道路、橋、上下水道、市役所、学校などインフラの老朽化が全国で深刻化しており、事故が多発している。どのような対策をすればよいのか。2000年代後半からの政府の動きを振り返り、インフラを持続可能にするために、新規投資よりも現在のインフラの維持管理を目指す政策への転換を紹介する。長年、インフラ老朽化問題に取り組んでいる根本祐二・東洋大学名誉教授の著書『インフラ崩壊 老朽化する日本を救う「省インフラ」』(日経プレミアシリーズ)から抜粋・再構成。

「コンクリートから人へ」は半分正しく半分間違い

 2009年の衆議院議員総選挙時に民主党(当時)が掲げた政策が「コンクリートから人へ」である。それまでの与党は公共投資(コンクリート)を優先した、その予算をこれからは福祉や教育に振り向けるべきであると主張した。これは非常に分かりやすい政策であり、実際に政権交代が起きたので、この時点では国民の多くが賛成したと言える。「コンクリートから人へ」の認識は図表1の通りである。

図表1 「コンクリートから人へ」の認識
図表1 「コンクリートから人へ」の認識
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 今まで投資してきたコンクリートへの投資分を人への投資に振り替えるのである。確かに分かりやすい。しかし、この主張は半分正しく、半分間違いであった。

 まず、必要でないインフラ投資は不要という点は正しかった。1990年代のバブル崩壊後には景気対策により投資が続けられた。当時の地方公共団体はすでに高度成長期にインフラが整備されており、切実にインフラがなければ地域が回らないという状況ではなかったはずだ。しかし、景気対策という政治的な理由でインフラ投資が行われた。これをバラマキと評価すれば、もうバラマキはやめようという主張は理にかなっている。

 実は、この主張は、民主党政権の前に、自民党の小泉純一郎政権がすでに打ち出していた。自民党支持者も含めてバラマキをやめるというコンセンサスは出来上がっていたと言える。であるがゆえに、道路財源の一般財源化の方向性が決まっていたのである。半分正しいと言うのは、こういう状況を踏まえての評価である。

 しかしながら、コンクリートがあたかもゼロでもよいかのようなメッセージも出してしまった。これが半分間違いとした理由である。確かに、バラマキのための新しいコンクリートは不要だが、今あるインフラのうち将来も持続しなければならないコンクリートがゼロでよいはずはない。道路や橋や上下水道をゼロにできるはずがない。必要なコンクリートは必要なのだ。

図表2 インフラ老朽化と更新投資の必要性
図表2 インフラ老朽化と更新投資の必要性
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 この状況を認識していれば、老朽化したインフラを更新するための財源の確保の必要性に気づいたはずだ。今考えれば単純な論理だが、当時は完全に見落とされていた。確かに、「コンクリートから人へ」「国土強靭(きょうじん)化」という単純な二分論は政治的には分かりやすい。しかし、真実は、中間の「必要なコンクリートは必要、不必要なコンクリートは不必要」なのである。筆者は、インフラ老朽化対策は、単純な二分論から切り離し、どのような政権になっても常に一定の財源を持てるようなシステムが必要だと考えている。

 なお、見落とされた理由の1つは、インフラデータが非公表だったため、ピラミッド構造に気づけなかったことがあげられる。日本で最初にピラミッド型のインフラ投資による将来の老朽化を可視化したのは、2006年度国土交通白書に掲載された米国と日本の架橋件数の比較である(図表3)。

図表3 米国と日本の橋りょう整備推移の比較
図表3 米国と日本の橋りょう整備推移の比較
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 米国ではニューディール政策期に建設した橋が後年老朽化して問題になったこと、日本では高度成長期に架けた橋が今後老朽化して米国同様の問題が起きることに警鐘を鳴らしていた。実に先見の明のある分析だったが、注目を集めることはなかった。それは元データが開示されておらず当事者しかそのグラフを作成できなかったことに加えて、当時始まっていた道路財源の一般財源化に対して予防線を張るための説明と受け止められたのではないだろうか。

ピラミッドグラフの衝撃

 今、インフラ老朽化問題を若者に話すと、コンクリートや金属が古くなれば壊れることは最初から分かっていたことなのになぜ対応しなかったのかと問われることが多い。確かにその通りである。今思うと、その時点で対策を打ち出していれば、後年起きる事故を避けられた可能性は確かにあると思う。

 その後データが開示され、2006年度国土交通白書の警鐘が正しかったことが証明されることになる。2012年8月、国土交通省社会資本整備審議会社会資本メンテナンス戦略小委員会の場である。当時の政権は民主党政権だ。公共事業を削減しようとする動きは強いままだったが、他方では、老朽化問題への認識も高まっていた。

 2011年の東日本大震災時に震度7の地震もなく、津波や原発事故の影響も受けていない地域でも多くのインフラが被災した。すべてのインフラが損壊するという状況ではなく、逆に多くのインフラが損壊をまぬかれる中でも少なからぬインフラが損壊し、その多くが老朽化していたのである。インフラ老朽化問題への対策の必要性を正面から議論できる素地ができていた。

 社会資本整備審議会の部会は、もともと該当する分野の専門の工学者だけが集まる縦割りの構成だったのに対して、社会資本メンテナンス戦略小委員会は、建築、道路、河川、橋りょう、水道、下水道、学校、公営住宅など他省庁を含めた異なる分野を横断し、かつ、経済、財政、会計、法律の社会科学系の専門家も参加した画期的な委員会だった。筆者も参加の機会を得た。

 筆者は、この委員会で分野別のピラミッドグラフが提示された瞬間を今でも鮮明に覚えている。ピラミッドグラフとは、建設年別の各分野のインフラ量を棒グラフで示したものである。これを見れば、高度成長期に集中投資され、それが今後集中して老朽化するであろうことが明確に理解される。

 グラフを見た各委員からは驚嘆の声が上がっていた。おそらく工学者にとって自分の専門分野のピラミッドグラフは想定内だっただろう。しかし、他の分野も軒並み同じ形状をしているとは考えていなかったのではないか。社会科学系の専門家にとっては、まさに、このグラフが初見という方が多く、その場で問題の深刻さが共有された。

図表4 橋りょうのピラミッドグラフ
図表4 橋りょうのピラミッドグラフ
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政策転換――「インフラメンテナンス元年」

 この委員会では、新しいインフラを作るのではなく、現在あるインフラを大切に使うという方向に切り替えようという認識が共有された。「コンクリートか人か」という単純な二分論ではなく、必要なコンクリートを大切に使おうという発想は、それまでの公共事業の世界の価値観を大幅に転換したものである。

 しかし、時すでに遅く、この報告書の発表準備中に笹子トンネル天井板崩落事故が発生した。その後発表された報告書は、笹子トンネル事故を受けたものとみなされたが、実はその半年前から準備されていたものである。もっと早く公表していれば、現場では天井板の危険性を説明しトンネルを使用停止にして取り換え工事もできていたのかもしれない。そう思うと、委員としての責任を痛感するところである。

 笹子トンネル事故発生後に実施された衆議院議員総選挙では民主党が大敗し、再度、自公政権が発足して第2次安倍晋三政権が誕生した。衆院選に臨んだ自民党の政策スローガンが「国土強靭(きょうじん)化」だ。「コンクリートから人へ」が排され再びコンクリートに戻ったと感じた人もいたと思うが、すでにインフラ官庁である国土交通省は老朽化対策にシフトしていたのである。その認識を象徴するキーワードが「インフラメンテナンス元年」である。「コンクリートから人へ」でないことはもちろん、右肩上がりの「国土強靭化」でもなく、今あるインフラを大切にするという発想が込められていると感じた。

 翌2013年には、この認識を具体的な政策に落とし込んだ「インフラ長寿命化基本計画」が関係省庁連絡会議において策定された。インフラを持続可能にするために、新規投資よりも現在のインフラを維持管理することの重要性を指摘するとともに、各省庁、地方公共団体、インフラ関連民間企業(エネルギー、交通など)が行動計画を策定することが求められた。これを受けて、2014年には、地方公共団体版の行動計画としての「公共施設等総合管理計画」の策定を求める総務省指針「公共施設等総合管理計画の策定にあたっての指針」が発出された。

高度成長期に建設された橋が、今後、集中して老朽化する(写真はイメージ)(写真:smtd3/stock.adobe.com)
高度成長期に建設された橋が、今後、集中して老朽化する(写真はイメージ)(写真:smtd3/stock.adobe.com)
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道路、橋、上下水道、市役所、学校などインフラの老朽化が全国で深刻化しており、事故が多発している。なぜこのような事態になったのか、これから何が起きるのか。そして、どのような対策を打てばいいのか。解決の決め手となる「省インフラ」の具体策を解説する。

根本祐二著/日本経済新聞出版/1210円(税込み)