道路、橋、上下水道、市役所、学校などインフラの老朽化が全国で深刻化しており、事故が多発している。対策を進めるためには、インフラが少なくなっても豊かさを実現できる「省インフラ」という価値観への転換が必要だ。長年、インフラ老朽化問題に取り組んでいる根本祐二・東洋大学名誉教授の著書『インフラ崩壊 老朽化する日本を救う「省インフラ」』(日経プレミアシリーズ)から抜粋・再構成。

省エネルギーが日本経済を成長させた

 前回、インフラ老朽化問題を解決するための「標準メニュー」を紹介した。ここでは、標準メニューがどのような理念に従って制作されているかを知っていただきたい。筆者はこの理念を「省インフラ」と名づけている。

 省インフラとは、「インフラの負担を最大限削減しつつ、インフラが提供している公共サービスを持続させる方法・技術・製品・サービス」の総称として名づけた用語である。標準メニューは、その内容を体系的に紹介したものである。

 「省」は、「省エネルギー」の「省」である。省インフラを説明するには、省エネルギーの歴史をたどることが最も分かりやすい。

 日本に省エネルギーを根づかせるきっかけとなった出来事はオイルショックである。それまで大量の原油を安価に輸入して高度成長を進めていた日本経済は、エネルギーコストの劇的な上昇という外的変化に見舞われた。原油価格の上昇は、原油を用いて生産される財の価格に転嫁された。我々は直接原油を買うことはないが、原油は、精製されるガソリン、軽油、その他の石油製品、石油火力発電所で作られる電気を使用する産業など、影響を受けない分野はほぼないぐらい経済や生活のすべての面に浸透していた。

 第1次石油危機が起きた1973年の卸売物価指数はおおむねすべての品目が上昇し前年比15.6%増となったほか、食品、日用品などの消費財価格も次々と上昇し消費者物価指数も11.7%増となった。

 筆者はちょうど実家を出て東京で大学受験のための浪人生活を送っていたが、生活に必要なティッシュペーパーや食料品などの価格が軒並み何割も上昇し、銭湯も料金値上げの上に営業日が制限されて本当に困った。

 放送業界は電力消費を抑える目的で深夜のテレビ・ラジオ放送を休止、百貨店などの営業施設は営業時間を短縮、街のネオンや広告塔の早期消灯も推奨され街は一気に暗くなった。一般家庭でも電灯をまめに消すこと、冷暖房の控えめ使用、ガス・電気の使用制限、ふろの残り湯の再利用、家電の使用時間短縮、マイカー利用の自粛などが次々に導入された。日本経済の未来が暗い状況で、このまま受験勉強をしていてよいのだろうかと不安になったことを鮮明に記憶している。

 こうして個人ではどうにもならない石油危機に対してひたすら我慢する1、2年をへた後、人々の意識はエネルギーを使わない方向にスムーズに転換したように思う。筆者の知る限り、従来通り、安い石油製品を使えるようにしろと主張した人は誰一人いなかった。個人のささやかな行動を積み重ねることが省エネルギーにつながることを知った国民は、むしろ積極的に受け入れ、行動を変容していったように思う。

 国民が石油危機に前向きに対処していることを知ると、産業界も省エネルギーを進めた。鉄鋼業の転炉ガス改修、炉頂圧発電、化学やセメント業の排熱回収システムなど従来型設備の改修に続き、自動車の軽量化、エンジン効率の向上、空気抵抗の低減、冷暖房両方で効率化できるエアコンやインバーター制御冷蔵庫など、従来と比べ物にならないほどの高い省エネルギー性能を備えた新製品が登場した。

 省エネルギーが、単なる我慢を超えて新しい付加価値を生み積極的に取り入れられることで、市場が拡大し産業の競争力が強化された。石油危機は非産油国全部を襲った危機であるが、日本が最も賢く対処しえたことは間違いないだろう。立役者は省エネルギーである。

 省エネルギーは現在もなお日本経済を支えている。もし、省エネルギーがなかったら日本経済はその時点で成長を止め、今もなお低迷していたに違いない。省エネルギー技術を開発し新製品を世界に送り出してきた日本の産業への信頼も、得られていなかったに違いない。すべての原点は、石油危機という未曽有の国難に冷静に対応した我々国民の成果だと思うのである。

 ただし、筆者は省エネルギーが石油危機という外圧を受けてやむをえず生み出されたものとは考えていない。むしろ、高度成長期以前の日本人は長い歴史の中で大量にエネルギーを消費する生活は送っていない。いわゆる「もったいない」精神があった。であるがゆえに、省エネルギーも前向きに取り入れることができたのではないかと思う。

 これからは省インフラの時代だ。立派なインフラが大量にあることが豊かなのではなく、インフラが少なくなっても豊かさを実現することに力を注ごう。

図表 省エネルギーと省インフラの比較
図表 省エネルギーと省インフラの比較
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 省インフラの徹底によって、インフラの資源・財源制約があっても持続的に経済成長することが可能になるはずだ。20世紀は日本だけでなく、アジア、アフリカなど世界各国が高度成長した時代だった。そうした国々は日本に遅れて10年後、20年後にインフラ老朽化に見舞われ、今の日本のように解決の方法を探るはずだ。

 そのときに、従来通りの重厚長大インフラを再構築するのではなく、日本で完成した省インフラ製品・技術を採用して安全で持続可能なインフラを構築してもらう。これは、日本の省インフラ産業にとって新しいビジネスチャンスであると同時に、日本にしかできない国際貢献でもある。省インフラは省エネルギーと並んで日本の良さを活かした理念なのである。

省インフラをカルチャーにする意識改革

 特に、筆者が期待しているのが文化(カルチャー)の変化である。「個人のささやかな行動でも積み重ねることで省エネルギーにつながることを知った国民は、むしろ積極的にそれを受け入れ、行動を変容した」と述べたが、その基になったのが、省エネルギーを我慢でなく、かっこいいと感じる文化(カルチャー)への変化ではないだろうか。

 例えば、近年の省エネルギーの1つの有力な方法としてごみ分別がある。導入当初は面倒だと感じた人も多いと思う。筆者もそうである。しかし、それが社会に定着してくると、分別しないでごみを捨てることに抵抗を感じるようになる。

 以前、筆者は、大学生にごみ分別の意識調査を行ったことがある。「ごみを分別しているか」という問いには100%イエス、その理由についての問いには、「そういうルールだから」「もったいないから」という選択肢への回答もあったが、最も多い回答が、「当たり前のことだから」であった。また、「誰も見ていない場合はどうするか」という問いに対しても、「誰かが見ている、見ていないに関係ない」という回答が多数を占めた。

 ごみ分別はもはや潜在意識に刷り込まれ、明確に意識することなく自然に手が動く行為なのである。反対に、分別しないでごみを捨てようとすると強い抵抗感を覚えるに違いない。これが、文化(カルチャー)として定着しているという意味だ。

 このように省エネルギーに抵抗がなくなり自然に行動することができるようになって、省エネルギーは社会に定着した。今の日本人は、エネルギーを大量に使うような行動や製品には共感を持っていない。日本人が米国製自動車を購入しない理由は燃費や環境性能の低さだと思う。政府がいかに輸入を増やそうとしても、消費者の省エネルギーの精神をつかんでいない製品が日本市場でのシェアを高めることはできない。

立派なインフラが大量にあることが豊かなのではない(写真はイメージ)(写真:kurosuke/stock.adobe.com)
立派なインフラが大量にあることが豊かなのではない(写真はイメージ)(写真:kurosuke/stock.adobe.com)
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 いずれにせよ、カルチャーに浸透するレベルになると、個人はもちろん、企業も政府も省エネルギーを進めることのハードルが格段に低下する。ごみ分別は省エネルギーの中でも最もカルチャーとして定着した活動だと思うが、他の分野でも同じだ。今や省エネルギーを否定する日本人は誰もいないと思う。

 さて、これからは省インフラの時代である。今まで通りのインフラがなければ我慢できないと考えることをやめよう。そうではなく、今までよりもはるかに少ない負担で、今まで以上に公共サービスの質を高めることに知恵を絞る必要がある。

 残念ながら、省エネルギーが当初そうであったのと同様に、省インフラに抵抗を示す人は少なくない。省インフラを浸透させるには、省インフラをカルチャーとして受け入れられる新しい世代の若者の意識改革が必要だ。大人も、自分たちの都合ではなく、子どもたちや、今後生まれてくる次の次の世代の未来のことを考えて行動すべきなのである。

道路、橋、上下水道、市役所、学校などインフラの老朽化が全国で深刻化しており、事故が多発している。なぜこのような事態になったのか、これから何が起きるのか。そして、どのような対策を打てばいいのか。解決の決め手となる「省インフラ」の具体策を解説する。

根本祐二著/日本経済新聞出版/1210円(税込み)