2025年2月10日、『2030年の戦争』(日経プレミアシリーズ)の刊行を記念し、本書の著者、軍事研究者の小泉悠さんと山口亮さんが登壇したトークライブが、東京・紀伊國屋書店新宿本店で行われた。その模様を紹介する。1回目は2人が知り合ったきっかけ、執筆の意図や苦労、ヨーロッパや中東と東アジアにおける戦争像の違いについて。
2人による卒業研究
東京国際大学国際戦略研究所准教授・山口亮さん(以下、山口) 山口です。どうぞよろしくお願い致します。
東京大学先端科学技術研究センター准教授・小泉悠さん(以下、小泉) 小泉です。よろしくお願い致します。すみません、ここに来る前、トイレに行ったら猫の毛だらけであることに気づきました。
山口 さっきトイレの鏡の前で何かやっているなと思ったら、猫の毛を気にしていたんですか。
小泉 猫を2匹飼っているから、猫の毛がすごいんですよ。山口さんは何か飼っていますか。
山口 以前は猫2匹と犬1匹を飼っていました。今は妻と子ども2人です。
小泉 うちは今、猫2匹と子ども1人、ロシア人1人。家の中に生命体が5体いるんですけど、日本の投票権を持っているのが僕だけなので、選挙のときは責任重大ですよ。さて、僕と山口さんがこうやって仲良く話しているのも、去年の夏まで同じ東大先端研で同僚だったからなんです。僕が山口さんに、「東大先端研に来ませんか」と声をかけたんですよね。
山口 何がきっかけでしたっけ。X(旧Twitter)か何かでしたか。
小泉 「先端技術と安全保障の将来について良いコメンタリーを書いている人がいますよ」と教えてくれた人がいて。それで「東大先端研に来ませんか」と声をかけたら、本当に来てくれたというご縁なんですよね。
山口 同僚であり、恩人ですね。その節はありがとうございました。
執筆は難航、対談プラス書き下ろしに
小泉 まあ、そんな人事の裏側を話しても仕方ないんですけれど。山口さんは『2030年の戦争』を書いているときは東大先端研に所属していて、出版したときには東京国際大に移っていました。だから、この本は山口さんと僕の卒業研究でもあります。「安全保障」というとっつきにくい話を、なるべく分かりやすく、今起きていることだけではなく、少し先の日本を見通せるような本にしたいと思ったんですが、意外と難航しましたね…。
山口 そうですね。
小泉 僕は割と書くのが早いのでチャチャッといけるかなと思ったんですけれど、「将来を見通す」のが難しかった。2人で分担執筆というスタイルが初めてだったので、今までとは勝手が違って…うーん、これはもう対談にしちゃえ! と。お互いに書いていた原稿は「コラム」として掲載されています。でも、対談だし、話し言葉だから内容が分かりやすくなりましたよね。
山口 そうですね。小泉さんは書くのが早いかもしれないけど、私は日本語を書くのがめちゃくちゃ遅い。それに専門用語を普通の言い方に直さないといけなかったし、大変でした。
小泉 僕は対談本を何冊か出したことがあるのですが、話している最中に具体的なデータが出てこなくて、ちょっと中身が薄くなりがちなんですよね。対談本には後から手を入れますから、実際には「対談+書き下ろし本」です。そのおかげでこの本も読み応えがあると思います。山口さんはこれまでに本を出したことはありますか。
山口 海外では出したことありますが、日本ではないですね。
小泉 博士論文も英語で書いたんですもんね。本書でも書かれていますが、徹頭徹尾、英語の中で生きてきたそうですね。
山口 そうですね。親から「英語を身に付けてこい」と言われ、5歳で英国に“出荷”されました。英国、オーストラリア、米国、韓国、マレーシア、シンガポール、インドネシアなどを転々として、30代後半になってから日本に帰ってきました。
小泉 けっこう珍しいケースですよね。
山口 そうですね。6歳で何も分からないまま、普通に現地の学校に通うようになったんですよ。
小泉 現代にそんな話があるんですか。僕は逆にモスクワで一人暮らしをするまで、ずっと千葉県松戸市の実家で暮らしていたので、超ドメスティックでした。2人とも同じ1982年生まれですが、全く違う人生ですね。昭和時代のことは覚えてますか。
山口 国際・政治情勢だと、冷戦やソ連のことはかすかに覚えていますね。あと、1989年のことはいろいろ覚えています。昭和天皇の崩御、ベルリンの壁崩壊、天安門事件など。
小泉 僕は昭和の記憶がほとんどないんですよ。覚えているのは昭和天皇の崩御とソ連崩壊ですね。だから、今の国際情勢は懐かしいといえば懐かしい。大学院時代に受けた教育といえば、「クラウゼヴィッツ(*1)的な国家間の戦争はもう古い」でした。どちらかというと対テロ戦争、国家対非国家の戦争が主体になり、軍事力が戦争の決定的な勝敗の要素にはならない。非常に複雑で、曖昧で、白黒つけがたい暴力闘争の時代がやってくる、今後はこうした安全保障研究をやらなくてはと思っていました。山口さんが学んだオーストラリアはどうでしたか。
山口 大学1年生のときに9.11(米同時多発テロ事件、2001年)が起きました。国際政治の授業の担当講師がテロ専門家だったんですが、対応に追われたのか、翌日に見たときは10歳ぐらい老け込んでいました。当時のオーストラリアは東ティモール問題などいろいろとあったのですが、それまでのテロはいわゆる「小さな戦争」という認識でした。実際には決して小さいわけではないのですが。
小泉 いわゆる「スモールウォーズ」ですね。大砲もミサイルも使わない、大国間の戦争と比べるとスケールが小さいので「スモールウォーズ」と呼ばれる。ちなみに世の中には『スモールウォーズ・ジャーナル』という本もあり、いろんな研究をしている人がいるんだなと思います。
山口 スモールウォーズは「地政学的にはそこまで大きく影響しない」という意味もありますね。
ヨーロッパ・中東と東アジアの戦争像の違い
小泉 地政学的には影響が小さい、マグニチュードが小さいと。15年ぐらい前までは、「戦争」といえばスモールウォーズでした。冷戦時代に開発された戦闘機や空母、ミサイルはあるけれど「さすがにもう、これでぶん殴り合う戦争はやらないよね」という認識でした。冷戦時代に作った武器が安価なバージョンになり、テロ組織にばらまかれるということが問題視されていましたが、それはヨーロッパ的な見方だったと思います。
東アジアにしてみれば、日本の隣の中国では空母を作っていて、北朝鮮は核実験をしていて、現実に僕が東アジアで見ている状況とは若干ズレがありました。
山口 私は当時、オーストラリアにいましたが、日本人なのでめちゃくちゃズレを感じていました。クラウゼヴィッツやクレフェルトの主張は正しいのかと。要は、東アジアでは、ガッチガチの国家間の衝突や競争があると思っていましたね。
小泉 軍事史家のマーチン・ファン・クレフェルトは1991年 に出版された“The Transformation of War”(日本語訳は『 戦争の変遷 』石津朋之訳/原書房)で「戦争というものは時代によっていろんなモードがある」と言っています。我々が歴史の教科書で知っている第2次世界大戦は近代ヨーロッパ戦争のモードの一つにしかすぎません。中世や近世、アジアはまたモードが違う。冷戦の終わりは近代の終わりで、「これからまた非近代的な戦争の時代がやってくる」とクレフェルトは予言していました。9.11でまさに予言が当たった形になりました。
また、本書ではあまり中東の話題には触れていないのですが、中東には過激派組織「イスラム国」(IS)が現れました。シリアやイラクの一部を占拠し、カリフ制が復活となると、どう見ても近代の戦争ではありません。でもこのような時代に生きていても、東アジア人から見ればまた違う戦争があります。それを見据えた安全保障像を描かないと、輸入物ばかりで体にビシッと合わない気がします。それで山口さんとこの本を書きました。
(第2回に続く)
文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/小野さやか
小泉悠、山口亮著/日本経済新聞出版/990円(税込み)



