと思います。

浜田氏:感動したのは国際輸送物流業のDHLで、トラック運転手など現場も含めて60万人もの社員全員のスキルデータベースをつくろうとしているんです。人材獲得競争が激しくなり、社外から採用するのではなく社内の人材を異動させて登用していく必要がある。社員は、いまのスキルと目指すジョブとのギャップを把握し、それを埋めるためにどう学ぶのかが分かるようになります。そして、イントラネット上にSNSをつくり、社員がジョブを探したり、マネジャーがスキルを持った人材を探したりできるようにしています。

 例えば、すごくゲームが好きなトラック運転手だったら、VR(バーチャルリアリティー)の仕事もできるかもしれないですよね。それぞれのスキルを掛け合わせて新しい仕事ができる、というのも見えてきます。

勅使川原氏:それがまさに、共に創る「共創」ですよね。他方で、社員の持つスキルを把握し、リスキリングすごろくを用意するのを、日本企業は嫌がるかもしれません。メンバーシップ型の慣習を続け、スキルについては個人の責任にしたほうが楽ですから。職務要件を整備するためには、いまの業務をしっかり棚卸しして理解し直さなければならないので、面倒なんですよね。でも、これはもはや避けて通れないはずです。それこそ、生成AI(人工知能)などを活用すれば、リスキリングすごろくのたたき台をつくれるかもしれません。

全員に当てはまる正解はない

浜田氏:私が審査委員を務めた「日経リスキリングアワード2024」の大賞は、石川県の石川樹脂工業でした。もともとは大企業の下請けの仕事が多かったそうですが、社員にロボットを動かすプログラミングやデジタルマーケティングなどを、就業時間内の研修を通じて学んでもらったのです。金型を作っていた社員がEC(電子商取引)サイトをつくったり、新素材を使った食器のおしゃれな自社ブランドまで立ち上げました。ここも下請けからの脱却が悲願だったんです。

 ただ、そういった取り組みを始めたときに、「いまさら勉強なんてできない」と辞めていった人もいたそうです。特に中高年の男性は辞めていったけれど、女性はみんな残った、と言っていました。女性社員は楽しんでアプリ開発などに挑戦しています。結果として、人数は減ったけれど売り上げは上がりました。

勅使川原氏:みんなそれぞれに持ち味があって、労働移動の構想と学ぶ機会さえあればできることは多いんですよね。だから、自分たちのことを無力だと思い込まないでほしいと心から思います。「リスキリング」なんて呼ばなくても、いま紹介していただいた事例のようなことができる企業はあると思います。

 私は、この連載をもとにした書籍『「働く」を問い直す』の中で、事例をどう書くかというのはすごく考えました。書籍で事例を紹介すると、「同じことをやればいいのか」と思ってしまう読者もいるかもしれません。でも、状況は職場によってそれぞれで、解決策は自分たちで見つけなければならないのです。そのための組織開発の手法を解説しているのですが、実際には組織開発だと思わずに似たような工夫をしている職場もあるわけです。

(写真=稲垣 純也)
(写真=稲垣 純也)

浜田氏:みんな「解」を求めて本を買うけれど、全員に当てはまる正解はないので、自分の会社はどうすればいいのかをそれぞれ考えてほしい、ということですよね。

勅使川原氏:「考え方」が伝われば、「解」は誰よりも職場に精通している社員の皆さんで十分導けると思っています。

浜田氏:中小企業は、必要にかられて、気づかずにやっている。そういう意味では、一元的な能力主義から抜け出せていないのは、大企業のほうが多いかもしれません。

勅使川原氏:大企業はまだ人が採用できているので、いまいる人を生かさなければという切迫感が薄いのでしょうね。だからまだ曖昧な「能力」による採用がまかり通っています。ただ、これまでのやり方がいつまでも続けられるとは限りません。みんなの持ち味を組み合わせて生かす組織開発を部分的に取り入れるという選択肢も考えていただきたいなと思います。

 浜田さん、今日はものすごく勉強になりました。ありがとうございました。

浜田氏:こちらこそ、楽しかったです。ありがとうございました。

(構成:尾越 まり恵)

日経ビジネス電子版 2025年11月18日付の記事を転載]

「人の働きは能力よりも周囲との関係次第。当たり前だけど見落としがちなことを教えてくれる一冊だ」――篠田真貴子さん推薦!! ギスギスする職場、ヘロヘロになる管理職、板挟みの人事担当者、孤独な経営者……。なぜ、みんな頑張っているのに、職場は問題だらけなのか? 気鋭の組織開発コンサルタントが、「働く」という大問題に切り込む!

勅使川原真衣著/日経BP/1870円(税込み)